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第二十三話 敦君と婚約者

お待たせしました。

半年ぶりに更新です。


家に着くと、エプロン姿の加瀬部さんが出迎えてくれた。


「‥‥どうしたんですか?」


「敦さんのために夕御飯を作ったんです」


加瀬部さんはそう言うと、いつもの通り腕に抱き着いてくる。


「絵里さんはどうしたんですか?」


俺がそう訊くと、加瀬部さんの足が止まる。


「どうしたんですか?」


「‥‥私より、絵里さんの方が大事ですか?」


「はい?」


唐突に言われても、意味が分からない。


だが、表情を見れば真剣なのは分かる。


「いや、どっちが大事とか‥‥」


「私は――」


「敦さん」


加瀬部さんが何か言おとした時、それを遮るように絵里さんが奥から俺を呼んだ。


「もう準備出来てますよ」


「あ、はい。今行きます」


俺がそう答えると、加瀬部さんが俺から離れる。


「加瀬部さん?」


「行かないんですか?」


加瀬部さんがいつもの笑顔で訊く。


さっきまでの険悪な雰囲気はない。


なんだったんだ‥‥




夕食の間も、加瀬部さんはいつも通りに振る舞っていた。


あの一瞬を訊く雰囲気にもならず、真相がわからないままその日を終え、ベットで眠った。


それは、深夜の事だった。


なんとなく、目が覚めた。


すぐに、異変に気がついた。


隣に、生暖かい何かがある。


ただ、暗闇に慣れない目では、それが何かは分からない。


ゆったりと、それに触る。


柔らかい。


ふにふにしている。


かなり大きい。


これは、まるで‥‥


「意外と積極的なんですね」


隣から声が聞こえた。


「私は‥‥構いませんけど」


ようやく隣に何があるのか理解した。


「‥‥加瀬部、さん?」


「はい、そうですよ」


加瀬部さんは俺の手を掴んで答える。


さっきまで殆ど仕事をしてなかった頭が、瞬時に稼働を始める。


「敦さんの手‥‥大きいですね」


「な、何して」


俺が全部言い終わる前に加瀬部さんは俺の口を塞いだ。


「大きな声は出さないで下さい。絵里さんが起きてしまいます」


加瀬部さんはそう言いながら俺に覆いかぶさるようにのしかかってくる。


「構わないですよね。私達は‥‥婚約者なんですから」


俺は加瀬部さんの手を払いのける。


「構わないわけないですよ、こんな夜這いみたいな事」


「みたい、じゃないです。夜這いです」


加瀬部さんは真剣な目で俺を見る。


ふざけているわけではなさそうだ。


「私は‥‥敦さんの婚約者です」


「それは分かってます」


「分かってないです」


きっぱりと言い放たれる。


「どういう意味ですか?」


「もし敦さんが分かっているなら、こんな事しなくていいんですよ」


言ってる意味が理解出来ない。


「とにかく、離れて下さい。自分の部屋に戻って」


「嫌です」


加瀬部さんは顔がくっつくくらい近づけてくる。


「私の虜にするまでは‥‥どきません」


「とり‥‥こ?」


言ってる事は全くもってふざけている。


だけど、声色も表情は真剣なまま変わっていない。


「冗談‥‥ですよね?」


「そんな顔に見えますか?」


全くそんな感じには見えない。


だけど、こんな状況が冗談以外にあっていいわけがない。


「敦さん‥‥どうですか?」


加瀬部さんの吐息を感じる。


「抱いてみたいですか?」


明らかに誘っている。


そのくらい俺にだって分かる。


だけど、それを受け入れるわけにはいかない。


「ジジイに何か言われたんですか?」


「あの人は関係ないですよ」


間髪入れずに答えがくる。


「全部‥‥私の意志です」


加瀬部さんはそう言うと、覆い被さる格好から馬乗りの体勢になる。


