第二十二話 敦君と親友と帰宅
「よお色男、夜遊びか?」
萌と別れる、家に戻っている最中に順平から声をかけられた。
‥‥面倒そうな臭いがするし、無視しておこう。
「無視しようとしたって無駄だぜ」
順平はいつの間にか後ろにいた。
「‥‥何の用だよ」
「用なんかないさ、歩いていたら前からつまらなそうに歩く親友がいたら、声をかけるのが筋ってもんだろうよ」
「どこに親友がいるんだ」
「お前! それが小学生からフォローし続けてきた男に言う言葉か!?」
「どっちかっつうとお前の女性関係を俺がフォローする方が多かったと思うけど」
「西でお前が喧嘩したと聞けば未来を連れて行き、東でお前が喧嘩したと聞けば光を連れて行き、北でお前が喧嘩したと聞けば」
「喧嘩ばっかじゃねえか!! 人をそんな不良みたいに言うんじゃねぇ!!」
俺がそう言うと、順平がニヤッと笑う。
‥‥しまった、ツッコミを入れてしまった。
「さすが小学生からの付き合い、欲しい時にいいリアクションをしてくれるな」
順平がニヤニヤ笑いながら肩を組んでくる。
「暑苦しいからくっつくな」
「まぁそう言わずに」
順平は俺の言う事を聞く様子を一切見せない。
「‥‥それで、何の用だ」
「だから、歩いていたら前から」
「それはもういいから。用があったから声かけたんだろ」
さっさと本題に入らないと話が進まない。
順平は唐突に真面目な表情になり、俺から離れた。
「こんな時間に何してんの?」
「萌を送ってきた」
「こんな時間まで遊んでたのか?」
順平は自分の腕時計を見ながら訊いてくる。
「そうだけど」
「加瀬部は?」
「家に戻るまでは一緒だったけど‥‥加瀬部さんに何か用か?」
「いや、用ってわけじゃねぇけど。ほっといてもいいのか?」
「絵里さんと一緒だよ」
「そう意味じゃなくて‥‥」
順平は少し迷ったように頭をかく。
「言いたい事あるなら、はっきりと言えよ」
「‥‥いや、いいや」
「言えよ、気持ち悪いから」
「今のお前に言ったって、何か意味があると思えないからな」
順平は首を振ると、先に歩きだす。
意味が、理解出来ない。
「どういう意味だよ」
だから、正直に訊く。
「もう少しすれば分かるさ」
順平は真剣な顔で俺を見た。
茶化しているわけでも、ふざけているわけでもなさそうだ。
これ以上は訊いても無駄だという事は、長い経験で分かっている。
「‥‥分かったよ」
俺の言葉に満足したのか、順平は微笑む。
「‥‥笑顔気持ち悪いな」
「ひど! これでもこの笑顔で何人もの女性を」
「たらしこんだと」
「言い方悪いわ! せめて落としたと言え!」
「おどした」
「濁音いらないから! 意味変わってくるから!!」
「ま、なんでもいいけど」
「お前が言い始めたんだよな!?」
「お前、どこまで付いてくるつもりだ?」
このまま付いてくると、順平の家に行くには遠回りになる。
順平は俺に聞こえないくらいの声で何かぶつぶつ呟いてから、俺の方を向く。
「また喧嘩しないように、お前の家まで送ってやるよ」
「‥‥勝手にしてくれ」
挑発に乗る気はない。
順平は、すぐに話を変えてきた。
「それで、誰にするんだよ?」
「何が?」
「だから、誰を選ぶんだよ。より取り見取りだろうが」
「だから、何の話だって」
順平がニヤニヤ笑っている。
「しらばっくれんじゃねぇよ。嫁だよ、嫁」
「そんなオレオレ詐欺みたいに言われても」
「『だよ』の部分しか合ってねぇじゃねぇか! お前の! 嫁を! 誰にするかって聞いてんの!」
順平が俺を何度も指差しながら叫ぶ。
「ああ、その話か‥‥」
一気に色々な事が起きて、頭から抜け落ちていた。
「その話かって、今のお前にとってトップクラスに重要な事だろ?」
「まぁ、そうなんだけどな‥‥」
今の俺には、加瀬部さんの存在がある。
ジジイが用意した、婚約者。
嫁を探せだの、恋人を作れだの言っていたが、つまりはそういう事だ。
「まぁ、あれだけより取り見取りなら、誰選んでもいいのかもしれんけどさ」
「さっきからより取り見取りって、何の事だよ」
俺がそう言うと、順平は呆れたような顔で俺を見た。
「‥‥お前、本気で言ってるのか?」
「何がだ?」
「いつもいつもあれだけいい女はべらせておいて、何の事はねぇだろうよ」
「はべらせって‥‥」
そんな事、した覚えないけど‥‥
「それで、真面目な話どうするんだよ。誰にするんだ?」
「そんな簡単に決められるかよ‥‥」
「まぁ、あれだけいい女はべらせてたら、そりゃあ迷うよな」
だからはべらせてなんかないって。
まぁ、それを言ったところでコイツは聞きやしない。
それに、俺は誰を相手に選ぶかを迷ってるわけじゃない。
すでに、ジジイにルートを決められてる。
俺が迷っているのは、そのルート通りに進んでいいかどうかだ。
ジジイの思う通りに進むのは癪だし、加瀬部さんの事はまだほとんど知らないのに、いきなり婚約者と言われても、困惑するだけだ。
「‥‥お前なら、どうする?」
俺が順平に訊くと、順平はニヤッと笑う。
「簡単だろ。全員俺の嫁にしてハーレム作る」
‥‥こいつに聞いた俺がアホだった。
「順平らしいな」
「いや、それほどでも」
‥‥別に褒めてないけど。
「まぁ、今の敦は十分ハーレムを堪能してるけどな」
「‥‥どういうこと?」
俺が訊くと、順平はまた呆れたような顔になり、黙って歩き出した。
「おい、無視すんなよ!」
俺が追いかけても、順平は黙ったままだった。