第二十一話
「りんー!お願い!宿題見せて!」
……仕方ないなぁ
「尾川!これあいつに渡してくれ」
はい。先生
「おい、生徒会書記。仕事だ」
会長たらそんな言い方しなくても
「それでもやってくれるだろ?あーほんと――」
――尾川凛はいいやつだな!
クラス委員長で生徒会書記。校則は一切破らず勉強熱心。皆に優しく、清潔で綺麗な人。
ああ、なんて理想的な優等生なんだろうか。
でも、でも違う。本当の、私は……
(そんな良い奴じゃない!!!)
それをにこりと笑い、表に出さない。これが当たり前になったのはいつだっただろうか。
今でも忘れられない出来事が保育園の時に起きた。
その時の私は正真正銘
クソガキだった。
年中、走り回り、大人にイタズラを仕掛けて回る。
道のあちこちに落書き、お店の商品で遊んだり、押せるボタンを押しまくる。大人に覚えたての悪口を言い放ち、怒られそうになると走って逃げた。
それでも大人は私を愛してくれた。子供だからと甘やかしてくれた。そして私はそれを当たり前だと思っていた。
ある日、遠い町から1人の男の子が園にやってきた。
私の全てを変えたのがこいつ。
こいつはニコニコして大人に媚びをうるようなやつで、
私は何故か、それがものすごく癪に触った。
だから私は初めから絡んだ。
「おいお前、そのおもちゃ、りんのなんだけど?」
偉そうに上から目線で言ったのを今でも覚えている。
しかしこいつは私にも媚びを売ってきた。
「あ、ごめん!どうぞ!」
そう言って素直におもちゃを私に差し出した。
「何なのあいつ、きもちわるー!ぜったいばけのかわはがしてやる!」
そう思った私はあいつに様々なイタズラをした。内容は思い出せないが、大人に止められるようなものもあった気がする。
今思えば、ばかだったなって。
でも幼い私にそんなこと分からなかった。
しかし、やつが来てから数ヶ月のことだった。私はまたあいつに絡んでいた。その時は大人は周りにおらず、私たち二人しかいなかった。
「ねぇ、なんでりんちゃんはぼくをいじめるの?」
あいつは、初めて笑顔を崩し、真剣にそう問いかけた。
こいつが表情を変えたことに動揺した。
しかし同時にようやく嫌がらせが成功したのだと喜んだ。
「はぁ?そんなのあんたが気に食わないからに決まってるでしょ?」
それでも変わらずそう答えた。
「そう……」
やつは下を向き、表情を見せなかった。
落ち込んだか、ようやく!当時はそう思った。
しかしその次の行動は予測できなかった。
「それがどれだけ危ないか、教えてあげるよ」
やつはそういい、手を伸ばして近くにあった壺を倒し、割ってしまった。しかもその壺は園を象徴する大切な壺だった。その時何故か近くにあった壺をやつはためらいもなく割ってしまったのだ。
「な、なにしてんの!」
私は理解ができなかった。こいつは何をしている?
そう固まっていた私を横目にやつはサッと壺から離れ、床にペタンと座り泣き始めた。
「え……?」
しかしその理由はすぐにわかった。
「何があったの?」
壺の割れた大きい音と、泣き声に気がついた先生が走ってきた。
そしてこの状況を見て、先生は怖い顔を私に向けた
「りんちゃん、やりすぎよ」
なっ、
当時の衝撃は忘れられない。こいつがやったのに、私が疑われる理由が全くわからなかった。
「りんじゃない!こいつがやったの!!」
「とにかく、今回の件はお母さんに話しますからね」
「りんじゃないのって!」
しかし、先生は困ったような目で私を見た。
理解できない。そんな私ができることは暴れることしか無かった。
「りんじゃないもんーー!!うわあああん」
その後帰りの時間近くにお母さんが来た。
「凛、謝りなさい」
そう、静かに言われた。
涙が溢れて仕方なかった。
「お母さん、ほんとにりんじゃないの。りんやってないの。あいつがやったの」
ぽろぽろと涙を零し、暴れたいのを我慢してお母さんに伝えた。しかしその後お母さんに言われたのは
「……君はそんな事しないでしょ?ね?」
「うん。りんちゃんのせいだ」
「ほらりんちゃん」
その時先生は本当に困ったようにこちらを見た。
完全に私が悪いと思っているようだった。
ああ、りんはなにがちがった……?
