第四十話 絶望の連鎖⑦ ― 見えない外づら
絶望の連鎖⑦ ― 見えない外づら
◇◇◇
【深牙の森】
——
このゲームを始めたのは結構最近。多分半年前かもっと前。学校のダチに一緒にやろうって言われたから、誕生日プレゼントにクソ高いこのゴーグルをねだった。
起動して、このゲームに入った時のあの驚きは忘れられない。
俺は今までコントローラーを握ったことしかなかった。だからだろうか。他のみんなと距離を感じるんだ。
——
「ウォォォーーーン」
ガシャンガシャンと木々に溢れた森に合わぬ効果音。定められた秩序の中にノイズが走った。
森の主たるブラッドウルフの首には、ウイルスに感染されたデータが円を囲ったような首輪が繋がれている。
苦しくも抵抗するブラッドウルフの唸り声はまさに聞くに耐えず。覗くこちらも心を炒めるものだ。あっ違った痛めるね。
ごほん。目の前に立ちはだかるは一人の男。タバコを吸ってそうな風貌のアバターだ。まさにゲーム世界のノイズ!
これがこのゲームのチーターかああ!!
——ふぅ
そう言い切って、ようやく握った気持ちになっていたマイクを手放した。
ふざけてはいるが、空から見たあの光景は本当に腹が立つものだ。
だからこそ、ふざけないとやってられねーよ。
現在イベント十五分前。
わかってるよ、準備だろ?
あれが来るまでは順調だったよ。
死んだ顔したチート野郎が来る前まではな。
◇◇◇
朝の太陽が輝く時間だが、目の前は木の影で真っ暗。
一寸先も闇なのが、この俺『ブラッドウルフ』のナワバリの特徴だ。
「くっ……はあ」
狼の俺は前足を地面につき、ググッと伸びをする。
その隣で人間の俺も手を握り、ググッと伸びる。
「よし!」
今日も張り切って『ボス』、やってやっか!
ダークブラウンの髪を逆立て、狼の耳が頭の上でピンと立つ。
オーバーオールジャケットのポッケに手を突っ込み、首にはヘッドホン。
サイバーストリートを模したこの人間形態を見ているのは、運営かプレボスのみ。
そして、俺の戦い方を知っているのは運営のみ。
俺様こそ天下無双の『ブラッドウルフ』だ。
あーそれにしても最後にボスやったの数ヶ月前とかだっけ?
やっべぇ、なんかドキドキしてきた。
スリスリ
おっ。
半透明の足に、小さい狼が頭を寄せる。
俺は膝を折り、頭を撫でた。
「よろしくな! クロ」
蛇に貰った分身というアイデア。
まさに隠密系ボスの醍醐味だよな。
そう思うと、やっぱあいつらって【同業者】なんだな。
友達ほど近くないし、他人ほど遠くない。
でも、同じ目的を共有する共犯者。
俺もそろそろこのゲームに慣れてきた頃だし、頑張りますか。
と考えていた時。
「……?」
静まり返った森の中、草木が揺れ始める。
暗く染まった葉は不安を伝染し、風に揺られた木々が森の主に異変を警告した。
“誰か来てる”
アンテナのように、伸びた耳がピクリと動く。
遠くにサクサクと草や枝を踏みしめる音。
獣としての本能が警鐘を鳴らす。
俺は姿を完全に消し、空を飛んだ。森はその違和感へ俺を案内する。
風が頬を掠める中、俺は怖かった。
何か、大きな何かが——
起こるんじゃないかって。
「……っ!」
俺は移動をやめた。視界にイレギュラーを捉えたから。
そこに居たのは、おっさんアバターのプレイヤーだった。少し古びた装備で金もかかっていなさそう。なのに、なんだあの余裕は。
それだけだったらいい。今がイベント前の時間でなかったら。
偶然バグで入れちゃったぜ!
って感じじゃない!!!!
堂々と真っ直ぐ俺(狼)の方に向かってきてんじゃねーか。
嫌な予感嫌な予感嫌な予感嫌な予感。
育に連絡すべきだよな?
「よぉ。駄犬」
ヘッドホンから聞こえてきたのはこの世の憂いを混ぜ込んだような低い声。
眠そうな瞼をしてるくせに姿勢はいい。何かを覚悟したような男が、そこにいた。
頭を隠し伏せていた一匹の狼は体を起こす。
誰が駄犬じゃあああああ!!!
「ウオオオオオオオン」
そんな俺の声に呼応するように狼の俺も声を上げる。
「おうおう怖ぇ怖ぇ」
男は頭を傾げ鼻で笑うようにそう言った。
んだよこいつ。なんでイベント前にここまでこれた???
何度見ても時間は開始予定時刻を指していない。
だがそれ以上にこいつの顔を見たら、腹たって仕方ねぇ。
もうブッコロすしかねぇだろ!
俺はウィンドウを立ち上げる。スライドし、俺の武器を選択した。
俺の武器は『ブラッドウルフ』。
このコントローラーだ!
両手に一つずつ、ボタンが数個スティックが一本。
頭にはホログラムヘッドホンとモノクル型ゴーグル。
俺は右手を大きくあげ、ボタンを押し、下に振り下ろした。
それに連動し、狼の俺もまた前足を大きく振り落とした。
周辺の木々をなぎ倒し、土煙が一斉に湧き出る。
だが光の粒子は出なかった。
「ヴヴゥ」
思わず唸り声を上げる。下ろした手は震えさらに力を込める。
しかしイベントボスの一発にも関わらずその男の頭はいくら押してもピクリともしなかった。
どうなってんだよもぉぉ。
すぐさま手を引き、草陰に隠れる。
もしかしてチート? なんとなくだけど。
今までの謎の動きも余裕も硬さも考えたらありえなく無い。
もしそうなら……俺になんか出来んのか?
