第二十一話 敦君と追いかけっこ
周囲の視線と気まずさに耐えながら、やっとこさ家にたどり着いた。
「どうぞ。こっちが絵里さんの服ですよ」
「すみません、荷物ずっと持たせてしまって‥‥」
俺が荷物を渡すと、絵里さんが申し訳なさそうに頭を下げる。
「いえ、これくらい平気ですよ」
正直、肉体的な疲労よりも精神的な疲労の方がしんどい。
「それじゃあ、私はここで帰るです」
唯一何も買ってない萌はそう言うと、一人で帰ろうとする。
「あ、送ってくよ」
俺がそう言うと、萌はなぜか文字透り飛び上がって驚いていた。
「い、いえお気遣いなくです!」
「だけど、女の子一人じゃ夜道は危ないだろ」
「危なく大丈夫です!」
相当慌てているのか、日本語がかなり怪しくなっている。
そんなに一緒にいるのが嫌なんだろうか‥‥
「だけど、また昨日の奴らみたいなのが出て来たらどうすんだ?」
俺が食い下がると、何も答えられなくなったのか、萌は顔を赤くしたままプルプル震え、さっと方向転換して走り出した。
「あ、おい! そっち違う!」
さっき来た道を走っている。
「すいません、家の事任せます」
「大丈夫ですよ、それよりも早く萌乃さんを追いかけてあげて下さい」
絵里さんはそう言うと、俺の手から加瀬部さんの荷物を受け取る。
「じゃあ、後はお願いします」
二人に後を托し、俺は萌を追いかける。
あまり足の速くない萌に追い付くのは難しくはなかった。
萌はどんどん人気のない所に向かっていた。
「萌、おい!」
俺が呼んでも、萌は全く止まらない。
「萌、待てって!」
俺が肩を掴んで強引に止めると、萌は手をじたばたさせる。
「萌、落ち着け!」
仕方なく、後ろから抱きしめるとようやくおとなしくなった。
「あああ敦さん!? そんな、急に!!」
急にも何も、ずっと呼びかけていたのに無視されて、捕まえたら暴れるんだからこうするしかない。
「萌、落ち着いたか?」
「ああ、あの、そそその」
萌は落ち着く様子がないまま、魂が抜けたかのように倒れかける。
「も、萌!?」
揺すっても返事がない。
昨日と同じように気絶したみたいだ。
まぁ、多分しばらくしたら復活するだろうけど‥‥こんな所でほっとくわけにはいかないし、昨日みたいな事もしたくない。
「‥‥しょうがない、よな」
誰もいないのについ口に出る。
もちろん答えが返ってくるはずがない。
とりあえず、俺に全体重をかけている萌をゆっくりと地面に座らせる。
すうすうと、可愛らしい寝息をたてている。
それを聞きながら、萌を背負ってふとももを持つ。
――つまり、おんぶをする。
別に誰かが見てるわけでもないのに、なんか照れ臭い。
それに‥‥まぁ、その、萌の‥‥アレが背中に押し付けられて大変幸せな事になってる。
なんとか意識を背中以外に集中させながら進む。
早く目覚ましてくれないかな‥‥
結局、萌が目を覚ましたのは萌の家にかなり近づいた時だった。
「あ‥‥れ、私‥‥」
「やっと起きたか」
「‥‥‥‥へ?」
目が覚めたばかりで脳の処理が追い付いてないのか、萌はなんとも間の抜けた声を出す。
「大丈夫か?」
「‥‥‥‥ななななななんでわ私こんな」
「何でって‥‥」
「お、降ろして下さいです!」
もちろん、そうするつもりだ。
いくら萌が軽いからって、さすがにずっとおぶったままで歩き続けるのは辛い。
けど、すぐには降ろさない。
「俺の質問に答えてくれたらな」
「し、質問、です?」
萌はほんの僅かに落ち着いてきていた。
「何で逃げたんだ?」
「そ、それは‥‥」
俺の質問に、萌は沈黙した。
「答えてくれないとずっとこのまま家に連れてくからな」
「そ、それは困るです!」
萌が俺の背中で暴れる。
「ちょ、暴れんなよ」
「お、降ろして下さい!」
「質問に答えてくれたらな」
俺がそう言うと、萌は暴れるのを止めて黙った。
「萌?」
「‥‥恥ずかしかったんです」
萌は、呟くような小さな声で言った。
「恥ずかしい?」
「手を繋いで‥‥凄く恥ずかしかったんです」
「それだけ?」
俺がそう言うと、萌が俺の背中をぎゅっと抓る。
「痛っ!!」
「それだけじゃないです!! 私がどれだけ迷ったか‥‥」
別に迷わなくても、手ぐらい握ってやるのに‥‥
「敦さんの馬鹿です‥‥」
俺にとってはどうでもいい事だけど、萌にとっては大変な事だったらしい。
「萌、降ろすぞ」
「‥‥はいです」
萌はぶすっとしたまま答える。
完全にいじけてんな、こりゃ。
まぁ、答えてくれるだけありがたい。
光だったら問答無用で拳が飛んできてただろうし、未来だったら無言のまま無視をする。
「なぁ、萌」
「‥‥なんです?」
俺はこっちを見ないで答える萌の手を取った。
「えっ、な、えっ!?」
萌の顔が一瞬で真っ赤に戻る。
「手ぐらいいつだって握ってやるよ、お前が望むんならな」
微妙にこっちが恥ずかしくなるような、安いドラマみたいな台詞。
だけど、萌は顔をさらに真っ赤にする。
「あ、あの、えっと」
「だから、そんな事気にするな」
「は、はい」
萌はそう言うと、俺の手をしっかり握る。
「じゃ、じゃあ‥‥家まで、ずっと‥‥握っててくださいです」
萌は、呟くような小さい声で言う。
俺が頷くと、萌は今日一番の笑顔になった。