快晴が嫌いだ
「起きなさい!朝よ!」
「…うーん…
もっと…寝させてぇ…」
「もう8時よ!起きなさい!」
「8時!?」
「やばいやばい、早く準備しないと、
ああ髪洗いたかったのに」
「あら、もう行くの?朝ご飯は食べないの?」
「大丈夫!」
「忘れ物はない?カバンの中チェックした?」
「大丈夫だって。いってきます!」
「あら、お弁当忘れてるわよ!」
「ありがと、じゃあいってきます。」
私は自転車に乗り、勢いよく走り出した。
ビュンと風を切る音は最近冷えてきた気温を1層冷たく感じさせた。
閑静な住宅街の上り下りの激しい道をぜえぜえしながら漕ぐ。
私の通学路には空一面を見渡せる高い丘がある。そこで毎日、空を見上げて快晴かどうか確認する。今日の空の様子で今日の私の機嫌も決まってしまう。
快晴が嫌いなのはほとんど恐怖症のようなものだ。悪いことが起きた日は全部快晴の日だったから、快晴の日に何か悪いことが起きてしまう気がして怖くなる。
そこに何の関係もないことは分かっているはずなのに怖気ずいてしまう。快晴の日はもう嫌な記憶をつけたくないと、ミスしたくないとピンと緊張する。
それで帰ってきたらいつもの何十倍も疲れている。もう天気に左右されるのが情けない、やめたい。そんな子供っぽい自分を変えたい。
坂道の頂上まで来た。意を決して空を見る。
「快晴だ……」
いや焦っちゃダメだ。いつも通りでいい。いつも通りでいれば何も起こらない。起こるはずがない。
ーー
その日は不運なことは起きなかった。ただのいつもの日常だった。学食ですぐ売り切れるバター醤油ラーメンを食べれたからだろうか、むしろいつもよりも運が良かった。学校から帰る頃には今朝快晴だったことを忘れていた。
「また、明日ね。」
「うん、バイバイ。」
そう言って校門で友達と別れた。ああそうだ。家に帰ったら化学の課題やらなきゃな。
ペダルを漕ぐとともに髪をふわっと持ち上げる風が気持ちいい。なんか、忘れていることがあった気がする。なんだっけ?
小高い丘を登っている時に気づいた。
「そうだ…快晴だ。」
今朝、快晴だったんだ。
しかも、おかしなことに夕方5時の今でも空には雲ひとつなかった。
小5の時に不運なことが起きる日は快晴だったことに気がついてから毎日この丘で空を見ていた。
ただ行きと帰りのどちらかで快晴だったとしてもどちらも快晴だったことは無かった。
もしかして今日ずっと快晴だったのだろうか。なんかちょっと不気味だ。
「まあでも、気にしないのが1番いいよね。」
気分転換に今日の夕飯について考え始めた。
「今日の夕飯何かな?お昼はラーメンだったけど別に連続ラーメンでも私は嬉しいなぁ。」
そう考えながら丘を下っていると、ふと異変に気がついた。
空が異様なまでに赤い。
夕日で赤く染まっているのではない。空全体が赤いのだ。
その不気味な空を惹き込まれるように見上げていた私は路面に転がった野球ボールに気づかなかった。
ガッッーーー
野球ボールを踏んで自転車はコントロールを失い倒れた。私は地面に投げ出され、下り坂だったこともあり数メートル転がり落ちた。
「いててて、ちょっと腕にかすり傷あるけどなんとか立てそう。うぅ…やっぱり不運なことが起きたなぁ。」
いや違う。今のは私がよそ見をしてたからだ。
なにか起きると快晴のせいにしてしまう自分に腹が立った。
腕や膝から感じるジンジンとした痛みと高校生にもなってよそ見して転んだ事の恥ずかしさで早く帰りたくなった。
私は自転車を起こして坂を下っていった。
「あの空はなんだろう…ほんとに不気味」
坂を下っている間も空のことが気になって仕方ない。どす黒い赤に染まった空は不吉の予兆のようだった。
あれ……?
ブレーキがかからない!
さっき転んだ時にブレーキがイカれちゃったんだ!
やばい!どうしよう!
自転車はどんどんスピードを上げていく。
やばい、やばい、やばい...
額から汗が噴き出す。
足で地面をこすっても全く止まる気配がない。
その間にも自転車のスピードはどんどん上がっていく。
坂を下った先には丁字路があり、その先に公園がある。
このままスピードが収まらなかったら、公園の車止めにぶつかるかもしれない。
その前に道路で車に轢かれるかもしれない。
どうにかして自転車を止めないと!
ぶわっと汗をかきながら必死で考えるが、中々解決策が浮かんでこない。
その間にも自転車はグングンスピードを上げている。
どうしよう…。汗が目に入ってくる。でも怖くてハンドルから手が離せない。
さらに自転車はスピードを上げて、顔に激しく風がうちつける。
やばい...やばい...やばい...やばい...