そんな中でも指は動かす。男のまわりをぐるぐると回るように動かす。膠着状態を作って……とにかく時間を稼ごう。
ボタンを押すほど、スティックを倒すほど、のめり込む。
戦場の空彼方で、俺は誰よりもこの戦いを見た。
《もういい》
ヘッドホンからその声が聞こえた、その瞬間
「ギッッッ」
「グッッ」
狼の体は大きく弾き飛ばされ、木々をなぎ倒す。その先の大木に打ち付けられ、下に蹲った。
「痛った……やっぱチートじゃんあんなの」
狼が負ったダメージは魂にもくる。
だが間髪入れずに姿を隠す。
「勝ち目がないとしても、勝負事で諦めたくねぇんだ」
狼を森に隠し、距離を取る。だが相手もどんどん近づいてくる。
こっちの攻撃は当たらなくて、向こうの攻撃は当たる。
「そんな理不尽を言い訳にして俺の意地を折りたくねぇ」
後ろ足で地面にインパクトを起こす。意識を逸らす爆音と爆発に隠れる。
「どんなに無意味だと言われても」
爆発に周囲を見失う男に爪の刃を立てる。
「だってそれが……俺の——!」
コントローラーのボタンに力を込める。その全てを。
《もういいよ》
視界がぴかりと光った。男は自分の何倍もある前足を避け、頭に触れる。そう一言呟くと、地面へと一直線に。
「」
「ぐあああ」
狼は声も出せず、俺は頭を抱え宙で何回転もした。
このゲームは【頭】に、決まった攻撃の仕方をすると一定の間視界が回るスタンが入るらしい。
まさに今、その状態だった。
や、やべぇ。頭が正常に回らねぇ。今、狼がどうなってるか分からねぇ。
今、男が狼に謎の首輪をしていることも分からない。
スタンが終わると、そこには気持ち悪い色をした首輪に繋がれ足全てに鎖が巻かれ身動きが取れなくなっていた。
俺は思わずコントローラーを握りつぶしそうな力を込める。
「は、離せーーー!!」
ガチャガチャと動く度に不快な鎖の音が鳴り響く。
なんなんだこいつ何がしたいんだ?
ぼーっとしていた男は狼が動き出すと、ようやく口を開いた。
《おっ、元気だな》
……???
え、きも。何目線だよ。
男は歩き出し暴れる狼の毛並みを撫でた。
「かああっ、なんだよあいつ!!」
チート野郎に撫でられたってだけでこっちは鳥肌がたつよ。
さらに暴れ出す狼を男は笑った。
《いやあ。駄犬を見るのは疲れるなあ!》
こっ、この、これだからチートなんかするやつは。
例え何をしてでもこいつはやらなきゃと思った。
《さて、じゃあ始めるか》
え?
男はそういうと、ウィンドウを開いた。と言っても俺たちのとは全然違う色。俺たちのは青。
だがこいつは、黄色だった。
なんだ、あれ。
俺の本能がまた、声をあげる。
“あれを見ろ”
俺は下に向かった。透明の姿は例えチート野郎でも見えないだろう。
いや、もしかして……あれがチートツールか?
男はしばらくポチポチとウィンドウをいじると、画面をずらし、狼に近づいた。
止めようとも思った。だけど俺の本能がやめろと叫んだ。
男は手を伸ばす。その手は毛並みに触れることなく、その奥へ進んだ。
気持ち悪い。五臓六腑を撫でられてるみたいだ。
だが、その瞬間——
「なん、だと」
男は衝撃の声を上げた。今までの余裕の様子は消え、全身が小刻みに震える。
刹那、男は顔をぐるんと曲げた。それは、透明であるはずの俺の方に向いていた。
「なっ」
「お前……」
男は一歩ずつ近づいてくる。
どういうことだ。なぜやつに俺の姿が。
しかし、体は透明状態から色がつき始めた。体は元に戻り、実体化する。
「な、なんで」
男はウィンドウをいじっていた。
まさかそれのせい?
ウィンドウを閉じると、俺に飛びかかった。
そのまま馬乗り状態になり、俺は逃げられなくなった。
男は先程の態度を大きく変え、顔に影を落とした。だが目だけは大きく開き、今にも飛び出しそうだった。
震える手で、俺の顔を触る。口はパクパクとして、何か言いたげな様子だ。
もう怖いよぉ。
右足をあげ、男の背中に蹴りを入れる。だがまるで壁を蹴ったみたいに痛みが返ってきただけだった。
「おい、離せよ!!」
俺はもう我慢できず、声を張り上げた。
その時だった。
驚きの表情を浮かべ、何も喋らなかった男は口を開いた。
「お前、プレイヤーなのか?」
狼、『ブラッドウルフ』は声をあげることはできなかった。また男と同じように目を見開く。
ち、違っ——
俺のせいでバレる? まだ始まってそんな経ってないし、イベントもそんなにやってない。みんなにどんな顔したら? まだ続けられるかな。俺は間違ってた?
もう、無理……?
男は相変わらずイった目をしてる。
体の感覚を男から地面の草にする。VRのリアルな草の温かさはこの状況を整理させてくれた。
もう無理なんだ。
俺は、目を閉じた。全てが嫌になったから。
でも、人生そう簡単に諦めちゃダメだって俺の本能が言ってたの忘れてたよ。
キィィィン
「大丈夫? 狼」
涙目で俺は顔をあげる。その声は知ってる。
ミルクの髪と、所々に赤が入ったドレス。
『彼女』の鎌は男の顔面を突き刺していた。
「く——」
「蜘蛛……!」




