第二話敦君とその幼馴染達
「‥‥というわけなんだ、協力してくれ」
俺は呼び出した三人に向かって言う。
「協力って‥‥私たちは一体何をすればいいの?」
いつもと変わらない無表情でそう言ったのは椎名未来。
視力が悪く眼鏡をかけているが、その素顔はそんじょそこらのモデルでは太刀打ち出来ない程圧倒的な美しさだ。
腰まである長い黒髪を首の辺りで束ねていて、一度、邪魔じゃないのかと訊いてみたところ、おもいっきり睨まれた。
おそらく何らかの思い入れがあるのだろうが、もう二度と訊く気にはならない。
「だから、お前達にジジイの頼みを手伝ってもらいたいんだよ」
「そ、それって‥‥も、萌達に恋人になれってことですか?」
そう言ってそわそわしているのは椎名萌乃、愛称「萌」。
歳は俺達より一つ下で未来の妹だが、全然似ていない。
姉が綺麗というカテゴリーで括られるなら、彼女は可愛らしいと言うカテゴリーがぴったりとくるような感じ。
襟首のあたりで切られたボブカットに、つぶらで大きな瞳、ちょっぴり猫のような愛らしい口元で、髪型も姉とは違いセミロングの茶髪に以前俺が誕生日にプレゼントしたカチューシャをつけている。
身長も女性としてはかなり背の高く、足も長いが良くも悪くも起伏がほとんどない未来に対し、萌はかなり小柄だが出るべき所はしっかりと出て、引っ込むべき所はきちんと引っ込んでいて、かなり起伏が激しい。
性格もクールで冷静な姉とは異なり、どこかぽわぽわしていておっとりしている。
似てる所が全然ない姉妹だが、男子にモテるという点では似ているが、不思議と誰かと付き合っているという話は聞かない。
「いや、そういうことじゃなくてだな‥‥俺をモテる男に改造してくれ」
「‥‥そういう相談はダイジョーブ博士にでもしろ。野球もうまくなるぞ。確率は低いが」
呆れ顔で言うのは氷室光。
『TOWA』には劣るが、かなり大きな会社の子供、つまりかなりのお嬢様だが、容姿も言動もかなり男っぽい。
身長は男の俺と同じくらいあり、声もかなりハスキーだ。
茶色のベリーショートの髪型に、大きな特徴的な唇、意思の強そうな大きな瞳はなんとなく野生の虎を連想させる。
グラビアアイドルよりも凄そうなプロポーションとがさつながらも持ち前の人懐っこさで男女問わず人気がある。
未来、萌、光の三人は俺の幼なじみで、小、中、高と同じ高校を選び、未来、光とは全て同じクラスという奇跡的な仲で、おそらく一番俺と仲の良い友達だと思う。
こんな恥ずかしい事を相談出来るのはこいつらくらいしかいない。
「いや、そんな一部にしか通用しないボケかまされても‥‥」
「ボケじゃねぇよ。っつうか、お前の言ってることがボケだろ」
「へ?」
「へ? じゃねぇよ」
「最悪なくらい鈍感ね」
「あの、気をつけないと嫌味だと思われちゃうですよ?」
三人が呆れた表情で(未来は溜め息付きで)俺をジーっと見つめる。
「な、何だよ‥‥」
三人は同時に後ろを向く。
(どうしよう、これ‥‥)
(どうするもこうするも‥‥)
(きちんと言うしかないです‥‥)
「なにこそこそ話してるんだよ」
俺が訊くと三人は同時に俺を向く。
「ああぁっと‥‥お前に残念なお知らせというか喜ばしいお知らせというか‥‥」
「まぁ、悪くはないと思うけど‥‥」
「敦さん、もう十分すぎるほどモテてると思うです‥‥」
三人があいまいな表情で言う。
「はぁ? どこが」
モテていたらこんな恥ずかしい相談するわけがない。
「お前この前のバレンタインデーの日にいくつチョコもらった?」
光が急に話を振ってきた。
「えっと‥‥いくつだっけ?」
「少なくとも、紙袋が必要になるくらいはもらってたわ」
「確か紙袋三つくらいを持ってたです」
そうだったっけ‥‥っていうか、こいつらよく覚えてるな。
「昨年のクリスマス、あなた何人に誘われた?」
今度は未来が話を振る。
「‥‥覚えてないけど、結構多かったと思う」
「そのうち何人女子だった?」
「そこまで覚えてるわけないだろ」
「確か、9割方女子です‥‥」
だから、こいつら記憶力よすぎだろ‥‥
「誕生日のときも、色々な女の人からプレゼント貰ってたです」
「まぁ、ありがたいことにな」
学校でみんなから有り余るほどのプレゼントをもらった。
「な、モテてんじゃん」
「いや、どこがだよ」
今までの話にどこにそんな要素が‥‥?