もう丁字路はすぐそこだ。
私はギュッと目を瞑った。
目を瞑った途端、音が消えた。
ガラガラと回る車輪の音も、ビュービューと吹く風の音も、バクバクとうるさい心臓の音も、全て消えた。
でもそれはほんの一瞬だった。すぐに周りの音が聞こえ始める。乱れた呼吸を整えているとあることに気づいた。
あれ…自転車が止まってる…。
何かにぶつかった記憶は無い。
足で止めた記憶もない。
ましてやブレーキが効いたわけがない。
なのに自転車は止まった。
ここはどこだろう。
公園だ。
丁字路の先にある公園。いつの間にかそこに入っちゃったんだ。
でも子供はいない。夕方だから当たり前かもしれないけど、なにかがいつもと違うような気がした。
まぁいいや、なんの怪我もなかったんだし。
そう思うと、膝と腕が痛んできた。
そうだった。私さっき転んだんだった。
私は自転車から降り、手で押して家へ向かった。
「ただいまー」
返事は無い。ママはいないのかな?でも車はあったし…じゃあ寝てるのかな?
まずは怪我の手当てだ。かすり傷になってる所を除菌シートで拭き、絆創膏を貼った。
跡が残らないといいけど…
それにしても静かだ。私一人しかいないから当然なんだけど…それにしても静かな気がする。
私は2階へ上がって自分の部屋に入り、バックを置いて、スマホを取りだして、ベットへダイブした。
私はよく制服のままこうして部屋でくつろぐことが多い。ママにはスカートにシワが残るからやめなさいって言われるんだけど、着替えるのめんどくさいからなぁ。
今日も例に漏れず制服のままスマホをいじろうとしたけど…
「あれ、スマホが開かない。」
どうしたんだろ。充電切れかな。朝は満タンだったのに、学校ではあんま触ってないのに…。壊れちゃったのかな?
不思議に思いつつ充電コードを挿してみるけど反応がない。0%だったのかな?まぁでももう少ししたら白く光ってリンゴのマークが現れるだろうからちょっと待ってるか。
全然つかない…
こんなに待ってるのに、全然つかないじゃん!
もういいや下行こ。
リビングに戻ってテレビでも見ようとリモコンを操作する。
「あれ、これもつかない。」
電池切れ?はぁ…電池どこにあったっけ?
電池を見つけて交換してみたけど、テレビがつかない。テレビの方が壊れてるのかな。
はぁ。スマホも動かないし、テレビもつかないってどういうこと。なんで同時に壊れるのよ。
とりあえずテレビが壊れたこと、ママに言っておくか。
また2階に上がり1番奥のママの部屋へ行く。
「ママ〜テレビが壊れたんだけど。あれ。」
いない。家にいるって思ってたけど買い物に行ったのかな。でも車も自転車もあったし…まさか徒歩で行ったの?
はぁ〜暇だな。何も暇つぶし出来るものがないや。
それにしても静かだ。私が何もしてないにしても静かすぎる。なんか変。よく分からないけどすごい嫌な予感がする。
「ちょっと外出てみるか。」
違和感の正体を探るべく外へ出ることにした。まあ家にいても暇すぎて死んじゃうからね。
さっき投げ捨てたバックをもう一度拾って外に出る。格好だけ見たら学校に行く女子高生に見えるだろう。こんな夕方に。
家を出て周りを歩いてみる。どこ行こっかな。あのスーパーかな。あそこなら歩いて行けなくもないし、ママがいるかも。
外もすごい静かだった。人の気配が全くない。家の周りってこんな閑散としてたっけ?
いつもだったら車がひっきりなしに通る道も、誰もいなかった。
一抹の怖さを感じつつスーパーに着いた。
スーパーの駐車場は何もなかった。
さすがにおかしい。この時間に車が1台もないなんて…
真っ赤な空。何事もなく佇むスーパー。不気味な空気が漂う。
恐る恐る中に入ってみる。
入口近くの野菜売り場には当たり前のように野菜や果物が置いてある。でも誰もいない。明かりは点いてるのに。
不安な足取りで探索してみるけど、棚に商品が沢山並べられてるのに人は1人としていない。レジに来てみても機械が寂しく置いてあるだけだった。
何この感じ。まるでついさっきまで人がいたみたいな。
怖くなってスーパーを後にする。
やっぱり何かおかしい。この町は私が知ってる町とは違うのかもしれない。
いつからおかしくなったんだろう。そうだ。自転車のブレーキが壊れて、公園に突っ込んだ時からおかしい。
じゃあ、あの公園に行ったら何かわかるかな。そう考えた私はあの公園に行くことにした。
あの公園は私が小学生のころにはもうあって、黄色の滑り台があることから黄色公園と呼ばれていた。
私は黄色公園のブランコがお気に入りで夕方のチャイムがなるまで、ずっとブランコで遊んでいた。
