第十一話 敦君と幼馴染+1
「‥‥なぁ、敦」
「何だよ」
「その娘、誰だ?」
家の外に出た数秒後、当然のように家の前で待っていた光が質問する。
「ああ、この人は‥‥」
「加瀬部梓です。敦さんのいいなず」
「親戚!! 親戚だよ!!」
本当の事を言おうとする加瀬部さんを遮ってごまかす。
「親戚‥‥?」
「ちょっと訳があってウチに住む事になったんだよ」
隣で睨みつける加瀬部さんを無視してそれっぽい理由を話す。
「一緒に住んでるのか?」
「まぁ、そりゃ俺の家だからな」
俺がそう答えると、光は俺をキッと睨みつける。
「それって‥‥同棲って事だよな?」
「同棲ってか、同居だけどな。絵里さんもいるし」
「私はそっちの方がいいですけど」
俺が弁明しているのに、加瀬部さんが余計な事を言いながら俺の腕に抱き着く。
「敦‥‥お前また‥‥」
光の肩がワナワナと震える。
「光? どうかしたのか?」
「うっせぇ馬鹿!!」
光が俺の顔面目掛けて弁当を投げ付けてくる。
かろうじて弁当はキャッチするが、光はそのまま走りさる。
「ちょ、光!?」
俺が呼びかけても、こっちを見ないで走る。
「面白そうな人ですね。友達ですか?」
「幼なじみですよ‥‥早く追いかけないと」
「大丈夫なんじゃないですか? あの人も学校に行くんでしょう?」
「まぁ、そうですけど‥‥」
「そんなことより」
加瀬部さんは俺の方を向く。
口は笑っているが、目が全く笑っていない。
「何で親戚なんて嘘ついたんですか?」
「えっと‥‥それは‥‥」
なんと言えばいいか返答に困る。
そもそも自分でも何でごまかしたのかも分かってない。
多分、そのまま言えば、また面倒な事になるからだと思うのだけど‥‥本当にそれだけなんだろうか?
光においていかれて、仕方なく二人きりで未来達の家に行くと、光、未来、萌の三人がいた。
「お前ら待ってたのか?」
「聞きたいことがあるからね‥‥」
未来はそう言うと加瀬部さんを見る。
「その人が‥‥加瀬部さん?」
「はい、加瀬部梓です」
加瀬部さんはそう言うと頭を下げる。
今度は許婚の事は言わなかった。
「椎名未来です。こっちは妹の椎名萌乃。これは氷室光」
「何で俺だけ"これ"扱いなんだよ」
「よろしくお願いします」
「無視すんなよ!」
未来と光の、半ばコントのようなやり取りを、萌はオロオロとしながら、加瀬部さんは楽しそうにクスクス笑いながら見ている。
「ちょ、ちょっと二人共‥‥ダメです‥‥」
「やっぱり面白いですね、光さん」
「それで、訊きたい事って何なんだ?」
「別にたいした事じゃないんだけどね。どうしてわざわざこんな中途半端なタイミングで転校して来たのか、気になったのよ。しかも、わざわざ敦の家に住むって、変じゃない」
「転校の理由は一身上の都合。敦さんと同居するのは、家を借りるお金がないからですよ」
「だからって‥‥」
未来はそこまで言うと、何かを悟ったような表情になる。
「‥‥昭一さんは、許してるの?」
その質問で、今度は光が何かに気がついたような表情になる。
萌乃は全く話についていけないようで、ただひたすらにオロオロしている。
「ええ、きちんと了承を得ました。もちろん、敦さんにも、絵里さんにも」
「‥‥そう、ならしょうがないわね。でも、ただの親戚にしてはスキンシップが過激すぎるんじゃない?」
おそらく、未来は光からさっきの光景を聞いたんだろう。
「そんなことないですよ、私、敦さんのこと好きですから」
加瀬部さんは決まりきったことを話すような軽さでさらっと言ってのけた。
三人は固まったが、未来はいち早く正常に戻り(おそらく男女間のそれではないと判断したんだろう)、そのことには触れずに、俺の方を向いた。
「今度はあなたに質問。何で今日までこの事黙ってたの?」
未来はなぜか怒っているように見える。
「いや、黙ってたわけじゃねぇよ。俺だって昨日帰ってから知らされたんだ」
「へぇ~‥‥」
「疑ってんのか? なんなら今からシジイに連絡しても」
「別に疑ってないわよ。あの人ならやりそうだし」
だったらもうちょっとそれに相応しいリアクションをしてくれ‥‥
「ま、それならいいわ。行きましょうか」
未来はそう言うと、学校の方向に向き直す。
その瞬間、加瀬部さんが俺の腕に抱き着くようにくっついて来る。
さっきと違って、加瀬部さんは胸をより俺の腕に押し付けてくる。
その姿は、未来以外の二人にバッチリ見られていた。
「‥‥お前、また何やってんだ!」
「‥‥な、何やってるんですか!」
二人が同時に叫び、未来もこちらを向く。
「な、何を‥‥」
「じゃ、行きましょうか」
「ちょっと待ちなさい!」
未来が珍しく感情的になる。
「どうかしたんですか?」
「どうかしてるだろ! お前、何で敦に抱き着いてんだよ!」
「え、家族のスキンシップですよ」
「dから、そんな過激なスキンシップがあるわけないです!!」
「最近の家族はこれくらい」
「やらないわよ!!」
顔を真っ赤にして叫ぶ三人。
加瀬部さんはクスッと笑う。
「‥‥羨ましいんですか?」
三人の表情がピタッと止まった。
「はぁ、図星ですね。ま、敦さんは渡しませんけど」
加瀬部さんはそう言うとダッシュで走り始める。
「あ、ちょ、待ちなさい!」
「待ちやがれ!!」
「待ってたら遅刻しちゃいますよ」
「その手を離して下さいです!!」
四人が叫びながら走る。
加瀬部さんに掴まれてる俺も当然走らされる。
「ちょ、加瀬部さん、今のどういう」
「あ~、時間マズいですね‥‥私、早く行かなきゃなんで、かっ飛ばしますよ」
「人の話聞いてませんね!」
加瀬部さんはさらに速度を上げる。
今まで色々ありながらも、ゆったりと過ごして来た日常の姿は、どこにもなかった。