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第二十四話 敦君と変わった日常

いつもとは違う夜を過ごした僕は、昨日と同じ朝を迎えた。


部屋のドアを開けると、昨日と同じように朝食のいい匂いがする。


リビングに行くと、やっぱり昨日と同じ光景があった。


「敦さん、おはようございます」


エプロン姿の加瀬部さんが、笑顔で迎えてくれる。


「おはようございます、加瀬部さん」


俺が声をかけると、加瀬部さんは一転して不満げな顔になる。


「どうしたんですか?」


「‥‥梓」


加瀬部さんが呟く。


「え?」


「加瀬部さん、じゃなくて梓、です。言い直して下さい」


‥‥そうだった。


「おはようございます、梓さ」


「さん付けもなしです。敬語もなし」


「いや、敬語駄目なんて言ってなかったですよね」


「名前だけ呼び捨てで他が敬語だったらおかしいじゃないですか」


それはそうかもしれないけど‥‥


「ほら、早く」


加瀬部さんが俺の手を握って左右に振りながら催促してくる。


‥‥仕方ない、か。


「おはよう、梓」


俺のその一言だけで、加瀬部さん――梓は、また元の笑顔に戻った。


「おはようございます、敦さん。ご飯出来てますよ。あっ、絵里さん起こして来ますね」


梓はそう言うと鼻歌を歌いながら部屋を出ていく。


さっきまでとはえらい違いだ。


「梓、かぁ‥‥」


まだ言い慣れない名前。


その名前を言うたびに、彼女が自分の婚約者だという事実を感じる。


俺はまだ彼女をなにも知らない。


何が好きで何が嫌いなのか。


今までどこにいたのか。


今まで何をしていたのか。


そして両親の事も、ジジイとの関係も。


まだ、婚約者としての自覚が完全にあるわけではない。


まだどこか別の次元な感覚だ。


でも、そのくらいは知らないといけない。


これから一緒に暮らしていくのだから。




梓は朝からずっとご機嫌だ。


「敦さん、早く行きましょう!」


俺の手を握って飛び出すように家を出る。


俺も引きずられるように出される。


「いってらっしゃいませ」


絵里さんはまだ眠いのか少しぼーっとしたまま見送ってくれた。


家の外には、いつも通り光が待っていた。


「相変わらず仲良いな」


光はなぜか不機嫌そうだ。


「もちろん。同じ屋根の下に住んでいるんですから」


「‥‥ああ、そうかよ」


光の不機嫌さがさらに増していく。


「ほら、行きましょう」


梓が俺の手を引いていく。


「ちょっと、梓、離れろって」


「梓‥‥?」


俺が梓を呼び止めると、光が驚いたような顔をした。


「そうですよ? どうかしましたか?」


梓は光に向かって笑いかける。


「どうかしたって‥‥」


「一緒に暮らしているんですから、これくらい普通ですよ」


普通ではないと思う。


「ほら、行きましょう。まだあの姉妹迎えに行くんですよね?」


梓はそういうと俺の手を掴んだまま走り出した。




「ずいぶんと仲良くなったようで」


休み時間、風巻がからかってくる。


「もちろんですよ」


俺の隣に寄り添うように座る梓が答える。


「こうなってくると、あの3人がどうするかが気になるね」


風巻は本当に楽しそうだ。


「あの3人って、誰の事かしら」


反対に、未来の機嫌はすこぶる悪い。


「さて、誰だろうね〜?」


「本当に嫌な男ね」


おちょくるような言い方をする風巻に未来が冷たい目で見る。


「別にどうもしないわよ。私達には関係のない事だし」


「本当に?」


風巻がニヤニヤしながら訊くと、未来は呆れた顔で吐き捨てるように、


「少なくともあなたには関係がない事だし、気にしてほしくないし、相手にもしたくないわ」


と言うと自分の席に戻る。


「お前はどうなの?」


風巻は机に突っ伏している光に訊くが、答えは返ってこない。


「光、大丈夫か?」


俺が訊くと光は右手を上げてひらひら振る。


「答える元気もないか」


風巻がボソッと呟くと、顔だけ風巻の方を向いて睨みつける。


「うっせバカ」


いつもならギャーギャー漫才が始まる雰囲気だが、今日はそれだけ言うとまた机に突っ伏した。


「こりゃ重傷だな‥‥」


風巻が席を立つ。


「どこ行くんだよ」


「そりゃもちろん」


「萌の所にからかいに行ったら引きちぎるわよ」


席に戻ったはずの未来がいつの間にか風巻の後ろに立っていた。


その声は心底冷たい。


「何を引きちぎるんですか?」


「さて、なんでしょうね」


梓が二人を見ながら素直に訊くと、未来は無表情のまま答えた。


感情を感じさせない、それが逆に怖い。


「OK、分かったよ」


風巻は引きつった笑顔で答える。


未来はその表情のまま、自分の席に戻っていく。


「ったく、相変わらず冗談の通じない姉妹だぜ」


風巻は未来に聞こえないように小さい声で文句を言う。


「それ、後で未来に伝えておくぜ」


光が顔だけこちらを向いてニヤニヤ笑っている。


風巻はしまったという顔をするが、もうなかった事には出来ない。


「失言でしたね」


梓がくすくす笑う。


思いのほか、梓は馴染んでいる。


まるで、以前からそうだったかのように。


だけど、本当は違う。


俺は、梓の事をほとんど知らない。


俺だけじゃない。


未来も光も萌も、風巻も、多分絵理さんも知らない。


もしかしたら、銅先生‥‥みー姉なら何か知っているのかもしれない。


だけど、それじゃ意味がない。


俺が彼女を受け入れるためには、本人が訊いて、溝を埋めなきゃいけないんだ。


みー姉だってきっとそう言う。


「敦、どうした?」


気がつくと、風巻と梓がこちらを向いている。


「どこが悪いんですか?」


梓は心配してくれている。


「どうせ何か考え事でもしてたんだろ」


光は俺を見る事なく俺の心理を言い当てる。


「それはあれか、敦の事は何でも分かってますアピールか?」


風巻が茶化すと、光は黙ったまま筆箱を風巻の顔面に投げつけた。


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