第六話 敦君と先生の関係
「音羽君、もう結婚相手探してるの?」
「やっぱりお金持ちは違うんだね」
銅先生の不用意な一言によって、あっという間に俺の噂は広まり、俺は休み時間の間ずっと女子達に囲まれてしまった。
「あーいや、別にそういうわけじゃなくて、勝手にジジイが言ってるだけだから」
「えーでも、お祖父さんは本気で探してるんでしょ?」
俺が弁解しても、あまり効果がない。
「まぁ、そうかもしんないけど‥‥今のところ俺は全然考えてないし」
なるべくならこのままの関係性が良いとさえ思ってるし。
「そういえば、恋人とかもいないしね」
「付き合ったりしないの?」
「今のところは‥‥考えてないかな。告白されたら考えるかも」
「へぇ、じゃあ私でもいいの?」
「うん、考えとく」
「あちゃあ、ダメかぁ」
みんなで話をしていると、後ろから誰かに肩を叩かれる。
「敦、先生が呼んでる」
振り向くと、やや不機嫌そうな表情をした未来が立っていた。
「先生が‥‥? 何の用事?」
「私に訊かれても分からないわよ」
「ま、そうだね‥‥先生は教務室?」
俺が訊くと、未来は首を横に振る。
「社会科準備室って言ってたわよ」
未来はそう言って踵を返しつかつかと歩き出す。
「お、おい、ちょっと待てよ!」
俺が未来の肩を掴んで止めると、いつも無表情な未来にしては珍しく明らかに不機嫌そうな表情をしながらこちらを向いた。
「何か用事? まさか社会科準備室がどこにあるか分からないなんて言わないわよね」
「いや、そうじゃなくて‥‥お前何でそんなに怒ってんだ?」
俺が訊くとさらに不機嫌そうな表情になる。
「‥‥別に怒ってないわよ、馬鹿」
未来はそう言うとさっきより不機嫌そうな顔をして立ち去って行く。
‥‥バッチリ怒ってるけど‥‥?
未来の謎の怒りを解決出来ないまま、俺は社会科準備室の前に来た。
扉をノックすると、銅先生の「入って」という声が聞こえる。
「失礼します‥‥」
中には銅先生が一人で椅子に座って俺を待っていた。
「遅いぞ、敦。ボクが呼んだら競歩で来い」
銅先生が冗談なのか本気なのかわからない表情で言う。
「それで何の用ですか?」
「まず一つ目は謝罪だ‥‥朝はすまなかったな。あそこまで話が広がるとは思わなかった」
銅先生はそう言いながら頭を下げる。
「別にいいですよ。騒がれるのには慣れてますから」
「それもどうかも思うけどな‥‥」
銅先生は苦笑いしながら椅子から降りる。
「で、もう一つは‥‥その、結婚‥‥のことなんだが‥‥どうなんだ? 相手は見つかったのか?」
「見つかってませんよ‥‥恋人もいないのに見つかるわけないじゃないですか」
俺がそう答えると、銅先生は嬉しそうとも悲しそうともとれるような、複雑な表情をした。
「そうか‥‥お前モテるし、恋人の一人くらいはいそうだけどな」
「普通‥‥教師ってそうゆう事奨励しないんじゃないんですか?」
「別に不純じゃなきゃ構わないだろう? お前は真面目だしな‥‥座らないのか? いつまでも立ってると疲れるだろう」
銅先生はそう言うと、自分も応接用の椅子に座る。
「用、終わったんじゃないんですか?」
「用がないとここにいないのかお前は」
そりゃあ好き好んでこんなところに来る人はいないと思うけど‥‥
「ボクが人を呼ぶなんて滅多にないことなんだぞ?」
「そりゃあ呼ばなくても誰かここにいますからね‥‥」
銅先生は男女問わず生徒からかなり慕われていて、この部屋は普段なら生徒が何人かいる。
「そう言う意味じゃなくてな‥‥」
銅先生が苦虫を潰したような表情をする。
「全く、相変わらずの鈍感ぶりだな‥‥」
「鈍感?」
俺が訊き直すと、銅先生は俺の目の前まで歩いて来る。
「お前に好意を持っている奴なら色んな所にいるってことだ。まぁ隠してる奴もいるけどな」
銅先生は俺の方にぐっと近づく。
「教師がそんなことしていいんですか」
「今何時だ?」
銅が急にそんなことを訊く。
「5時‥‥4分ですけど」
「だろう? だったらもう教師の時間は終わりだ」
「そんなこと言ってるから教頭先生に怒られるんですよ、先生」
「先生‥‥?」
"銅先生"は不満げな表情をする。
俺は溜め息をつき、言い直す。
「‥‥みー姉」
「よろしい」
"みー姉"はそう言って満足げに笑い、俺の頭を撫でた。
実は銅先生とは、小さい時家が近所だったこともあって、昔からの知り合いだ。
昔からこんな冗談をしては俺をからかっていた。
"みー姉"はこの学校にくる前‥‥教師と生徒の関係になる前の呼び名だ。
と言っても、普段この呼び方をするのは、光くらいだけど。
「で、お前の懸念については大丈夫だ。教頭は今日は一日出張」
「そういう問題じゃないんですけど‥‥」
「なんだ、まだ何か問題があるのか?」
「この状況見られたらお互いマズイでしょう? 冗談でもこういうことはダメですよ」
「冗談か‥‥」
銅先生は何故か不満そうな表情をする。
「どうかしたんですか?」
「お前‥‥相変わらず他人の好意を踏みにじってるな」
「『甘い言葉は耳半分で受け止めろ』って言ったのはみー姉です」
俺がそう返すと、銅先生は苦々しい表情を浮かべ、俺から離れ、僕の横に座る。
「そんなこと、分かってる」
「だったら踏みにじるなんて言い方しないで下さい」
「‥‥ああ、すまない」
銅先生は素直に謝ってくれた。
「それじゃあ、俺もう行きますね」
俺がそう言いながら立ち上がると、銅先生は俺の制服の裾を掴む。
「何ですか?」
「大事な事言うのを忘れていた。恋人の話だけど、別にお前好きな人もいないんだから、今すぐ作ろうなんて、焦る必要はないからな。まずは純粋な好意かどうか見極める目を身につけろ」
「分かりました」
「それじゃあ、行っていいぞ」
銅先生はそう言って裾を離す。
「それじゃ、また明日」
「ああ、また明日」
俺が言うと、銅先生は微笑んでひかえめに手を振った。