「じゃあね。……君」
あいつの名前が呼ばれた。お母さんになだめられていた私は顔を上げ、その方向を見た。
自分の親の後ろに隠れて、あいつは笑っていた。媚びを売る笑顔ではない。
イタズラを成功させて喜ぶクソガキの笑いだった。
あいつと、りんは何が違う?
りんの方が先生も、お母さんも、ほかの大人も長い時間過ごしたのに、なんでみんなあいつを信じた?
「ああ、いいこだったからか」
そういえば、大人はみんないい子がいいと言っていたな。
大人に信じてもらうには、いいこでいなくちゃいけないんだ。
あいつはまた引越しをし、この保育園、街から居なくなった。
そうして私の、いいこの仮面をつける日々が始まった。
無意識にいい子であることを徹底し、悪い子であると言われる行動は必ず避けた。
小学生に上がると勉強に打ち込み、委員に立候補。イベント事に打ち込み、色んな人に優等生と褒められた。
その度に嬉しかった。だってこの褒められている瞬間も、暴れたくて仕方の無い悪い子が頭の中にいるのを隠せているのだから。
外にも家にも、本音を吐き出せるところなんてなかった。本音を出すという思考にすら届かなかった。
中学になった頃には、完璧に悪い子を隠し、忘れていた。その時あるのはどうしようもないもやもやのストレス。
そうして私が壊れたのは、中3の受験のときだったか。
本音を隠すストレスと、受験のプレッシャーが重なり、私は固まってしまった。
脳が止まり、考えるのをやめた。
それでも顔には、いい子の笑顔が貼り付いている。
そんな様子を発見したのはお母さんだった。
「凛、ゲームしましょう」
お母さんは昔から不器用だった。言葉は最小限。仕事はできるが、誰かに愛情を与えることが苦手だった。
そんなお母さんが予想外の提案をしてきた。
こんなこと初めてだから、その衝撃が脳を動かした。
しかし、私がその次に放った言葉は、
「でも、それは悪い子がすることでしょう?」
その顔に一筋の涙がこぼれた。
もう、限界だった。
しかしその涙でも溶かせない、笑顔の仮面が外れなかった。
お母さんはそのクールな表情を初めて崩し、悔しそうな顔で私を不器用に抱きしめた。
「本当に、ダメな母親でごめんなさい。あなたにこんなに辛い思いをさせていたのね。いいの、ゲームぐらい、誰だってしていいのよ」
お母さんは一瞬私を離すと、カバンの中をゴソゴソとし、大きな箱を取り出す。
「それって……」
「そう。VRゲーム。これの、確か、ルナリス・オンライン?ってやつかしら。今度発売らしいのだけど、その先行体験に応募したら、お母さん選ばれちゃったのよ」
「え、いつの間に……」
「凛、あなたがやりなさい」
私は思わずお母さんの目を見る。
「で、でも……」
「いいの。私がやっても何にもならないわ。VRMMOってやつらしいわ。
これなら、あなたの……好きなようにできるんじゃないかしら」
「私の…好きなように……?」
今まで隠してきた悪い子を出してもいい?
「ごめんなさい。外でも好きなようにやってと言うべきなのに、将来のためにもいい子を続けて欲しいなんて……。本当にダメな母親ね」
「いいのお母さん。」
私は思わずゲームの箱を抱きしめる。
「ありがとう。私やってみる」
――
そうして今に至ると。
高校合格し、無事優等生をやっていけているのはルナリス・オンラインでストレス発散しているからなのだ!
