第十七話 敦君とお買い物
「日用品を見たい」という加瀬部さんの要望で、俺達はまず街の中心から案内する事にした。
「日用品なら、だいたいここで揃いますよ」
「ずいぶん‥‥人が多いですね」
加瀬部さんは、呆気に取られたような顔をしている。
確かに、学校も終わった時間だし、街のあちこちに学生がいるが、それでも多いという感じではない。
「そう‥‥ですか?」
「はい、私がいた場所より‥‥ずっと」
「加瀬部さんって、今までどこにいたんです?」
萌が訊くと、加瀬部さんは少し複雑そうな表情になる。
「田舎ですよ。ここよりもずっと」
そう言うと、加瀬部さんはいつもの笑顔に戻ると、左腕を俺の右腕に絡めてくる。
「ちょ、加瀬部さんっ」
「な、なな何してるんです!?」
くっつかれた俺より、それを見ている萌の方が慌てている。
「こうやってないと離ればなれになっちゃいますから。萌乃さんはやらないんですか?」
萌乃はその言葉で赤面する。
「や、やらないです!」
「なんでですか?」
「な、なんでって‥‥」
萌は俯いてモジモジしだす。
「ま、私には全然関係ないですけど」
加瀬部さんはそう言うと、俺により密着して来る。
何度もされてるから徐々に慣れて来た。
だけど、萌はそうではないようで、さらに顔を赤くする。
その様子を見ると、くっつかれている当人であるはずの俺が冷静にならざるおえない
「じゃあ、早く行きましょう」
加瀬部さんは本当に楽しそうな顔をしている。
だからこそ、あの複雑そうな表情が気になる。
俺は、加瀬部さんの事をほとんど何も知らない。
母親の亡くなった理由も含め、どうもそこらへんの事を聞いてはいけないような雰囲気だ。
だけど、もし‥‥婚約者としてこのまま‥‥もちろん、まだ分からないけど、もしそういう事になるのなら、いずれ加瀬部さんの事をもっと知らなきゃいけなくなる時が来るかもしれない。
それがいつなのかは‥‥まだ分からないけど。
「ここはなんでも揃いますね」
片手を俺の腕に絡め、逆の手で買った物を大量に入れた袋を持った加瀬部さんが、顔を綻ばせながら言う。
「全然案内出来ませんでしたけど‥‥そろそろ帰りましょうか」
すでに日は落ちかけてる。
そろそろ帰らないと、家に着く頃にはかなり暗くなってそうだ。
「あと一箇所だけ、いいですか?」
「いいですけど‥‥どこに行くんですか?」
「あそこの服屋に寄ってもいいですか」
加瀬部さんは大手チェーンの服屋を指差す。
「まぁ、俺はいいですけど‥‥萌、時間大丈夫か? 親とか心配しないか?」
「多分お姉ちゃんに頼めば大丈夫です」
萌はそう答えると、俺の側に寄る。
「お二人こそ、絵里さん心配するんじゃないです?」
「確かに‥‥」
半泣きでオロオロしている絵里さんが目に浮かぶ。
俺が連絡をするために携帯を取り出そうとすると、加瀬部さんが俺に抱き着く力をさらに強める。
「大丈夫ですよ。しっかりと連絡しておきましたから」
「いつの間に‥‥?」
ずっと俺にくっついていたけど、誰かに連絡を取ってはいなかった。
「朝ですよ。絵里さんを起こしに行った時に」
加瀬部さんは笑顔を浮かべ続けたまま、当たり前の事のように言う。
「‥‥俺が断ったらどうするつもりだったんですか?」
「敦さんなら断らないに決まってますから」
あっさりと言ってのける。
「お二人は‥‥昔からの知り合いなんです?」
萌がなぜかそわそわしながら聞いてくる。
「初めて会ったのはずっと前ですよ」
加瀬部さんがすぐに答えた。
「その後は一回も会ってないけどな」
俺が付け加えると、加瀬部さんが俺からそっと離れた。
「でも――」
今までの笑顔は消えていた。
「私はずっと、敦さんの事、想ってましたよ」
言葉が、心に突き刺さる。
真剣な表情で、真っすぐに言われたのだから、何も感じないわけがない。
「加瀬部さん‥‥」
何か言葉を返したいのに、何も出て来ない。
「じゃ、行きましょうか」
加瀬部さんはまた元の笑顔に戻ると、俺の手を掴んで走り出した。