小学校高学年以降は全く行かなくなっちゃったけど、高校生になって通学のときに目の前の道を通るようになると、そこで遊んでいる子供達を見て懐かしさを感じていた。
私はその黄色公園の前に立っていた。
その公園は周りと変わらず誰もいなくて静か。周りと何も変わらないのに、なんかちょっと違う気がした。何が違うか分からないけど、でもこの公園を調べれば何か分かる気がした。
私は公園の中に入ってくまなく調べ始めた。黄色の滑り台に、四角形の砂場、よく遊んだブランコ。滑り台の上に乗ってみたり、砂場の砂を掘り返してみたり、ブランコを漕いでみたり、高校生がやったら恥ずかしい行動を躊躇なくやって何かヒントが見つかればいいなと思ったけど、何も見つからなかった。
「はぁー疲れたー。」
私は公園の隅のベンチに座る。このベンチは子供の親とか近所のおじいちゃんおばあちゃんがよく座ってたなぁ。そういえば私このベンチに座るの初めてな気がする。
そんなことを考えていると、
トンカラ、トン、トン、パキツキ、トン、トン
と微かな音がどこかから聞こえてきた。
どこから聞こえてくるんだろう。と探しているとベンチの下から鳴っていると気づいた。
しゃがみこんでベンチの下を見てみると…
そこでは"祭り"が行われていた。
小指の先ぐらい小さい2頭身の人型の何かが中央で小さな太鼓を叩いていて、数十人の同じ姿をした人型の何かが盆踊りを踊ってその周りを回っていた。
その祭りは楽しげな雰囲気を放っていて、この町の雰囲気とは真逆だったけど、真逆すぎて、むしろより不気味に感じた。
その奇妙な光景に呆然としていると、踊っていた1人が私に気づき何かを叫ぶと、一斉に小人たちが逃げていき消えてしまった。
なんだったんだろう。今の…
「ねぇ、ここで何してるの?」
急に後ろから声をかけられた。
びっくりして後ろを振り返ると、そこには4、5歳くらいの男の子が立っていた。
この子も何かの拍子でこっちに迷い込んで来ちゃったのかな。
「ねえボク、お父さんお母さんとはぐれちゃったの?」
男の子と目線の高さを同じにして優しく話しかける。
「子供扱いしないでよ!ぼくはお父さんもお母さんもいないの!」
「あっごめん、嫌なこと聞いちゃったね。」
「そんなことはいいの!ぼくの質問に答えて!お前はこんなところで何してるの?」
お前…
初めて会ったお姉さんをお前呼ばわりするなんて、ちょっとこの子苦手かも。
私は立ち上がって無愛想に言った。
「別に、気になることがあったから調べてただけ」
「え〜遊んでたんじゃないの?」
「はぁ〜?そんなんじゃないし。」
「そんな大きくなって公園で遊ぶとか、ぷぷぷっ」
「だから違うって言ってるでしょ!」
この子苦手だ。失礼なこと言ってくるし、勝手に決めつけてくるし、私の事舐めてるし。
でも心のどこかで安心してる自分がいた。こんなガキでも人と話せるのは嬉しい。
「ねぇボク?聞きたいことがあるんだけど」
「ぼくは"ボク"って名前じゃないよ!」
「じゃあ名前なんていうの?」
「え〜、教えたくない〜。」
「そんな事言わないでさ。教えてよ。」
「やだ〜、ぼくの名前なんかどうでもいいでしょ。で、ぼくに聞きたいことって何?」
名前は教えてくれないらしい。まあいいか。
「えっと、君はこの町の異変について何か知ってる?」
「誰もいないこと?」
「そう。」
「まあ、知ってはいるけど…
うーん、でもお前には教えたくないな〜。」
これも教えてくれないらしい。だいぶ口硬いなこの子。
「あっもうこんな時間だ。帰らなきゃ!
お前も家に帰った方がいいよ。
じゃあね!」
「あっ、待って!」
男の子は私の呼びかけに反応せず、どこかへ走って行ってしまった。
不思議な子だったな。何か知ってるみたいだったけど、何も教えてくれなかったな。
でもこの公園に居たら会えると思うし、ゆっくりでいいから聞き出そう。
それにしても疲れた。一旦帰るか。
家に帰り、ベッドに飛び込む。本当に疲れた。スマホ使えないし、ずっと空が赤いから今が何時か分からないけど、多分もう寝る時間なんだと思う。
そう思うとどっと眠気が襲ってきた。ゆっくりとまぶたを閉じる。
ーーーー
私は目を覚ました。
まだ空は赤かった。これじゃ今が朝かも分からない。スマホは相変わらず使えない。昨日は忘れてたけど時間を確認するには時計もあるのか。壁にかけてある時計を見てみたけど5時を指して止まっていた。
立ち上がって伸びをする。寝る前の疲労感が薄れてるからちゃんと寝れたらしい。
その時に私が制服のまま寝たことに気づいた。
やばっ絶対ママに怒られる…
学校に行くわけじゃないし、着替えるか。
着替えを出そうとプラスチックのタンスを開けた。そこには何もなかった。
2段目と3段目にも何も入ってなかった。
嘘。服全部無くなっちゃった?