あのゲームがあるから私はいい子でいられるの!
……今のところはね!
そういえば、あの野郎の名前が一切思い出せない。
保育園の頃だから仕方ないかもだけど……
まじでなんだっけ?
「……おい、おい!手が止まってるぞ書記」
「あ、すみません会長」
後ろから怒鳴られ、現実に戻ってくる。
あ、今生徒会の仕事中なんだった。
しかし相変わらず偉そうな人だ。優等生は静かに仕事こなせってかい。
まあまあ嫌な先輩がいても、ルナオンさえあれば余裕余裕。
私は本棚から書類を取り、机に戻り、
ボールペンを握って、仕事を始める。
「先輩はゲームしないんですか?」
ビクッ
え?な、なな
「あ、私に聞いてた?」
「はい!りん先輩に!」
なんてタイムリーな……
今年入った会計の子か。机の反対側に座り、両手で頬杖をつき、私の作業をじっと見ていた。
しかし、その質問は心臓にくる。
「やってないよ?そんな余裕もないしね」
「そんなぁ。先輩もやりましょうよルナオン!」
うっ、言えるわけないじゃん、
私実はてるてるなんだー!なんて……
「あ、あはは。それってそんなにいいんだぁ」
そうピンポイントで……来るか。ルナオンは人気だし。
「お、会計もルナオンやってんのか」
「会長も?!」
「当たり前だ」
気まじすぎん?
「この間のイベント良くなかったですか?」
ビクビクッ
や、まず。
「あーあの【??ボスイベント】ってやつな」
「ステージとか、デザイン凝ってて見ちゃ良かったです!何よりボスがまじで生きてるみたいでした!」
あ!それ実は私ですぅ
これも言えるわけないんだわ。
「俺はナイト・ホクロウのとこに行ったんだが、1回しか会えなくて他はずっとステージ彷徨ってたわ」
フクロウのとこか。確かにあのステージは運要素があったなぁ
「僕は幻翼のクロヅルのとこに行きました!もう綺麗すぎて……コソッと雲の盛り上がったとこに隠れてずっと見てましたもん」
ツルも良かったね。ルナオンスタッフの渾身のデザインって感じがした。
気づいたら、私は会話から締め出され、ふたりはルナオンの話で盛り上がった。私はそれで助かるけどね。
そっち側の人間が会話に入る訳にはいかんだろ。
しかし2人は会話の途中でピタッと止まる。
「?」
私は2人の方をチラリと見た。
「でも」「でも」
「「強すぎなんだよなぁ」」
ああ……はは、奇遇だなぁ
主語は聞こえなかったが、それが何を指すか、何となくわかる。
私は少し空虚な目になった。
そう感じているのはプレイヤーだけではないよ――
◇◇◇
??ボス会議室
今日はイベント後初めての集まりの日だ。育曰く今後どのようにするか話してくれるらしい。
ボスは全員揃った。
「ほらぁ。『ナイト・ホクロウ声が好き』
『ギミックすご』『姿マジでみたい』だってさぁ」
「はあ?俺だって、『ブラッドウルフカッコよすぎ』『狼のボスクオリティすご』『たまに抜けてるとこがい……』いやなんだこれ」
皆それぞれ自分の評判を、確認していた。
このイベントは成功した。それぞれのボスの感想も概ねいいものだった。だからこそ私たちにはわかっていた。
今一番の課題を。
「皆様お待たせ致しました」
育が慌てて中に入ってきた。走ってきたのか少し息切れしている。そしてどこか申し訳なさそうだ。
「えー、皆様もうご想像してらしていると思います。
プレイアブルボス、弱体化します!」
そらそうかーーーーー
※更新について※
ここまで毎日更新してきましたが、今後は作品の質を保つため、更新を不定期とさせていただきます。
これからも楽しんでいただけたら嬉しいです。




