第10話 戦いの後は、宴会と決まってる
「手馴れてるんですね……」
材料を刻む手を止めずにいると、隣からそんな声が聞こえた。
十六夜咲夜が、こちらをちらりと見ている。
「まあ……一応、喫茶店やってるからね」
そう答えながら、包丁を置く。
十六夜咲夜。
紅魔館に仕える、銀髪のメイド。
目立った動きはないのに、気づけばそこにいる――そんな人だ。
宴会が決まるや否や、魔理沙と霊夢は酒を調達しに人里へ。
レミリアとフランは、大広間で楽しそうに話し込んでいる。
あの二人が、並んで笑っているだけで少し安心した。
五人での話が終わった後、
かなり傷んでいた紅魔館を一通り直してから、こうして準備をしている。
「喫茶店、ですか?」
「うん。僕とハウラと……もう一人いるんだけど」
「三人で、ってやつね」
横で鍋の火加減を見ていたハウラが、当たり前みたいに続ける。
「ラプラスは、相変わらず帰ってこないけど」
「それはいつものことだろ」
苦笑すると、ハウラも肩をすくめた。
「ただいまー!!!!」
広間の方から、やたら元気な声。
「あ、帰ってきたな」
「……袋、全部お酒だよね、あれ」
「はは。まあ、宴会だしな」
ふと、ハウラがこちらを見上げてくる。
「……ねえ。私、参加してよかったの?」
少しだけ、遠慮が混じった声。
「もちろん。人里で色々やってくれてたしさ」
「レミリアたちも、分かってる」
「……なんか、変な感じ」
そう言いながらも、どこか嬉しそうだ。
それを見て、自然と笑ってしまう。
「奏さん、ハウラさんと話している時」
「少し、雰囲気が違いますね」
咲夜の言葉に、手が止まる。
「そうかな」
「ええ」
咲夜は微笑む。
「とても、穏やかです」
「……それは、どうも」
そう返すと、ハウラが小さく笑った。
その時だった。
厨房の入口から、赤い瞳が覗く。
「……あ」
フランだ。
扉の影に半分隠れたまま、こちらの様子を伺っていた。
「フラン?どうした?」
声を掛けると、フランは一瞬躊躇った後、そろりと厨房へ入ってきた。
「……いい匂い」
「僕たち特製のご飯だからね」
フランは僕の手元を、じっと見つめている。
包丁が動く度、視線が追っているのがわかった。
「手……凄い」
「慣れだからね」
そう言うと、フランは小さく頷いた。
そして、少し距離を詰めてくる。
「ここ……いてもいい?」
「もちろん」
答えた瞬間、フランの表情がぱっと明るくなった。
そのまま僕の横。ーーー正確には僕に近い位置に立つ。
袖が触れる。
ハウラは、その様子を横目で見ていた。
一瞬、何か言いたげな顔をしてから、何も言わずに鍋へ視線を戻す。
「フラン、お腹空いた?」
「……うん」
小さく、でも正直な返事。
「じゃあ、味見して見よっか」
鍋のスープを皿に掬って差し出す。
フランは目を輝かせた。
「いいの?」
「もちろん、熱いから気を付けてね」
皿を受け取った時、一瞬指先が触れた。
フランはそれに気づき、少しだけ耳を赤くする。
「……おいしい」
「それは良かった」
フランはその皿を持ったまま、その場を動かない。
そして、ぽつりと呟いた。
「奏のところ……おちつく」
「そうか?」
フランが僕の隣で落ち着いて立っているのを見て、
ハウラは鍋を混ぜる手を、ほんの一瞬だけ止めた。
「……ふーん」
声は軽い。
が、目だけはこちらをしっかりと見つめていた。
「奏、人気者だね」
「そうかな?」
「そうだよ」
ハウラは鍋から目を離さずに言う。
「さっきからずっと、フランちゃん離れないし」
「嫌だった?」
そう聞くと、ハウラは一瞬だげ言葉を詰まらせる。
「……嫌って言うか」
1度息を吐き、続けた。
「取られる感じがしないから、余計に複雑」
「取られないよ」
即答。
ハウラはこちらをちらっと見る。
「……即答すぎ」
「事実だからね」
ハウラは小さく笑った。
「ほんと、ずるいよね」
「何が」
「そうやって、誰の好意も否定しないところ」
フランは、不安そうにハウラを見た。
「……私邪魔だった?……」
「ううん」
ハウラは屈んで、フランと目線を合わせる。
「好きな人のそばいにる事は、悪いことじゃないよ。」
「……ほんと?」
「ほんと」
そう言って、僕の方をちらっと見た。
「ね?」
「ああ」
フランは安心したように頷き、再び僕の袖を掴んだ。
その様子を見て、ハウラは肩をすくめる。
「……まぁいっか」
「……いいのか?」
「だって」
ハウラは少しだけ照れたように笑う。
「最後に帰ってくるのは、私たちのところだって知ってるから。」
ふと胸の奥が、温かくなったのがわかった。
「……ありがとな」
「はいはい。感謝は後で」
ハウラは立ち直し、鍋に向き直った。
「ほら、宴会始まるよ」
「だな」
厨房の空気が、少し柔らかくなった気がした。
「うっそ……でしょ…」
「本気……なんだぜ」
霊夢と魔理沙は運ばれてくる料理を見て、目を丸くした。
香ばしい匂いに、立ち煙る湯気。
肉料理、魚料理、そして鍋。
色鮮やかな前菜に、甘い匂いのデザート。
「宴会だからね。張り切ったよ」
「喫茶店店主のガチ料理フルコースなんだぜ……。」
僕とハウラ、そして咲夜で手分けして料理を運んでいく。
テーブルが埋まっていく度に、広間の空気が自然と高揚していった。
フランは僕の後ろをちょこちょことついてきており、
皿を置くたびに楽しそうに覗き込む。
「……これ、全部食べていいの?」
「ちゃんと分け合ってな」
フランは小さく頷く。
最後の料理が置かれたところで、
高く掲げられた席から、レミリアは立ち上がった。
手には赤い液体が入ったグラス。
その姿に、自然とざわめきが静まる。
「……さて」
レミリアはゆっくりと、広間を見渡す。
霊夢に魔理沙。
パチュリーと小悪魔。
咲夜。
僕とハウラ。
そして、フラン。
一人一人を確かめるように。
「……色々あったわ。」
短い一言、だが重見のある一言。
「でも、今夜は難しい話は抜きにしましょう。」
レミリアはふっと笑った。
「ーーー宴会よ」
杯を高く掲げる。
「フランがここにいること」
「紅魔館で、また皆が楽しく笑えること」
そして、
「新たな縁に」
「乾杯!」
「「「「「乾杯!!!!」」」」」
声が重なり、杯が鳴る
鳴り響く、グラスの音と共に長い夜が動き出した。




