第十二話 敦君と日常?の朝
「それじゃあ、私、教務室に行って来ますね」
萌が自分の同級生達と一緒になって俺達と別れた後、加瀬部さんは俺達に言った。
「場所、分かるんですか?」
「ええ、まぁ‥‥あっ」
加瀬部さんは、そこで何かを思いついたような顔になる。
嫌な予感しかしない。
「でも、やっぱり不安なので、着いて来てくれますか?」
加瀬部さんはそう言いながら俺にぴったりとひっつく。
「まぁ、いいですけど‥‥」
とくに断る理由もないし。
「私が案内するわ」
だけど、未来が一歩前に出て加瀬部さんに言う。
「え?」
「何か問題でも?」
未来が冷たく睨む。
「別に問題はないですけど‥‥」
加瀬部さんは不満げに呟くと、寂しそうに俺の顔を見る。
これは‥‥俺に断れという事か。
「なぁ、みら」
「じゃあ、さっさと行きましょう」
未来は、俺の言葉を聞かずにそう言うと、加瀬部さんの腕を掴んで引っ張る。
当然、加瀬部さんにくっつかれている俺も引っ張られる。
「ちょ、未来!」
俺が未来を呼び止めると、未来はピタっと止まる。
「‥‥どうしてそんなにくっついてるのかしら?」
「何がですか?」
加瀬部さんが笑みを浮かべながらはぐらかす。
「ほら行くぞ、敦」
今度は光が俺の腕を掴み、引っ張る。
当然、俺にくっついている加瀬部さんも引っ張られる。
そこでようやく、加瀬部さんは俺の腕を離した。
「早く行かないと時間なくなるわよ」
未来はそう言うと、加瀬部さんの腕を掴んでつかつかと歩いて行く。
「ちょ、ちょっと、早過ぎます!」
加瀬部さんは引きずられるように連れていかれる。
いったい何なんだ……?
「敦、あの美少女は誰なんだ!?」
俺が教室に入った途端、順平が俺に詰め寄る。
「はぁ?」
「お前と一緒にいたあのショートカットの美少女だよ!! こんなパチモンじゃなくて!!」
「誰がパチモンだ!!」
「お前その言い方だと自分が美少女だって言ってるようなもんだぞ?」
いつも通り漫才のようなやり取りを始めかねない二人に一応ツッコミをいれる。
「で、誰なんだよ 新しい彼女?」
「は、は!? そうなのか敦!?」
順平の冗談めいた言葉に、光が過剰に反応する。
「違うよ、ただの親戚‥‥ってか、光にはそう言ったよな」
俺がそう言うと、順平は希望を得たように目を輝かせ、光は安堵したように息を吐く。
「つまり、俺にも希望があるという」
「お前じゃ無理だろ」
順平が全部言い終わる前に光がツッコミをいれる。
まぁ、確かに、俺の許婚だしな‥‥
「いや、こいつみたいな女性経験のない男より、俺のような経験豊富な男の方に惹かれるんだよ、ああいうウブそうな少女は!」
順平が俺を指を差しながら力説する。
「見た目でしか判断してないな、お前」
「何言ってんだ、お前。女はまず見た目だろ」
順平が即答する。
「最低だなお前‥‥」
「人間のクズだな、クズ」
俺と光が殆ど同時に言う。
「誰がクズだ!」
順平は光の言葉にだけ反応する。
「お前以外の何処にいるんだ、クズ」
「んだと!?」
順平が光を睨む。
いつもなら、ここらへんで未来が「うるさい!」と一喝して止めるのだけど、今は未来がいないから誰も止める人間がいない。
「ってか、見た目100%って事は、光とか未来とか萌とかでもいいのか、クズ」
俺も光に便乗してみる。
光を見ると、褒められたからか顔が耳の先まで真っ赤になって、口をパクパクさせている。
「テメェまで俺をクズ扱いするんじゃねぇ!」
いや、真意が分からんけど、言葉だけなら相当なクズ野郎だぞ‥‥
「ってか、萌ちゃんはまだ中身もしっかり女の子だけど、コレとか未来とか中身女じゃねえじゃん? そういうのはパス」
順平がぺらぺら喋っている間に、未来が扉を開けて入って来た。
「コレは中身男だし、未来なんか中身人間なのかも疑わぎゃあッ!!」
未来に気付かなかった順平は、ものの見事に未来に蹴飛ばされた。
「何か言ったかしら」
未来は珍しく笑みを浮かべて順平に質問をする。
ただ、当然ながら目は笑っていない。
「‥‥いえ‥‥何も‥‥」
相当ダメージがデカイのか、順平はその場から動かず、手と口だけで否定した。
「ならいいけど‥‥それで、何でこの子はバグってるの?」
未来が光を指差す。
そこには、魂が抜けたかのように力なく座って、にやける光の姿があった。
「ちょ、光!? どうかしたのか!?」
俺が光に話しかけても、光はよく分からない言葉を呟き続ける。
なんとか聞き取れたのは、「敦が」とか、「綺麗」という言葉。
「ああ、そう言う事」
俺が光のうわごとを聞いている間に、未来は倒れたままの順平からいきさつを聞いたようだった。
「敦、心配しなくても大丈夫よ。すぐに『直る』から」
「治る?」
「そ、『直る』」
未来はそう言うと、光を抱き抱えて教室を出ようとした。
「あ、そうだ」
未来は何かを思い出したらしく、こちらを振り返った。
「敦、ちょっといい?」
「何? 光の治療に俺が必要なのか?」
「そうじゃないわ。むしろ邪魔。とにかく来て」
俺は未来に言われた通りに未来についていく。
しばらくして、人気がない場所に来た。
「ここらへんでいいかしら‥‥」
未来はそう呟きながら、お花畑にトリップしたようなちょっと危ない笑みを浮かべる光を地面に寝せる。
「何がだ?」
「こっちの話よ‥‥敦、ここに立って」
未来は、自分の一歩かニ歩くらい離れた所に立たせる。
「これでいいのか?」
返事はなかった。
未来の足が消え、ちらっとスカートの中身が見えたと思った時には、俺の体が空中に浮いていた。
そのまま、地面に叩きつけられる。
「ま、そういう事だから」
未来はすっきりしたような表情でまた光を抱き抱えて去って行く。
何なんだいったい‥‥