1階にあるクローゼットも確認したけど、やはり何も入ってなかった。
仕方ない。制服のままでいいか。
今日もあの公園に行ってみよう。あの男の子に会えるかもしれない。ちょっと会いたくないけど、会えた人間は彼だけだしなぁ。しょうがない。
黄色公園に着いたら、あの子がベンチに座っていた。
「おっ来た。お前遅かったね。」
彼は昨日と同じ調子で話しかけてきた。
「私が来るのを待ってたの?」
「まあね。今日もお前が来るんじゃないかと思ってね。」
別に私は昨日、また明日来るねとか言ってないのに、彼は私が来るって思ってずっと待ってたんだ。ちょっと可愛いところあるじゃん。
「そういえば、お前の名前はなんて言うの?」
「あっ、私名乗ってなかったね。私は坂下有咲、君はなんて言うの?」
「ぼくの名前は教えないって昨日言ったでしょ。」
やっぱりダメか。この作戦はダメだった。
すると彼はヒョイとベンチから下りて私の目の前に立った。
「ありがとう名前を教えてくれて、じゃあね坂下有咲」
じゃあね?どういうこと?
すると彼はピンと伸ばした右手を右から左へヒュっと動かした。
その瞬間、私の視界はグルグル回って地面に落ちた。
視線の先には横向きに立つ男の子と、彼に向かい合うように立っている首のない女子高生がいた。
あの制服…私と同じ。体型も私とかなり似ている。いやあれ、私だ。
私の体は大量の血を吹き出して、ドサッと倒れた。
男の子は私を見下ろして、不敵な笑みを浮かべている。
視界が赤く染まっていく。
やだ。死にたくない!死にたくない。死にたく…
ーーーー
私は目を覚ました。
私は部屋のベッドで目を覚ました。
首はちゃんとくっついている。
夢か…
夢か…
凄いリアルで嫌な夢だった。
汗びっしょりで乱れた呼吸がなかなか整えられない。
汗かいたからお風呂入ろう。
でも何故か頭は冷静だった。
よし、着替えを用意して下に行こう。お湯が出るといいんだけど…
立ち上がろうとして足に力が入らなくてベッドに転んだ。
足が震えている。手も震えている。いや体全体がガクガクと震えている。
怖かった。
怖かった。
本当に死んだかと思った。
でもあれは夢だ。
あれは夢だ。
あれは夢だ。
大丈夫。あれはただの夢だ。
大丈夫。私は生きている。
そう言い聞かせて、なんとか体の震えを抑え込んだ。
体を奮い立たせて立ち上がる。
お風呂に入ろう。その後のことは出てから考えよう。
お風呂で汚れを洗い流す。ちゃんとお湯は出た。服は無かったから、着てたやつをもう1回着た。汗が染み込んだ下着を着るのは嫌だったけど仕方ない。着ないよりはまし。
ドライヤーは動いたからそれを使って髪を乾かす。動くものと動かないものの基準がよく分からない。
髪を乾かしながら今日何をするか考える。ずっと家にいたいけど、家には何も無いし、もしかしたら男の子以外に人がいるかもしれない。
ていうかあの子は本当に人間なのかな。手1つで私の首を切れるんだから、もう化け物の類いだよね。
いやいや、あれは夢の中の出来事だから現実とは関係ない。でももうあの子とは会いたくなかった。黄色公園にも二度と行かない。
よし今日は公園と反対側を散策してみよう。あっちには小学校があるから、そこにも行ってみよう。
今日も相変わらず赤く雲ひとつ無い空。その下を歩く。誰もいない道。車が来ないから車道を歩いてもいいんだけど、歩道の方が安心する。
懐かしいなこの道。小学生の時に何度も歩いた道。クラスメイトと他愛もない話をしたり、イタズラ好きの男子にちょっかい掛けられたり、何気ない思い出が蘇ってくる。
「ねぇ、どこ行くの。」
後ろから急に声を掛けられた。この声……。
恐る恐る振り返ると、そこにはやはり、あの男の子がいた。
やばい…やばい…逃げないと……
急いで男の子から逃げようとするけど、足が上手く動かず何回も転んでしまう。
「ねぇ〜なんで逃げるの〜」
私は彼の言葉に答えることなく必死で逃げ続ける。
彼は歩いているだけなのに、私との距離が全く離れない。
やばい。振り切れない!どうしよう!
気づいたら小学校の目の前に来ていた。
そうだ!ここに忍び込もう。
私は柵をよじ登り、小学校に入っていった。
男の子はゆっくりと歩きながら右手で校門を壊し、私を追いかけてくる。
ここは私が通っていた小学校。5年振りとはいえ地の利はあるはず……。
私は2階に上がり教室の1つに入った。そこで息を潜める。
男の子には私が階段を登る音が聞こえていたらしく、男の子はすぐに2階へ上ってきた。
コツっ…コツっ…
男の子の足音が響く。
「ねぇ、隠れてないで出てきてよ。悪いことはしないからさ。」
彼は無邪気な声で私に呼びかけている。でもその声に騙されちゃいけない。彼は怪物だ。私のことを片手で殺せる怪物だ。
私は震える手を押さえて体育座りで丸くなっていた。
はやくどっか行って……はやくどっか行って……
それだけを願っていた。
男の子が私のいる教室の前をゆっくりと歩いていく。
お願い……気付かないで……
鼓動が早くなっていくのを感じる。息も荒くなっている。ダメ。今は動いちゃダメ。
彼は私の教室の前を通り過ぎ、足音がどんどん遠くなっていく。
しばらく待っていると、完全に音が消えた。
助かった……?
