第八話
暗い洞窟。グレーの壁に、白い糸が所々張り巡らされている。
真っ直ぐ続く道には、暗闇と風だけが流れていた。
世界のほとんどがその存在を知りえぬ、このダンジョン。
その奥でただ1人、
いや1匹の”モンスター”が佇んでいた。
私はこのゲームで最高の悪役プレイヤー、
てるてるである。
それがある日育と名乗る運営の男にイベントボスをしないかと提案された。
それを受け入れ、白の蜘蛛「サイド」の力をもらい私はボスになったのだが、今までは人型であったため
なかなかどうしてモンスターという感覚が掴めていなかった。
だが今の私は違う。とんでもなく大きいモンスター。
伸びきったロングヘアに、白く濁った肌。
長く伸びた爪は、狂気そのものだ。
そして下半身は
蜘蛛
そう。これは所謂第2形態。
私は今本気の姿アラクネになっている。
第2形態、それはボスに必須の複数形態の形だ。
ボスと戦うと1度倒すとパワーアップし、さらに激しい戦闘を強いてくる。
私はそれのお試し中だ。
「しかし、想像以上だな。こんな形でくるとは」
このゲームのボスはデザインが素晴らしく、どこまでも細部までこだわっており、上位の存在となると戦う前からその美しさに魅了される。
そのため、動かなくなるプレイヤーや、ボスの姿をコレクションする者まで現れる。
まあ要は第2形態を楽しみにしていたということだ。
人型であの美しさ。さて次はどうだろうと。
しかし、実際なってみれば美しさなどなかった。髪の毛は白髪のように伸びきり、肌の色は白を濁らせたグレーに近い。下半身の蜘蛛も私が以前戦った時の目を奪われる白がどこにもない。肌と同じ濁った白だ。
上半身は人のまま。だが、腰から下は——
巨大な蜘蛛の胴体に置き換わっている。
八本の足は、それぞれが人を5人以上繋げても届かない長さ。
第一形態のドレスは消え、肌を覆うのは蜘蛛の殻のような硬質な白だけだ。
でもなぜだろうか
とても心が落ち着くんだ。
嫌なことを全て破り捨てていいと言われているような、自分をさらけ出したような、そんな解放感。
この姿であればどんなことも出来そう。
これが第2形態。さすが育……だな。
さて
1度試しに動いてみようか。
そうして私はすらっとした腕を前に伸ばす。
上半身はいつも通りに動かせるようだな。
この手からなら、スキルを使っても安定しそうだ。元の人型の時は何か媒体を通してないと狙いが定まらなかったからとてもいい。
だがそれだけではない
私にはわかるんだ、この腕で殴ったらとんでもない破壊力が出せる。この細腕で巨大な岩を破壊できる。
「まあそれが第2形態ってものか」
気になるのはこの下半身の蜘蛛だ。
8本の足は自由に動かせる。
なんなら。
どこからそんな力が出るのか、この巨体を高く飛び上がらせる程の脚力に壁を走れるほどの素早さ、そして地面を砕く破壊力がある。
設定すれば自動でスキルを発動できるらしい。
「これはすごい」
一瞬ギョッとなる
思わずこぼした感嘆の声は第1形態のような美しい声ではなかった。
はは、そらそうか。なんか声にモザイクがかかったみたいだ。
まあいい。
そうして私は目を閉じた。次に開いたのは蜘蛛の目でだ。
おお、なんかすごい。これが下半身の蜘蛛になった感じか。
今までにない新しい感覚。八本の足に地面に並行の胴体、人外になったと改めて感じさせられる。
