第三話 敦君の家庭の事情
「ただいま‥‥」
疲労困憊で帰って来ると、中からウチで住み込み家政婦として働いてくれている七宮絵里さんが出て来る。
元々はどこかの大きな会社の社長令嬢だったらしいのだけど、不景気の波をモロに受け会社が倒産寸前迷までいった時にジジイがその会社を買収し、七宮一家は救われたらしい(買収された後はよく分からないが)。
救ったお返しなのか、結婚して辞めてしまった家政婦さんの代わりに絵里さんが来てくれた。
容姿はかなり綺麗で、元社長令嬢なだけあって、白い肌、艶のある長い黒髪、切れ長の瞳、それにすっと通った鼻筋は上品な雰囲気を醸し出している。
なんとなく和服が似合いそうだけど、「胸がきついんです」と言って未来に睨まれてた。
「お帰りなさいませ、敦さん」
七宮さんはいつも通り柔らかな笑顔で迎えてくれる。
この笑顔を見るだけでかなり癒される。
「だから敬語は止してくれって‥‥」
「そういうわけにはいきません。敦さんは私の雇い主でありますし‥‥」
「雇い主命令とかダメなの?」
「ダメです。ご飯出来てますよ」
絵里さんはそう言うとリビングに戻る。
俺も靴を脱いでリビングに入ると、美味しそうな匂いが鼻の奥をくすぐる。
「ビーフシチュー?」
「はい、リクエスト通りです」
そういえば出かける前に言ってたっけ?
俺が椅子に座ると皿に大盛のビーフシチューが出て来る。
「沢山食べて下さいね」
「いや、これ多過ぎ‥‥」
「何処にお出かけしてたんですか?」
相変わらずマイペースな人だ‥‥
「ん、ちょっと相談しに光の家にね」
「相談‥‥ですか?」
俺はジジイとの約束を話す。
「っつうわけで、恋人探さなきゃなんだけど‥‥」
「こ、恋人ですか‥‥」
「絵里さん、恋人になってくれる?」
僕が訊くと、絵里さんは一瞬で顔を真っ赤にする。
「へっ! あ、い、いや、わ私は、その‥‥」
「あはは、冗談だよ」
絵里さんはウブでこういう冗談を言うとすぐに慌てるからからかいがいがある。
「じょ、冗談ですか‥‥」
絵里さんは安堵と落胆が入り交じったような表情になる。
「しっかし、どうしたもんかなぁ、恋人なんかすぐに出来ないし‥‥」
「誰かに恋人のフリをしていただくのは如何でしょうか? そ、その、なんでしたら私でも‥‥」
「無理無理、あのジジイにそんなことしたら本気にして法律変えてでも今すぐ結婚させようとするだろうし」
困ったことに、ジジイにはそのくらいの法律なら簡単に変えられる権力がある。
「ですけど‥‥今、敦さんに好きな人は、いないんですよね?」
「んー、まぁね」
というか、誰かを異性として好きになったことは人生で一度もない。
「だったら、そんなに焦らなくても‥‥じっくりと探していけばいいと思いますけど‥‥昭一様も、すぐに会わせろとはおっしゃられてはいないんですよね?」
「ま、そうなんだけどね‥‥」
だけど、早いとこジジイを安心させてやりたい。
一応、あれでもまだ一人も付き合ったことのない俺の将来を心配をしているのだろう。
「ところで、敦さんは、どんなタイプの女性が好みなんですか?」
「肌が白くて長い黒髪で鼻筋がすっと通った胸が大きい人」
俺が迷わずすらすら答えると、絵里さんは一瞬で顔が赤くして慌てだす。
「え、あああの、そそそれって」
「冗談だよ。俺あんまり外見の好みないし」
「あうぅ‥‥あんまりびっくりさせないでください‥‥」
絵里さんがまた安堵と落胆が入り交じったような表情になる。
「だって、絵里さんすぐに慌てるし、ころころ表情変わるんから」
「敦さん‥‥意地悪です‥‥」
絵里さんはいじけた声でぷくっと頬を膨らませる。
絵里さんにはこういう子供っぽい所もある。
まぁ、可愛いからいいけど。
「ほら、そんな顔してるとせっかくの美人が台なしだよ」
「‥‥どうせそれも冗談」
「冗談じゃないよ、これは」
それは本当だった。
というか、絵里さんを美人ではないと言う人間はいないんじゃなかろうか。
「ほ、本当‥‥ですか?」
「当たり前でしょ」
俺がそう言うと、絵里さんは照れと喜びが混じった表情になる。
「そ、そうですかっ!」
「ところで、絵里さんの男性の好みってどんなの?」
「わ、私ですか!?」
「うん、ちょっと興味ある‥‥ってか、好きな人いないの?」
「そ、それは‥‥」
絵里さんはこちらを向いて顔を赤くする。
「その‥‥秘密です」
秘密ってことは‥‥いるんだ。
「男性の好みも?」
「秘密‥‥です」
「そっか」
まぁ、好きなタイプって結構恥ずかしいしプライベートなことだからなぁ‥‥
「そ、それより、お代わりはいかがですか?」
「いや、まだ全部食べてないし‥‥」
絵里さんはなぜか慌てたように話を変える。
どうしたんだろうね?