(なぁ、今の流れで分からないってどういうこと?)
(まぁ、正直今更だけど‥‥)
(でもこれは鈍感すぎるですよ‥‥)
「だから何こそこそ話てるんだよ」
俺の言葉に反応するように三人は同時に俺のほうを向く。
「お前なぁ‥‥女子から誕生日プレゼントごっそり貰って、クリスマスに女子から誘われまくって、バレンタインにめちゃくちゃチョコ貰える奴のどこがモテない男なんだよ!」
「誕生日にプレゼント貰えたのはその人にプレゼント渡してたからだし、クリスマスに呼ばれたのはクリスマス会みたいのだし、バレンタインに貰ったチョコ全部義理だし、モテてるっていうよりも友達が多いってことだろ」
「でも女子から良い感情がなければそうはならないわ」
「異性として良いかと友達として良いかはまた別だと思うけど」
「それは‥‥そうかしれないですけど‥‥でも普通いくら友達でも男の子をクリスマスに呼んだりはしないですよ」
「うーん‥‥でもその、結構男子呼ばれてたぞ」
「あんたと同じモテるのに彼女がいない人達がね‥‥」
俺達が意見を交わしていると、光が手を挙げた。
「どうかした?」
「そもそもさ‥‥」
「何?」
「告白されるのを待つより、告白しに行ったほうが早いんじゃないか?」
「光!」
「何言ってるですか!」
光を未来と萌が取り押さえて部屋の隅に連れていく。
(あんたバカ? それで敦がほかの女のところにいったらどうするの?)
(いや、十年以上も一緒にいて俺達の気持ちに気がつかないアイツだぞ!? こういうときはちょっと刺激与えたほうが‥‥)
(こういう状況だからこそ、何するかわからないです!!)
「あの、三人とも、俺置いてけぼりにしないでくれる?」
俺が三人に言うと三人ははっとした表情で俺を見る。
今日の三人はなんか変だ‥‥
「しっかし、告白する相手かぁ‥‥」
正直、全然考えてなかった。
そうか、わざわざ相手の好みに合わせて告白を待つより、そっちのほうが手っ取り早いよなぁ‥‥
「ももももしかして、告白する相手がいるですか?」
萌がかなり慌てたような様子で俺にぐっと近づく。
「そ、そうなの?」
「マジかよおい!」
なぜか未来と光の二人も俺を問い詰めるように近づく。
かなりの圧迫感‥‥
「い、いや、とくにいねぇよ」
「そ、そうですか‥‥」「そ、そう‥‥」「そうか‥‥」
三人は同時に深い息を吐く。
「‥‥なんでそこでそんな安心したみたいなリアクションなんだ?」
俺が訊くと三人が背後にギクッという文字が出るようなリアクションをする。
「い、いや、これは、その‥‥」
「べ、別にそんなことないわ。気のせいじゃない?」
「そうか‥‥?」
「そ、そうです、そうですよ」
萌と光が首をぶんぶん振る。
「まぁ、それならいいけど‥‥」
なんか、触れてほしくないみたいだし。
それに、今はそれより先に考えなきゃいけないことがあるし。
「というかそもそも、お前の好きなタイプってどんな奴なんだ?」
「好きなタイプ‥‥? 一緒にいて楽しくて飽きなくて、俺が自然体でいれるような奴かな?」
「容姿‥‥? 全然気にしないけど。」
「はぁ? なんで?」