私はゆっくりと体を起こす。
しかし教室の建付けが悪かったのか、立ち上がろうと手をついた机がガタついており、体重をかけたらガンっと音がしてしまった。
「みぃつけた。」
男の子が教室のドアを開け入ってきた。いつの間に!
私は急いで逆側のドアから廊下へ飛び出した。
「もぅ〜まだ逃げるの?」
すると男の子が私の目の前にシュッと瞬間移動した。
瞬間移動出来るとかマジ!聞いてないんだけど……
「諦めなよ。君はもう逃げれないよ。」
私は右足で踏ん張って切り返し、反対側へ走る。
でも気づいたら左脚が吹っ飛んでいた。
私はバランスを崩し前に倒れる。
足を見ると、左脚が根元から斬られていて、ドバドバと血が溢れていた。
「あ"ぁぁぁぁぁぁぁ」
遅れて痛みがやってくる。気絶しそうな痛みだ。でも気絶したら死ぬ。
私は壁際まで這っていき、壁に寄りかかりながら右足だけで立った。
壁に手を付き、ケンケンしながら前に進む。でもこの動きに慣れてなくてバランスを崩して倒れる。
逃げなきゃ……逃げなきゃ……
もう一度壁を使って立ち上がろうとしたら、
右脚を切り落とされた。
「うあ"ぁぁぁぁぁぁぁ」
また激痛が私を襲う。右から左からドクドクと血が流れていく。
逃げなきゃ……
私は腕を動かして何とか這って前に進む。
「はぁ〜しぶといなぁ」
次の瞬間、右腕と左腕を同時に切り落とされた。
三度激痛が襲った。もう私に叫ぶ力は残ってなかった。
意識が朦朧としてきた。これ……死ぬな……
「ははっ、憐れだね。ほらその顔見せてごらんよ。」
彼はうつ伏せになっていた私をゴロンと転がし仰向けにした。私に抵抗できる力が残っているわけがなかった。
薄れていく意識の中で彼を眺める。彼は目の辺りまで口角が上がっていた。まさに化け物だ。
「お前、酷い顔をしてるね!」
そうなのかな……
「じゃあ、またね。」
彼がそう言うと彼の右手が私の胸を貫いた。
ーーーー
私は目が覚めた。
四肢はくっついている。胸にも異常は無い。
でも息は乱れ大量の汗をかいていた。
あれは夢じゃない。現実だ。
気絶するかのような痛みを何度も味わった。今もその痛みをありありと思い出せる。
そして私は四肢を失った。その感覚もハッキリと覚えている。むしろ腕や足があるのが不自然に思えるくらいに。
でも私はなぜ五体満足で生きているの?
なぜ四肢を失ったのにくっついてるの?
なぜ胸を貫かれたのに、傷跡も残ってないの?
もしかして、さっきの夢が現実でこっちが夢ってことはない?
い…いやだ。私が現実であんな無惨な殺され方で死ぬなんて……嫌だ。
私は外に出たくなかった。探索なんてしたくない。外に行ったっていずれあの子に出会って無惨に殺されるんだ。
私は毛布に包まり、ベッドの隅で震えていた。
もう何もしたくない。
何時間かその体勢でいると、
ドンッ!
と下の階で大きな音がした。
誰かが階段を上る音が聞こえる。
まさか……やだ……そんなはず……
「はぁ、めっちゃ探したのに、家から出てないとかつまんないわ〜」
彼は私の部屋のドアを開けながら、呆れた様子で話しかけてくる。
「な……なん……で……」
「え、もしかして家にいたら安全だと思ってたの?馬鹿だなぁ。安全なところなんてないんだよ。」
う……嘘……
「はぁ、ちょっと嬲ろうと思ってたけどいいやお前死ね。」
そう吐き捨てると彼は私の首を掴んだ。
く……苦"しい……
私の体が浮き上がる。この小さな体のどこにそんな力があるんだろうか。
彼の腕を思い切り殴ったり蹴ったりしても全くビクともしない。
やばい……息ができない……
顔が熱くなってくる。
苦しい……苦しい……苦しい……
体の力が入らない。
やばい、意識が……無く……なって……
............
私は私を見ていた。
今まさに首を絞められて、死にかけの私を見ていた。
私の体は力がなくなり、ぶらんと垂れ下がるように力尽きた。
私が全く動かなくなっても、男の子は手を離さなかった。
「げっ、おもらししてるじゃん。汚っ!」
私が失禁したのを見つけると彼は手を離した。
ドサッと鈍い音と共に私は落ちる。
「あっそうだ。これを言い忘れてた。
じゃあね。また会おうね。」
ーーーー
私は目が覚めた。
ゴホッゴホッゴホッゴホッ
経験したことの無いほどの咳に襲われた。まるで喉の奥に詰まっているものを吐き出すかのように。これまで塞き止められていたものを全部吐き出すかのように。
また死んだ。
また夢の中で死んだ。
夢の中とは思えないほどの痛みを伴って。
その後私は何度も死んだ。
何度も何度も何度も残虐に殺された。
何度も死んで、同じ場所で目が覚めた。
夢の中なのに、痛みや苦しさ、恐怖を強く感じ、それは目を覚ましたあとも消えない。
死の記憶だけが積み重なっていった。
何百回と死んだだろうか。目が覚めた時、私はもう諦めていた。
どうせ今日も死ぬんだ。今回もあの子に殺されるんだ。
虚ろな目で体を起こす。
希望とか、生きたいなんて感情はもうとっくになかった。
これが夢か現実かも分からない。夢か現実かとかどうでもいい。どうせ死ぬんだ。
いや夢の中で死ぬより、現実で死ぬほうが楽じゃないか?
