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第三十話

「うわああああ!」


ドォォン――!


悲鳴と爆発音が森の隙間を吹き抜ける。

その衝撃で木々が倒れ、土煙が舞い上がった。

 

 煙の向こうから姿を現したのは――

 1匹の巨大な狼と、それを取り囲む7人のプレイヤーたち。

 各々が武器を携え、ずらりと並び立つその様は、まさに強者の風格を漂わせるものだった。

 まさに誰もが手に汗握るレイドボス戦の真っ最中――

 

 ――ではなくて。


「やっぱ、スピードがねえな」

「威力もそこそこ?」

「でも、隠密はいい感じよね」

「うち、全然気づかんかったわ」

「俺を盾にしたやつ誰だ」

「れ、レベルアップ目指すしかないよね!」

「まあ一旦は狼のセンスで乗り切れるかもだけど、そのままだと飽きられるかもね」


 しつこいのは攻撃ではなく、視線。

私たちは狼の動きを分析していた。


  斧を肩に担ぐシャチに、拳銃を弄ぶフクロウ。

 剣を鞘に収めるツルと、身の丈ほどの大剣を地面に突き立てる熊。

 サソリはクロスボウの弦を確かめ、蛇は鞭を巻き取り、そして私は杖を構え直した。


  ボスモンスターとして振る舞う時とは違い、プレイヤー状態の今の私たちは動きやすさ重視のシンプルな装備だ。

 派手な個性が消え、全員が似たような格好で真剣にダメ出しをしている光景は、

 

 客観的に見ると……なんだか少しシュールだな。

 

 

 私は長い髪をアップで一つに結び、

「狼ーー!調子どう?」

遠くで寝転ぶ狼に声をかけた。


 「やりすぎだって……」

 狼はのそりとその巨体を起こすと、彼は歩きながら人型へと姿を変え、眠そうに目をこすりながらこちらの輪に加わった。

 

「んー……やっぱつまんねーか? 俺なりに考えたんだが、これぐらいしか思い浮かばねーんだ」

狼は耳をぺたりと伏せ、自信なさげに視線を落とした。


 

「ああ、馬鹿だから?」

フクロウがくすくすと笑いながら煽る。

 だが、いつもならすぐに噛み付くはずの狼に、その気配はない。

 予想外の反応に、フクロウの方が気まずそうに肩をすくめた。


 

「最初のイベントでも、ロックろっくに瞬殺された。居場所を知られただけで俺の攻撃は読まれたし、なんか……うまく動けなかった。それなのに、弱体化なんて入ったら、プレイヤーに舐められて、最弱のボスだってカモにされちゃうよ……!」


相当、弱気になっている。

そういえばこいつ、このゲームを始めたばかりだっけ。

まあまあ、初心者のうちはそんなもんだよね。


 

 少し慰めてやるか。

 「何言ってんの、そこを直すんでしょうが。早く弱体化乗り越えるんだ。

 それに私たちの仕事は勝つことだけじゃないんだぞ」


 言い切ってから、私はピタリと固まった。

 あれ? 慰めとは一体……?


「わかってるけどよ~……」

 狼がしゅんと項垂れ、メソメソと何か言っている。


「アイデアはあるよ」

「え?」


 湿り気を帯びたその声に、場がしんと静まり返る。

弾かれたように全員の視線が一箇所に集まった。

 

 その視線の先にいたのは蛇だった。


 蛇はウィンドウをいじりながらも話を続ける。


「要は、演出の手数を増やせばいいのだろう? これはひとつの案なんだが――『分身』を作るっていうのはどうだ?」


 分身……だと?

 それは、盲点だった!

 

狼が「分身?」と、抜けた声を漏らす。


「いるだろ?本物のボスが」


「えーと、もしかしてこいつのことか?」

 狼はそういうとポケットから何かを取り出す。

 それを上にあげると、そこから流れる光の渦が現れる。

波打つ様に揺れ、1匹の狼が形作られる。

 くっきりとした輪郭が現れると、狼の足元に静かに降り立った。


 見た目は完全にモンスター状態の狼を小さくしたやつだ。

 これは……


「俺がコピーした本当のブラッドウルフだ」


 なるほど、サイドと同じってことか。

 登場の仕方がかっこいいのは一旦、置いといて……。

 何となく蛇の言いたいことがわかった。


「そいつを分身として置くんだ」


「え……ん?あ、えあ! あーー!なるほどな!!」


 狼が弾かれたように地面を蹴り、歓喜の声を上げる。

 アイデアが降りてきたようだな。


 そのまま人型の狼とモンスター型の狼は大切な相棒のように抱き合った。


 私は何も言わず、その様子を見守る。

ただ、無意識に杖を強く握りしめていた。

ゲームの存在であるはずなのに、ひどく無機質な重みを手のひらに残す。

「分身、ね……」

口の中で、その言葉を転がした。

 

 頭に思い浮かんだのはサイドの姿だ。

 きっとそれは私だけじゃない。他の奴らもそうだろうな。運営から「相棒」として当てがわれた、私たちがコピーしたモンスターたち。最初はただの便利な道具だと思っていた。

 

でも今は違う。

少なくとも、システムが定義する「ただのNPC」ではない。私たちの間には、それ以上の何かがある。

 

 

 そして瞳の奥に、頭の中に、言葉にできない感覚が、黒いインクが広がるように浮かんできた。


 悔しいが、蛇のアイデアは私でも良い物だと言える。なぜ私が思いつかなかったのかって言いたくなるぐらい。

 だって、本人でない私でも、しっくりきちゃってんだもん。

 

――ああ、やっぱり、私はこっち側だ。

 

和やかな空気の底で、私の本能が静かに刺激を求めている。

狼の分身がどう動くべきか、その「悪役としての正解」が、神経を伝って指先に集まってくるのが分かった。

 

