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お足元にご注意を~忘れられた令嬢は今日も靴作りに励む~  作者: 紫蘭かな


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2.サラ登場

置いてきぼりにされたショックで呆然としながら、クロエはなんとか寮に戻った。

しかしその姿を見られてしまい、瞬く間に「エスコートを忘れられた令嬢」として、話が広まってしまった。

惨めだ。落ち込んだ。それでも陽は昇り次の日がやってくる。お腹は空く。

「ああ、一生部屋に引きこもっていたい…」と、ベッドから立ち上がる気力が出ない。

無情にも、「ぐう」とお腹が鳴る。

ええい、いでよ、なんらかの力よ!よし今日はとっておきの靴を履こう。攻めたデザインだから先生に怒られるかなと観賞用にしていた作品。神様、どうかこの靴が教室まで歩く力をくれますように。そうね、怒られたらその時はその時ね。「エスコート忘れられた変な靴の令嬢」と言われるだけだわ。


前に進むために、クロエはひらきなおるしかなかった。


*************


数日後。

穏やかな日差しの昼休み、クロエは中庭のベンチにいた。

校舎の動線から外れているこの場所は、あまり人が通らない。噂好きの学生たちから逃れることができる。

なんといっても鳥のさえずり位しか聞こえない静かなこの場所は、新しいデザインを考えるのにうってつけだ。クロエはサンドイッチを食べながら、熱心にスケッチブックに書き込んでいた。


「ちょっと、よろしいかしら?」


はっと顔をあげると、艶やかな髪をしっかり巻いた目力強めの美人が目の前に立っていた。

同じクラスのサラだ。熱中しすぎて気が付かなった。


「クロエ様、ずっと貴女には言いたいことがありましたの。そろそろダニエル様と婚約解消なさい!」


「ええっ…あのう…それは家同士の取り決めなので…私一人ではどうしようもないと思うんですが」突然のサラのぶしつけな要求に、クロエはしどろもどろになる。

「貴女からご実家に、婚約を辞退するよう訴えればいいでしょう!地味すぎるあなたに非があるんだからっ。この婚約がまともじゃないという事実を、きちんと伝えるのが、貴女の責任なのよ!」


そんなむちゃくちゃな、と思いながらもサラの剣幕にクロエは圧倒されていた。

「えっと、つまり、サラ様は、ダニエル様の事をお慕いされているという事ですか?」

「ち、違うわよ!私にはちゃんとカイ様という素晴らしい婚約者がいます!他人の婚約者に横恋慕して、いちゃもんつけてるわけじゃありません!」とさらに怒り出す。


(なんだ、いつものダニエル親衛隊の一人ではないのか。自分に婚約者がいてもダニエル様にはいつまでもお一人でいてほしいという事なのかしら。みんなのダニエル様は誰のものでもない、とか?そういう新しい界隈ができたとか?)


「もう見てられないのよ、いつもいじいじしてる貴女が。いい加減自分を持ちなさい!」

鼻息荒くサラは、右足をだんっと前に踏み出し、さらにクロエを威嚇してくる。

令嬢としてなかなかのお振舞だ。

びびりながらも、ついいつもの癖で、目だけはサラの靴を観察していた。


(おお、これはメルロー通りの職人直営店の限定品!金があれば誰でも買えるわけじゃない、店主に認められないと買わせてもらえない作品だわ。サラ様、お目が高い。いい品をお求めで!)


サラに応えるように、クロエも「ふんっ」と見せつけるように右足を前に踏み出す。

「まあ、クロエ様、なんて失礼な態度!!地味なだけでなくそんなはしたない!」


しかしクロエは(これよ、これ)と言わんばかりに、右足で地面を数度タップする。


「足癖も悪いわね、って、え?何その靴、見たことないわ。側面を異素材で切り返してあるなんて初めて見たわ…手が込んでるのね」

「ふふふ、サラ様、お仲間ですね。かなりの靴好きと拝見しましたよ」クロエはにやりと笑う。

「何よその顔気味が悪い…もういいわ、言いたいことはお伝えしましたから!わたくし、失礼するわ」サラは踵を返そうとする。

「本当にいいんですか、どこの店の靴かお伝えしなくても。」サラは、クロエの言葉にうっと固まる。目だけを動かしクロエを伺う。


「じゃーん、わたしでーす!私が作りました!」


「んなわけあるか!」

サラ様、馬鹿にされたと興奮しすぎて、お口まで悪くなる。

「本当です。かなり苦労しました。よく見てください、裁縫の目が粗いでしょう、素人だからまだまだなんです。いまソーテル職人通りのマイケルさんから手ほどき受けているんですけど、これが難しくって。」

「ソーテルのマイケルって、マイスターマイケル?そんな方に師事しているなんて凄いじゃない。ちょっと待って、騙されないわよ、ただの学生を相手してくれるわけないわ」

「お、師匠の事もご存じとはかなりのオタ…いや、通でいらっしゃいますねえ。私の母方が隣国セイロンの商家の出なのです。長年優秀な職人たちの援助に力入れておりまして。師匠もその一人でした。そのご縁で、お仕事の邪魔にならない時間に行かせてもらっています。師匠も、『面白いアイデアだね、今の若い子の好みを聞けてためになるよ』と言ってくれて。いまや十分リスペクトされる立場なのに、私みたいな者からも新しい事知ろうとされる所が、ますます尊敬できます。」

「あらまあ、マイケルさんって素敵な方なのねえ。お人柄がわかるいいお話ねえ。」

二人でうんうんと頷きながら、しばしマイケル氏に心を馳せる。


「じゃなくて!大体おかしいでしょう、私たちは平日は勉学、週末は社交を学ぶ時間でそんなことする暇はないわ!」

「うっ、痛いところを突きますね。ダニエル様から相手されない私は、勉学以外の時間がたっぷりあるのですよ」クロエは胸を押さえながら答える。

「だ、だから婚約を辞退しなさいと言いたかったのに…。うじうじしているだけではなかったのね…」トーンダウンしたサラは、「もういいわ、私はこれで失礼するわ。後は勝手になさい」

「本当にいいんですか?マイケルさんの工房には、この靴をさらにバージョンアップさせた物ありますよ。とりあえず、私の部屋には他の作品がたくさんありますヨ。見たくないですか?」

追いつめられたサラはぐぬぬと歯ぎしりし、逡巡する。とうとう観念した。

「行きます…」と言おうと口を開いた瞬間、校舎から現れた青年に声をかけられる。


「探したよ、クロエ、話があるんだ」

ダニエルだった。普段ろくに話しかけても来ない、まして自分を探すことがあるなんて、クロエは驚きのあまり目を見開いた。

「ふんっ、それじゃあ私はこれで失礼するわ。」とサラは髪をなびかせて校舎に向かう。

「サラ嬢、歓談中に邪魔をしたね。許してくれるかい」ダニエルは、いつも令嬢達を魅了させる完璧な笑顔をサラに向ける。


だがサラは舌打ちをして立ち去っていった。

(なんでこんなタイミングに来るのよ)


無敵なはずの笑顔が通じずダニエルは動揺する。

残された、動かないままの二人に気まずい空気が流れる。

風にのって鳥のさえずりが、小さく聞こえた。


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