死ぬのは痛いし苦しい。でも現実でならその苦しみを味わうのは1回だけだ。これからずっと、何百回、何千回と夢の中で殺されるより、現実で1回だけ死ぬ方がよっぽど楽じゃないか?
それから私は自殺をし始めた。
ひとまず私は家の近くのマンションの5階から飛び降りた。
頭から落下した私は地面に叩きつけられ、筆舌に尽くし難いほどの痛みを感じ、意識が無くなった。
ーーーー
私は目が覚めた。
死ねなかった……
あれも夢だったのだ。
でも頭がかち割れる感覚は残っている。
なんでなの……なんで死ねないの……なんで解放されないの……
私は何回も自殺した。でも死ねなかった。毎回私のベッドで目覚める。
自殺しても死ねないなら、殺されるのと同じだ。ただ苦しみが残るだけ。
私は夢の中で吊った首に違和感を感じつつ体を起こした。
どっか行こ。
私は家を出て家の前の道路を真っ直ぐ歩いていった。
どこに行くか分からない。この道の先がどこに繋がっているかも分からない。
延々と続く道を重い足取りで歩いていく。
途中で男の子が現れて殺されるかもしれない。
それも別に良かった。
ただ今は歩きたかった。
そういう気分だった。
しばらく歩いていると、向こうの方から誰かが歩いてくるのが見えた。
少し近づくとそれが子供だと分かった。
見つかった……
あの子に見つかった……
これで終わりか……
さらに近づくと、その子供は女の子だと気づいた。
女の子……いたんだ……
でもこの子も私を殺すんだろうな。
彼女は私と目が合うと恐怖の表情を浮かべ立ち止まった。でもすぐに顔が引き締まり、私の方に歩いてくる。
どうせ死ぬなら一発がいいな。
近づいてくる彼女をぼんやりと眺めながら、そんなことを考えていた。
彼女はもう一歩で私の手が届くところで立ち止まった。そして意を決したようにこう言った。
「あなたは人間ですか?」
質問の意味が分からなかった。いや何を聞いているのかは分かるけど、なんで聞いてくるのか分からない。これを聞く意味はあるんだろうか。
「はい…そうです。」
だからなのか、少し無愛想に答えた。
でも彼女は少し安心したように見えた。
「じゃあ私に着いてきてください。」
彼女がそう言うと、ぐるっと背を向けて来た道に戻っていく。
私は彼女について行こうと思った。
やっと男の子以外の人に会えたんだ。
彼女は ”人” ではないのかもしれない……連れて行った先で殺されるのかもしれないけど、どうでもいい。
やっと変化が起きたのだ。ここで乗らないと永遠にここに閉じ込められたままになる。
私はスタスタと歩く彼女の後ろをとぼとぼとついて行っていた。
無言の2人。途方もない沈黙が宣っている。
この町には人はいない。動物もいない。だから何も音がしない。自分の足音と心臓の鼓動がはっきり聞こえるぐらいには静かだ。
彼女はさっき話しかけられて以来、一言も発していない。後ろを振り返って私がついてきているかを確認すらしていない。
ただ少し俯いて一定のリズムで歩き続けるだけだった。
昔の私だったらこの冷たい態度に少し傷ついたかもしれないけど、今の私にとってはそっとしておいてくれるだけで有難かった。
女の子について歩いていると、遠くの方に赤い壁があるように見えた。
彼女はその壁の存在を知ってるか知らないか、その方向へズンズン歩いていく。
段々壁に近づいてくると、壁の模様が動いているように見えた。壁の高さは見上げてみても分からず、壁の横幅もどこまでも続いていた。
この赤色……どこまでも続く壁……
私はどこかで見たことがあるような気がした。
そうだ空だ。
上を見上げると雲一つない不気味な空が広がっていた。
そこから目線を下げていくと、赤い壁とシームレスに繋がった。
あの壁、空なんだ。
そんなことを考えているうちに女の子と距離が離れてしまった。小走りで彼女に近づく。
彼女はどんどんその壁に近づいて行った。
壁の目の前に立つと、ヒョイと壁の中に入って行った。
え?どういうこと?
「さぁ、あなたも飛び込んできてください。」
壁の向こうから女の子の声がする。
不安だ。壁の向こうに何があるか分からない。
壁の向こうで、酷いことをされないという保証はない。
でも壁のこちら側には絶望しかない。
壁の向こうで何があっても今よりキツイことは無いんじゃないの?
