5.新しい日常
それから数週間後の放課後、クロエは自室の製作用スペースで、もくもくと作業していた。
「うーん、上手くいかないなあ。これ以上カーブを入れるのは難しい…」とぶつぶつとひとり言を言う。
「そうやって壁に向かって話しかけるのやめなさい。せっかく私が遊びに来てあげてるんだから。」
サラは窓際の小さなテーブルで、そよ風にあたりながらゆったりと紅茶を飲んでいる。
「つい気になる所を手直し始めると、我を忘れちゃうんです」
「私が来ても毎回そうやって途中から一人の世界に入るわよね。私の存在忘れるってなかなかのものよ。」「ありがとうございます」「嫌味だとわかっててその返しなら、社交界でもやっていけるわ。」「うふふ」
すっかり部屋になじんだサラとお茶をするのが、最近のクロエの習慣になりつつあった。
初めて中庭でエンカウントした数日後、サラはクロエの部屋に訪れた。そこで見たクロエの作品たちにサラはすっかり夢中になった。
実はその前に、サラは何度もクロエの部屋の前の廊下を行ったり来たりして、クロエが部屋から出てくるの待ち伏せしていたのだが。サラの計算では、偶然を装って再会し、おもむろにクロエから部屋への招待を受け、渋々承諾する予定だった。しかし靴づくりで部屋にこもり続けるクロエにしびれをきらし、「出てきなさいよ!見せないさいよ!」と部屋のドアを叩いてしまった。
それ以来、サラは頻繁に遊びに来るようになった。
「さあ、今作ってる新しい靴を見せてよ!」
目を輝かせてわくわくするのサラの様子に、ちょっと頬を緩めながらクロエは「どうぞ」と棚から靴を取り出す。
「普段使いではなく、交流会のようなフォーマルな時用なんですけど。ちょっと踵部分に苦労していまして。」
公式な場所に履く靴は、踵が高くなっている。貴族としての位が高い人ほど、高いものを履きたがる。一人では当然歩きにくい。エスコートありきで歩くのを前提としているため、そういった靴を履くだけで、エスコートしてくれる相手や従者がいる高い身分だとわかる。
「交流会の時思うんですけど、もうちょっと足に優しいものはないかなと。だからといって踵を低くしすぎるわけにはいかないですからね。」
「そうね、そこは貴族としての矜持があるから、譲れないわ!」靴好きのサラは強くうなずく。
「だったら踵の位置を変えてみてはどうかと。一般的なものは靴の後ろからまっすぐ細いヒールがついてますが、このヒールをもう少し太いものにすると、体が支えやすいんです。」いくつかある試作品をサラも履いてみる。
「ほんとだわ、重心が安定する。」
「ええ、でも見た目が悪い。」
「太いヒール、ださい。ありえない。」断言するサラにクロエはうなずくと、別の靴を持ってくる。
「試しに細いヒールをそのまま少し前の方にずらしたのがこれです。」
「おなじように細いヒールだけど、着いている場所がいいのかしら、安定感あるわ。踵部分の中心で支えられてる感じ。でも、少しでも足を揺らすの怖いわね。」
「そう、簡単に折れちゃうんです。一般的な靴のように、靴の後ろからまっすぐ伸びていれば、側面の皮とつなげて作れるので、強度は確保できてるんですね。それが、靴裏に点だけで接していると、接着面が小さすぎて強度が得られない。」クロエの説明に、サラは眉を寄せて「うーん」と考えこむ。クロエはサラに別の靴を横に並べる。
「そこで、ヒール自体の形を変えてみました。先にお見せした太いヒールを、踵からゆるやかにカーブさせて、地面に接する部分だけは細くしました。最終的に地面に着くヒール部分は、踵の重心近くの位置にきますので、しっかり支えられます。」
「へええ、地味なようでも考えられているのねえ。それに踵近くの太い部分はドレスで見えないから、ちょうどいいわね。ドレスの下から覗く細いヒール部分は、実際の踵より前に来るから、錯覚で足が小さく見えていいわね!華奢さを演出!」うんうん、とサラは大きくうなずいてますます盛り上がる。
一方のクロエは思案顔だ。「そうはいっても、綺麗なカーブを出すのが難しくて。」
「そこは気合で頑張りなさい!マイスターマイケルの弟子なんでしょ!」
「うへえ師匠より厳しい…」クロエは額に手のひらをあてる。
「それにしてもヒール部分って、装飾で変化つけるぐらいだと思ってたわ。派手な生地を張ったり、宝石を施したり。」
「もともと地面の汚物を避けるために踵の高い靴が考えられたらしいです。必要な機能だったのが、見た目の良さも求めていった結果、そちらが先行して、いまや派手派手ですもんね。だけど必要を超えすぎると、逆に不便になります。機能と形が伴っているものが、本当に美しいものだと思います。そういうのを目指したいなと。まだまだですが」いいながら照れ始めるクロエ。
「ふーん、物を作るって、奥深いのねえ。」感心したようにサラはクロエの言葉に頷く。
「勉強してると、色々面白いです。そうそう、とある西の大国では、王様が踵部分を赤くするのがお好きで、王様の許しを得た人しか赤い踵の靴を履けなかったそうですよ。パンとスイーツが美味しいことで有名な、花の都と謳われる国のお話です。」
「物知りねえ」
今日もオタクな話題で、二人は充実した時間を過ごしていた。