蜘蛛では人型の方よりさらに自由に動ける。
糸は蜘蛛の方が操りやすい。人型もスキルを発動させることができた。
つまり
人型は物理主体。スキルも全て安定して使用できる。
足で素早く移動し力でゴリ押しできそう。
蜘蛛は糸などのスキルがかなり強いな。相手の攻撃をその素早さで回避しながら場を糸で支配し人型で攻撃スキルを放つのが良さそう。
へへ
まだまだ色んなことができそうだ。
そうして私は第2形態を解除。
第1形態、つまり元の人型に戻った。
武器やスキル、体の動かし方も確認したし、第2形態も試した。
「次はダンジョンかな」
と言ってみたが、正直メインは私だ。ただでさえ低確率のダンジョンなのに道中を難しくして私にたどり着かないようじゃ困る。
しかし、だからといって弱いやつの相手をするのもな……
「もうこの前のダンジョンみたいにでかい蜘蛛と小さい蜘蛛置くだけにするか」
いや、それではただの洞窟だ。せっかくだし、壁を蜘蛛の糸で埋めつくそうかな。
そしてそこにくっつく小さな蜘蛛たち。
白に包まれた壁に無数の赤い光が光るのだ。
なんて美しく、なんて不気味だろうか。
だがそれぐらいしか思いつかない
まあ雑でもいいか。私が立っていればそれで成立する世界なんだから。
今のところいい感じではあるが実は何か1つ物足りなさを感じている。
今のままでは、よくいる蜘蛛のボスと変わらない。
蜘蛛の能力は一通りある。でも——
私だけの「何か」が、まだない。
私はちらりと今日の日付を確認する。
イベントまであと2週間もある。
「そうだ。その間に考えよう」
そう決め、その日はログアウトした
◇◇◇
イベント1週間前
「待て!てるてる!」
私の後ろで誰かが叫ぶ
くそ、時間ないのに。
ここは虫のモンスターがねぐらとする共通マップである
【セクトワーム】
大きな温室の中で様々な虫や植物が入り乱れる。
普段は見られない組み合わせの虫や植物が混ざっている……らしい。
ここ1週間はボスの方に時間を割いててるてるをやれていなかったから久しぶりにやるついでにここに来た
——え、ボスのアイデア?
いいえ、全く思いついていません!
私がこんなに発想力もないなんて思っていなかった。
だから何か…藁にもすがる思いでここに来たのだが。
ここは共通マップだが、【虫】なので人は少ないから大丈夫かなっと思っていた――
共通マップは好きだ。しかし、今のような急いでいる時はあまり来ないようにしている。だって絶対絡まれるもん。
そして入った瞬間、絡まれた。
普段なら全然いいのにー
目の前には、空を覆うガラスの壁。色とりどりの花が咲き、虫のモンスターが生きるためにそれぞれが蠢いていた。
そうよね。したいことしなくちゃ。
私は少し目を閉じ、また前を向いた。
よし。そろそろ切り替えようか。
後ろを向いて、私を狙ってくる奴らを確認する。
4人ぐらいのパーティーか?
私は指名手配がついてる。それ狙いの奴らっぽい。
「悪いが今忙しい。鬼ごっこする暇はないんだ!」
私は大声で彼らにそう伝えた
ヒュンと何かが顔の横を通り抜ける。
はっ、あいつ魔法打ってきやがった。
今回は街ではないため、攻撃が可能だ。
だがしかし容赦がない。
虫のエリアがここしかないから困ったもんだ。
じゃなかったら共通マップになんて来なかったよ!!