そして私は覚悟を決めた。
ポンっと右足で地面を蹴る。
私は壁の中に吸い込まれた。
ーーーー
壁の向こうは外だった。
壁の中も別に外ではあったけど、壁の中よりも開放感があった。
そして何より空が青かった。
吸い込まれそうな深い青空に小島のような白い雲がぽつぽつと浮かんでいた。
快晴じゃ……ない……
なんでだろう。当たり前な光景なはずなのに、私はこの景色に安心している。すっと心が机に置かれたような安心感があった。
帰ってきたんだ……普通の世界に……
そう思うと、ふっと体の力が抜けた。
そのまま倒れ込み、気を失った。
そばで心配そうに眺めていた3人が慌てて駆け寄ったことも私は知らなかった。
ーーーー
目を覚ますと、和室みたいな部屋の布団で寝ていた。
私のそばでは、私を救い出してくれた女の子が心配そうに眺めていた。
「あ…あの、体調は大丈夫ですか?どこか痛い所はないですか?」
彼女が心配そうに声をかけてくる。
「あ……だ……だい…じょうぶ……」
自分の声とは思えないほど嗄れた声だった。この声を聞いて大丈夫とは思わないよね。少なくとも私は思わない。
彼女もそう思ったらしく、少し慌てた様子で…
「大丈夫です!今、お稲荷様を呼んできますから!」
と言って走って出て行ってしまった。
お稲荷様?誰だろう…
少し待っていると、トントンと軽い足音が聞こえて、部屋の襖がバンっ!と開けられた。
「おお!おぬし!目が覚めたか!」
そう言って入ってきたのは、小さなケモ耳とモフモフそうな尻尾を生やした女の子だった。
この人がお稲荷様?思ったよりも幼い。
「いきなり倒れた時はどうなる事かと思ったもんじゃが、わしの神通力もまだまだ健在という訳じゃな!」
しかも、のじゃ系か。この子はそういうキャラに憧れてるのかな。ここは乗ってあげたほうがいいのかな?でも今そんな元気ないな…
「なにボーッとしておるのじゃ。わしがわざわざ来たんじゃぞ?とても光栄なことなのじゃぞ?」
「あ、いえ。思ったよりも可愛らしい子が出てきたので少し驚いてしまいました。」
「っ!おぬしら煽てが上手じゃな!そんなに褒めても何も出んぞ?」
そんなに褒めてないと思うけど…
「しておぬし。名をなんというんじゃ。」
「はい、私は……」
名前を名乗ろうとした時にどっと冷や汗が噴き出してきた。
そういえば、私が最初に殺されたのは男の子に名前を名乗った直後だった。
この ”お稲荷様” と名乗る少女もあの男の子と同じで私を一瞬で殺す力を持つ怪物なのかもしれない。
子どもを装って、安心させた隙を狙って殺すのだ。悪逆非道な奴らめ。
気づけば私はお稲荷様に鋭い眼光を向けていた。
「ど、どうしたんじゃそんな怖い顔をして…」
「私はこの前、名前を名乗った瞬間に殺されました。あなたもそういうことをするかも知れません。私はあなたの事が信用できません。」
「そうか、そのような事があったんじゃな。それは大変じゃったな…」
お稲荷様は哀れむような目で私を見つめる。
そんな目で見ても私は騙されないぞ。
「うーん…そうじゃな…どうやって信用して貰おうかのう……
そうじゃ!わしにも1人、人間の仲間がいるんじゃ。ほれ、前に出てくるのじゃ。」
そう言われて出てきたのは、さっきお稲荷様を呼んできた女の子、つまり私を助けてくれた女の子だ。
この子、人間だったんだ。
「そやつに挨拶をするのじゃ。」
「ど、どうも…初めまして、じゃないですけど…
こんにちは。秦莉愛っていいます。よろしくお願いします。」
彼女はそう言って頭を下げた。
この子はすごい大人だ。隣のお稲荷様と身長は同じくらいなのに大きく見える。
私は名前を名乗るつもりはなかった。名前を言わなくても会話はできる。実際、私はあの男の子の名前を知らないし…まあ会話という会話があまりできた訳では無いけど…
私が名乗らないのを察したのかお稲荷様が口を開いた。
「まあ…おぬしが無理に名乗らなくてもよい。おぬしにとってはトラウマになっているようじゃからな。」
え、私のこと、尊重してくれるんだ……
「そうじゃ、お主がどうしてこうなったかを説明してやろう。
おぬしが囚われていた所は “快晴の町” と言われておってな。
とある悪霊が住み着いておるのじゃ。
その悪霊は、夢を操る能力を持っておって、あの町に侵入した人間に悪夢を見せるのだそうじゃ。
そしてその悪夢に精神を追い詰められた人間は自殺すると言われておる。」
そう…だったんだ……
ということは、あの男の子が悪霊だったんだ。
あのやけに現実感のある夢も悪霊の仕業…
悪霊とか夢を操る能力とか前の私だったら信じなかったけど、あんな事を体験した私ならある程度納得出来る。
「それでじゃ。おぬしが何をされたのか、どんな夢を見たのかを詳しく教えて欲しいのじゃ。
わしもあの悪霊の事はよく知らんからのう。」
そう言われ、私はこれまでのことを全て話した。誰もいない町に迷い込んだこと。公園で男の子に出会ったこと。その男の子に何度も何度も殺されたこと。自分で死のうとしても死ねなかったこと。
時折、その時のことを思い出し言葉に詰まることがあったが、お稲荷様と莉愛ちゃんは黙って聞いてくれた。
私が話し終えた時、固く握っていた毛布はびしょ濡れだった。
「よく話してくれたのう。辛かったのう…」
そう言ってお稲荷様は私を抱きしめた。
温かかった。冷えた心を包み込むような温かさだった。
お稲荷様は私が落ち着くまで抱きしめてくれた。
「夜になったらご飯を持って行くから、安静にしておるのじゃ。」
お稲荷様は私を見て優しくそう言った。
私は倦怠感と眠気に襲われる。
毛布にくるまって眠りについた。
ーーーー
「ねぇどこ行くの?」
暗闇の中で声をかけられた。
この声は……
恐る恐る振り返ると、あの男の子がこっちを見ていた。
やばいやばい、逃げなきゃ…
そう思い足を掻き回すも、フワフワして前に進めない。
「じゃあね。」
そう言うと、彼の手が私の背中から胸を貫いた。
ーーーー
はっ!
