第十六話 敦君と帰宅準備
「敦さん、すぐに帰りますか?」
終業のチャイムが鳴り、俺が帰り支度を終えると、隣に座る加瀬部さんが訊いてきた。
「まぁ‥‥とくに残ってる必要もないですし‥‥」
「私、まだ少しこの辺りの道、よくわからなくて‥‥教えてくれませんか?」
加瀬部さんが胸の前で手を合わせて頭を下げてくる。
道を教えてくれ、ということはつまり、一緒に帰ろうと誘っているんだろう。
「えっと‥‥」
少し迷う。
いや、まぁ、行き先は同じ場所だし、断る理由は全くないし、全然構わないんだけど‥‥
「敦」
未来が相変わらず不機嫌そうに俺の名前を呼ぶ。
俺が躊躇してるのも、未来が原因だ。
加瀬部さんが俺と話していると、未来はなぜかどんどん不機嫌になっていく。
「なぁ、未来」
「何?」
「なんでそんなに不機嫌なんだ?」
俺が正直に訊くと、未来はさらに不機嫌オーラを強める。
「敦‥‥」
未来が俺の肩に手を乗せる。
あれ、俺なんか‥‥地雷踏んだ‥‥?
「お前は‥‥!」
未来が俺の肩をおもいっきり掴む。
「み、未来、痛いんだけど」
未来は黙ったままさらに力を込める。
「み、未来?」
「不機嫌じゃない」
「え?」
「私はいたって普通でまともでノーマルだから」
どっからどう見てもそうは見えない。
だが、頷いておかないと後々大変な事になりそうだ。
「とてもそうは見えないですけど」
俺がリアクションを取る前に、加瀬部さんが余計なツッコミをいれた。
未来は加瀬部さんを睨みつけた後、ゆっくりと俺の肩を掴む手から力を抜いた。
「‥‥敦、すぐに帰るの?」
「あ、ああ、加瀬部さんにこの辺りを案内するから」
「へぇ‥‥そう」
未来はそう言うと、なぜか勝ち誇ったような顔をしている加瀬部さんを見る。
またしても、二人の間に不穏な雰囲気が流れる。
「何か不都合でもありますか?」
「別にないわよ」
「そうは見えませんけどねぇ」
加瀬部さんはわざわざ未来を挑発するような言い方をしている。
未来も普段ならそんな簡単な挑発には興味を持たないのに、加瀬部さん相手だとなぜかムキになる。
「何が言いたいの?」
「あなたも一緒に行きたいんじゃないんですか?」
「どうして私があなたと一緒に帰らないといけないのよ」
未来が呆れた顔でそう答えると、加瀬部さんがくすりと笑う。
「何がおかしいの?」
未来は珍しく苛立ちを隠さない。
本当に加瀬部さんと相性が悪いな‥‥
「いえ、特に」
「言いたい事があるなら素直に言いなさいよ」
「ですから、特にありませんよ。まぁ、しいて言うなら私じゃなければ一緒に帰ったのかなと、そう思っただけです」
加瀬部さんは俺相手に向ける笑顔とは違う種類の笑顔を浮かべる。
未来はこれまた珍しく、本当にわずかだけども、顔を赤らめていた。
「それがどうしたっていうの?」
「ですから、そう思っただけですよ」
加瀬部さんは何がおかしいのか、クスクス笑いながら俺の手を掴む。
「それじゃ、行きましょうか」
加瀬部さんはそう言うとチラっと未来の方を向いた。
「‥‥敦」
未来は再び、俺の腕を掴む。
やっぱり力が強い。
「な、何だよ」
「萌乃の事も連れて行ってくれる? あの子放課後暇にしてるだろうから」
昨日のあれだけ雰囲気悪かったのに、俺が帰った後何かあったんだろうか。
まぁ、女の子がいた方が何かと都合がいいのかもしれないし。
「ああ、わかった」
「私は二人きりでも構いませんが」
加瀬部さんは不満げに呟いたけど、この際無視する。
「多分、あの子は自分の教室にいると思うわ」
「オッケー、分かった」
萌は未来の言う通り自分の教室にいた。
「敦さん? どうしたんですか?」
「萌、暇か?」
「え、えっと‥‥」
俺が訊くと、萌はあいまいな笑みを浮かべる。
「何か用があるんですか?」
加瀬部さんはなぜか嬉しそうに言う。
「いえ、用というか‥‥おねえ、じゃない、姉がちょっと」
「俺達未来に言われて来たんだけど」
「そ、そうなんですか?」
萌はびっくりしたような表情で言う。
「ああ。今から加瀬部さんにこの町を案内するんだけど、手伝ってくれるか?」
「えっ‥‥」
萌は、一瞬表情を暗くした。
「いや、無理に、とは言わないけどさ」
「い、いえ、全然大丈夫ですよ! 行きましょう!!」
萌はそう言って立ち上がり、教室から出て行こうとする。
「ちょ、萌、鞄!」