ボスの時の参考にしようと思って来たのに。
後ろを振り返ると杖を構え、また魔法をはなとうとしている。
ふー、一旦落ち着こう。
そういえば最近プレイヤーと戦っていない。そうだよポジティブに考えるんだ。
近頃私は逃げてばっかりだからプレイヤー達が私は弱いと勘違いしているやつが増えている。
いい機会だ。
私はてるてる。
このゲームで最強の悪役プレイヤーであると思い出させてやろう。
そう決めると私はスピードを少しずつ落とし、相手が近づいて来るのを見計らって振り向き、突っ込んできた1人に大きな蹴りをかます。
突然の攻撃に相手は対応できずもろに食らい、全員衝撃のあまり立ち止まった。
なんて間抜けな顔。私が反撃すると思ってなかったみたい。
舐めやがって
昔の私を知っていたらこんなことはしない。始めたばかりなんだろう。
これだから最近のやつは困る。私の悪評だけ聞いて、なんで恐れられるのか分かっていないらしい。
私はそこら辺の大きいガラスの破片を拾う。恐らくモンスターが温室のガラスを割ったとかなんとかやったんだろう。
「お前らにはこれで十分だ」
私は手から光の粒子を撒き散らしながら破片をこいつらに向ける。
相手はこの行動に険しい顔を見せる。どうやら私と同様に舐められたと感じたようだ。
蹴りをくらい動けぬ1人を置き、3人が一斉に飛び出し、3方向から攻撃を繰り出す。
なんて遅い攻撃だろうか
私は顔に影を落とし、目だけを上に向け、
破片の尖った部分を下に持ち、獲物に狙いを定める。
最初に振り上げられた右の敵の剣を、頭をずらして避ける。
そのまま、喉元をかききった。
すぐさま腕を引っ込め、飛んできた左の敵の脇腹にガラス片を突き立て、上まで払いあげる。
最後の正面の敵は顔面を破片を持った手で上に弾き飛ばし、浮かび上がった体を全力の回し蹴り。
それは一瞬の出来事だった。
私は相手の攻撃が到達する前にとんでもない速さで攻撃を避け、致命傷を与える。
気づいた頃にはやられているのさ。
HPが無くなった3人は光となって消えていった。
私はようやく動こうとする最後の一人に近づく。
それに気づいたこいつの顔は本当に面白い。絶望した可哀想な顔。
そんな顔されても助けてあげなぁい。
私、弱いやつに舐められるのが本当に嫌いなの。
そうして私は破片を1点に向かって垂直に振り下ろした。
影を落としたその顔にみなが戦慄する。
それはプレイヤーを敵に回した悪党の姿であった。
周囲を確認する。
さっきまであった別のプレイヤーの気配がない。
様子を見ていたか、漁夫の利を得ようとしたか。複数人隠れていたのだが、この戦いを見て諦めたようだ。
ほっと一息つく。だって戦うことが今日の目的ではないから。
そう思いながら持っていたガラスの破片をポイッと投げ捨て、さっき倒したやつの粒子をじっと見つめる。
「ボス、どうしよう」
そう考えながらもなぜかこの光から目を離せない。
なん…だろ。なぜか気になる。
1度今考えていることを整理しよう。
今のボスはよく見る蜘蛛のボスモンスターと大差ない
↓
だからホワイトスパイダークイーンだけの何かが欲しい。
ふむ。目の前の光の粒子。これはルナオンにおいての血の代わりのものだ。よくあるゲームらしいシステム。
「この光、私が切って生み出したんだよな」
そうぽつんと言った。なんでそういったか全くわからない。
が……
「そうだ」
いいこと思いついた。
私は急いでてるてるをログアウト。ホワイトスパイダークイーンの姿になる。
「育!育!」
そう呼び出す。育は名前を呼んで行ける状態ならこちらから向かうと言っていた。
すると目の前から扉が現れた。
「はい、はい!育ですよ!どうされました?」
そう言って出てきた育は少しやつれていた。8人分の要望を聞いてるからな。
でも今の私にそんな育を気遣ってやれる余裕がなかった。とても興奮している。自分でも満足出来る素晴らしいアイデア。
私は育に思いついたアイデアを伝えた。
「私白い血にしたい!」
育はピシッと石のように固まった。
しかし石化が解けると考えるように手を顔に当てる。
「詳しくお聞かせくださいませ。ホワイトスパイダークイーン様」
ある場所では日が暮れ、ある場所では夜が明ける。
世界中の全プレイヤーに通知が響き渡る
【??ボスイベント始動】日本サーバーにおいて1週間後開催