私が目覚めたのは和室だった。
大量に汗をかいている。
まだあの悪霊の手から逃れられてないの?
そう思った。
でも落ち着いて考えてみると、今の夢と「快晴の町」で見ていた夢は違うものだった。
夢で胸を貫かれたが、全く痛みを感じなかった。今も痛みは無い。
あの町では死ぬ直前の痛みをありありと感じ、その痛みは目が覚めた後もなかなか消えなかった。
ということは、さっきの夢は悪霊が操ったものでは無い。
だからさっきの夢は、ただの夢だ。普通の夢だ。
あの出来事がトラウマになって夢に出てきただけだ。
そう自分に言い聞かせた。
少し落ち着いたけどもう一度寝る気にはなれなかった。
ふと周りを見てみると、布団の傍にお盆に乗った三つの食器があるのが見えた。夜ご飯かな。
その食器にはラップがかけられていて、一つの食器の上に小さな便箋が置いてあった。
それを手に取って読んでみる。
「夕飯の時に声をかけましたが、ぐっすり眠っていたので、お稲荷様に頼んでラップをかけてもらいました。ラップを取るとご飯が温まるらしいので、お腹がすいたら食べてください。」
と可愛らしい字で書いてあった。莉愛ちゃんが書いてくれたのかな。ちゃんと手紙まで用意するなんて、しっかりした子だ。
体を起こして、お盆を膝の上に置いた。ご飯、お味噌汁、鮭の西京焼きと私の大好きなラインナップだった。
ラップを取ってみると、途端に食器が熱くなった。慌てて食器から手を離す。試しにご飯を食べてみると、ちゃんと温かかった。レンチンしたみたいな感じだ。このラップどうなってるんだろう。
すごく久しぶりのご飯な気がする。そのせいか、あっという間に食べ終わってしまった。
ごちそうさまでした。
美味しかったな。美味しいものを食べたからなのか、少し気分が上向きになっている気がした。
でも寝る気にはなれなかったので、ちょっと歩いてみることにした。
外はまだ暗い。はっきりとした時刻はわかんないけど、日付が変わったぐらいかな。
月明かりを頼りに襖を開けると、縁側の向こうに、砂利が敷き詰められた庭があり、その奥には森が広がっていた。
縁側がある家とか珍しい。と思いながら外を眺めていると、地面と縁側の間にある石に草履が置いてあった。
草履か…見たことはあるけど履いたことないな。まあでもサンダルみたいなものか。
その草履を履いて外に出る。
うわっ寒っ……
今何月か分からないけど、風が冷たかった。
気づけば私は制服じゃなくて薄手の浴衣みたいなものを着ていて外を出るには寒かった。
ちょっと外を回ってすぐ帰ってこよう。そう決めて私は庭を歩く。
この家は大きな日本家屋のようで、江戸の建物みたいだった。
その建物をぐるっと回り込んでみると、一際大きな建物があった。
なんだろうと思い近づいてみると、お賽銭箱や鈴を鳴らす縄が見えた。さらにその建物から続く石畳の奥には赤い鳥居があった。
ここ、神社だ。
私は神社の一角で寝させてもらってたんだ。少し申し訳ないな。
私は神社の拝殿?の方をまじまじと見ていると、後ろが明るくなるのを感じた。
振り返ると、鳥居の向こうの空が赤みがかっていた。
それは何も変なことではない。日の出だ。これから太陽が上るのだ。
私は鳥居の方へゆっくり近づいていった。
ゆっくりと太陽の上部が顔を出す。
陽の光が私の体に暖かく当たる。
鳥居の間を太陽がゆっくりと上っていく。
ゆっくりとゆっくりと太陽は上っていく。
空の色が赤から少しづつ白くなっていく。
私はその景色を静かに眺めていた。
美しかった。ただただ美しかった。
こんな美しい現象が毎日起きているのか。
こんな景色を毎日観られるなら生きるのも悪くないな。
そう思った。素直にそう思った。
綺麗事かもしれないけど、今なら私を赤に染めてくれている暖かい光が許してくれる気がした。
気がついたら空が青くなっていた。今は大体6時か7時ぐらいかな。
私は空全体を眺めた。空に雲はなかった。でも私の心は晴れていた。
気持ちのいい快晴だった。