「それとも、私ではいけませんか?」


常識的に、誰だろうと夜這いが許されるわけがない。


でも、そんなことは言えない迫力がある。


「‥‥なんで」


そんな中なんとか絞り出した言葉は。


「なんで俺なんかにここまでするんですか」


そんなしょうもない事だった。


一瞬で加瀬部さんの表情が曇る。


こうなる事は分かっていた。


でも、こんな言葉しか出てこなかった。


「‥‥誰にも」


加瀬部さんが、今までで一番小さい声で呟く。


「誰にも渡したくないからです。クラスメートにも、先生にも、絵里さんにも‥‥」


ぽつりと、水滴が俺の頬に落ちる。


「分かってます。付き合いが一番短いのは私です。皆は小さい時からずっと一緒で‥‥私は一度会っただけで。思い出だって、全然足りなくて」


それが涙だと気がついたのはもう二粒落ちて来た後で。


「だけど、私、だって‥‥」


その時にはもう。


「私だって、敦さんの事が好きなんです‥‥っ」


涙がとめどなく流れていた。


「この気持ちは、どうしようもないんです!」


俺を押さえ付ける力が強くなる。


「婚約者になれて‥‥本当に嬉しかった。思い出も繋がりも、殆ど何もない私にとって、"婚約者"という肩書は、本当に大きい物で‥‥だけど、そんな肩書でさえ‥‥敦さんには意味なくて‥‥」


『‥‥私より、絵里さんの方が大事ですか?』


加瀬部さんの言葉を思い出す。


『私は――』


婚約者だから。


大切にしてほしいと。


そう言いたかったんじゃないのか。


「だから、敦さんとの繋がりが‥‥欲しかったんです。どんな繋がりでも、いいから‥‥」


俺を押さえつけていた力が弱まった。


だけど俺は動けなかった。


どうすればいいのか分からなかった。


涙を止める方法も分からなかった。


「‥‥分かってます。こんなことしても、意味ないって。だけど」


その先の言葉は、言わせなかった。


俺は、加瀬部さんを抱き寄せた。


「敦、さん‥‥?」


「すみません。俺のせいで、ここまで追い込んで‥‥」


俺は、素直に自分の気持ちをぶつける。


「俺は、一昨日まで何も考えずに生きてきました。それで、いきなり彼女とか、結婚とか、婚約者とか言われても‥‥正直実感なくて」


言葉を選んでいる余裕もない。


ただ、彼女の涙を止めたかった。


「だけど‥‥僕も、加瀬部さんとの繋がりは欲しいです。こういう繋がりじゃなくて‥‥皆と同じような繋がりが」


「でも」


「すぐには無理です」


加瀬部さんが反論する前に言葉を続ける。


「だけど、これから一緒に住んで、一緒に生活して‥‥そうやって、繋がっていきたい‥‥いけませんか?」


全部、言いたい事は言った。


加瀬部さんは、しばらく黙っていた。


俺は、その間も、ずっと抱きしめていた。


「‥‥暖かい」


「はい?」


「敦さんは‥‥暖かいですね」


急に言われても、実感はない。


「そう、ですか?」


「はい、とても‥‥暖かいです」


加瀬部さんはそう言いながら、右側に体重をかけてきた。


俺が抱きしめていた手を離すと、ごろりと横になった。


もう、涙は流れていなかった。


「今日は、ここに寝ていいですか?」


「はい!?」


「嫌って言ってもここに寝ますけど」


加瀬部さんはそう言うと俺の右腕に抱き着く。


「ちょ、ま、加瀬部さん!?」


「梓です」


加瀬部さんが笑顔で告げる。


「梓って呼んで下さい。皆名前で呼んでるんですから」


「それはそうですけど‥‥」


それは昔からの長い付き合いだからで、会って二日の人を名前で呼ぶのはキツイ。


「あ、さん付けもNGですから」


加瀬部さんは楽しそうだ。


まぁ、涙は止まったけど‥‥


これから、大変な事になりそうだ‥‥

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