「なんでって‥‥一緒に生活していくなら容姿よりも性格良いほうが絶対良いだろ。まぁそういう意味では、お前らが一番好きなのかも‥‥一緒にいて楽しいし、飽きないし、自然体で入れるし‥‥」
俺がそう言うと、三人は同時に赤面する。
「ななな何言ってんだお前!! 馬鹿じゃねぇの!?」
「あんたって人は‥‥っ」
「そそそ、そんなこといきなり言われても‥‥」
「いや、だって本当のことだし‥‥もしかして、迷惑か?」
俺が訊くと三人はクビがちぎれんばかりの勢いで首を横に振る。
「嫌、迷惑だなんて全然!! これっぽちも!」
「そっか、良かった‥‥」
こいつらに嫌われてたら俺はかなり鈍いってことになっちまうからな。
(す、好きって言われちゃったです‥‥‥‥)
(萌! ニヤニヤしないの!)
(そういう未来も、気持ち悪いくらい二ヤついてるって‥‥俺もだけど)
(しょ、しょうがないじゃない、す‥‥好きって、言われちゃったんだから)
「おい、どうかしたのか、三人とも変な顔して‥‥」
俺が訊くと三人は一斉にはっとした表情になる。
「い、いや、別になんでもないわよ!」
「そう? ならいいけど‥‥」
「で、結局どうするんだ?」
光が話を変える。
「結局って‥‥告白のこと? うーん‥‥まだ決めかねてるってトコかな‥‥別に告白する相手もいないし‥‥とりあえず誰でもいいからってのは嫌だしな」
「じゃ、じゃあ、私達の中から選ぶってことですか‥‥?」
「ん、ああ、今のところはそういうことになるか」
俺がそういうと光がぐっと俺に近づく。
「なら誰を選ぶ?」
「はい?」
「この三人の中なら、誰がいい?」
光がマジな顔で訊いてくる。
「誰って‥‥」
俺が未来と萌に助けを求めようと視線を移すと、二人ともマジな顔をしていた。
「アレ‥‥未来‥‥萌‥‥」
「誰なの?」「誰です?」
二人がハモると俺にぐっと近づく。
三人の顔が目前に(萌はかなり頑張って伸ばしても俺を見上げているが)迫る。
「えっと‥‥三人とも好きだけど」
「そういうのはダメ。絶対誰か選びなさい」
未来が少し赤面したまま冷静に告げる。
そう言われても‥‥誰を選んでもいい結果にならないのは目に見えてる。
三人とも徐々に俺を追い詰めていく。
「えっと‥‥その‥‥一人なんて決められないって」
「どうしてです? 私達のこと‥‥その‥す好きなんですよね?」
「まぁ、そうだけど‥‥でも三人それぞれにいいとこがあって‥‥一人には決められないって‥‥」
俺がそういうと三人は顔を真っ赤にして俯く。
今のうちに‥‥
「って、逃げるな!」
光が逃げようとした俺の腰を掴む。
すると未来と萌も俺にしがみつく。
勢いよく床に倒れこむ。
「ぐ、離せ!」
「きちんと私達の良いとこを言うまで離さない」
未来が真剣な表情で言う。
「はぁ?」
「ちゃっちゃと言っちまえ」
光がニヤニヤ笑いなから言う。
「いや、なんでだよ」
「さっき言ってたのは嘘だったですか‥‥?」
萌がとびきり悲しそうな顔をする。
「い、いや違うけど」
「だったら‥‥」
三人がぐっと俺の顔に近づく。
「さっさと言え」「さっさと言いなさい」「さっさと言ってください」
‥‥逃げれそうもない。