その瞳には、先ほどまでの「仲間としての呆れ」ではなく、盤上の駒を冷徹に配置する「てるてる」の視点が映り込んでいた。

 

そして、それを瞼で閉じ、私は笑顔で覆った。


「狼、進む道を見つけたのなら次の人に交代しよう。最後まで面倒は見ない。完成したものをイベントで見せなさい」


 そんな流れのまま、ボス役を交代。それを続けていった。


 

 ――

 エンバーグリズリー

 スピード大幅ダウン、攻撃ステータス低下


巨体ゆえの鈍重さに拍車がかかった熊は、攻撃のほとんどを空振りしていた。

振り下ろした一撃は地面を砕くだけで、プレイヤーは軽々と回避する。


だが、その隙に受けた攻撃をものともせず、熊はその場に立ち続けていた。


「完全にどっしり構えろってことか……」


 ――

 サンドスコーピオン

 防御ステータス大幅低下


一撃で大きくHPが削れるほど、本体の防御は脆くなっていた。

しかしその代わり、しっぽによる攻撃は健在で、触れた相手の動きを確実に鈍らせる。


「こんなん受け流すか避けるかしかないじゃんー」


 ――

 ナイト・ホクロウ

 スキル大幅弱体化

 展開されたフィールドの圧は、以前よりも明らかに薄い。

支配領域は維持されているものの、侵入を完全に拒むほどの力は失われていた。


それでも、戦場の主導権はまだ手放していない。


「うーん。できることは変わらないけど、威力が弱くなった……」

 


 ――

 幻翼のクロヅル

 魅力の弱体化


羽ばたきに視線を奪われる。

美しさに、思考が引きずられる感覚は変わらない。


それでも足は動いた。

わずかに遅れ、わずかにズレながらも、行動はできる。

 

「まあ、やけどあんま影響あらへんなぁ。うち、元から弱いし」

 

 ――

 ミラージュヴァイパー

 基礎ステータス大幅低下

 

 蛇は武器もスキルも使わず、ただ拳で相手を叩き伏せようとしていた。

しかし何度打ち込んでも、以前のように倒れない。


力任せでは押し切れない調整に変わっていた。


「殴っても倒せるのが楽しかったのに……」

 

 

 ――

 タイダル・オルカ

 攻撃ステータス大幅低下


攻撃範囲の広い多くの技が、その一撃で決着がつくことはなくなっていた。


何度も当てなければ削りきれない火力に落ちている。


「一発で倒せなくなった。何回も当てろってか?」

 

 

 ――

 ホワイトスパイダークイーン

 基礎ステータス大幅低下


鎌を中心にする戦い方ができなくなった。

1VS1ならいけなくはない。

 しかし数の前では押し切られ、あっさりと崩された。


単体性能だけでは通用しないラインまで落ちている。


「スキルと蜘蛛ちゃんで何とかするしかないか」


 ――


 皆共通で基礎ステータスは下がっていて、それにプラスした弱体化だったのだが、

 これ、しっかり把握したらかなりきついもん貰ってたな。


私は体から力を抜き、育に視線を巡らせた。彼はとても穏やかな、どこか嬉しそうな表情でこちらを見ている。

私は歩み寄り、声をかけた。

 

「育。私の勘違いでなければ、この調整……運営の『意思』を感じるんだけど。これはわざと?」


 育は一瞬、表情を固めた。そして顔に手を当て、申し訳なさそうに視線を落とす。

「あー……はい。それについては、本当に申し訳ありません」

彼は手をぎゅっと握りしめた。


「このイベントも私だけでやっているわけではないので……全てを任せることはできそうにないのです。

 ただ――だからこそ成長型ボスという案を通しました」


大人の事情ってやつか。

 ……いろいろあんだな。


「まあ、いいわ。確認したかっただけだから」


「はい」

育はにこりと微笑むと、そのまま元の位置に戻った。


正直、誰かに操られてるみたいで不快だ。

でも――まあ、今更か。

別に運営になりたいわけじゃないし。


今回は収穫もあった。

あいつらのプレイヤーとしての癖も見れたし、自分の糸を使った戦い方も確立できた。


  ◇◇◇

 

蜘蛛のターン


 指の動きと一緒に、糸がくるくると回る。

「蜘蛛糸……」

なんか他にいいアイデアないかな。

 

「あーもうあかん!どこから来るかわからんくなると、厄介やわ」


 そりゃそうだ。でも出せるのはこの球だけ。

 どこから来るか分からなければ強い。

 でもどこから出せるって訳でも……ん?

 

「きた」

  ◇◇◇

 

あー、すっきり満足だわ。やっぱり私って天才か?


私はニマニマしながら、向こうでがやがやと騒ぐ固まりを遠くから眺めた。

 

ああ。すごく……すごく次のイベントが楽しみだ。


そう考えていると、肩をつんつんとつつかれた。


ん?

振り返るとそこにいたのは蛇だった。


彼は私の顔を覗き込むようにして、何かを値踏みするような視線を、じっと向けてきた。飄々としていながらも、周囲を異常に警戒している。

 

「蜘蛛、ちょいこっち」


蛇は物陰まで小走りで行くと、こちらに手招きをした。


「なんの用?」

なんか、怖いんだけど……


私は仕方なく、招かれるまま、私は物陰へと移動する。


蛇は注意深く周囲を確認し、

「耳貸して」


私は頭を下げ、蛇は無駄に長いまつ毛を下げ、手を添える。


「なによ」

 

そのせいで、その時の顔が分からなかった。


 


「蜘蛛ってさ……



もしかして、てるてる?」




 

 …………………………………………。




…………やっぱこいつ嫌い

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