表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
継ぎ接ぎ因果の軌跡律  作者: 紺ちゃん
序章:与太物語 ─Silly's Story─
2/3

一話 誅罰(2)

 ︎︎これが最初で最後の惨劇であってほしいと、どれほど願ったことか。しかし、そんな苦しい日々は毎日続いた。あくる日は村人が捕まえたであろう悪魔の化身を私に手渡し、それを生きたまま腹を裂き、臓物を抜き出し、それを澄んだ水で清めて、再び皮の中に詰めて火で燃やす。その地獄を、ある時軍人の与太話で聞かされた拷問の一種のように、囚人に一日中スコップで大きな穴を作らせては、また埋めさせ、再度大きな穴を作らせる。そんな目的のない作業をおよそ二ヶ月、毎日やらされました。

 ︎︎気が狂いそうだった。限界かと思った。しかし、神の御前を掃いていないとか、神像を綺麗に拭いていないとか、日々の雑務を思い起こすたびに、私にはまだ、生きる価値があると感じました。それでも、目的の無い作業の後に血と油を洗い落としていると「これで本当に良いのか?」という邪険の念に駆られ、夜な夜な変な夢に苦しまれるようになった。


 ︎︎週に一、二度の頻度で、得体の知れない少女らを連れてきて、四肢をいくらかバラバラにして、死なない程度に痛めつけ、最後は長く苦しませるために足元から焼き尽くす。不幸中の幸い──とでも言いましょうか。その犠牲者たちは必ず喉元を潰されているので、死に際の恨み言を聞くことはなかった。彼女らは私に慈悲を乞う表情をしていたが、もはやどうでも良いと思った。心の中では「助けてあげたい」と叫んでいたが、彼らの不気味の笑顔が脳裏によぎると、明日は我が身と襲われる気がして、気が気でなかった。この時点で私は、過去のような高潔な巫女ではない、薄汚れた、死を恐れる操り人形になったのだと思いました。


 ︎︎もう限界かと思った。神様に背徳しているような気分だった。それでも日々の雑務が、私に生きる価値を見いださせ、明日も生きなければと正当化していた。それと同時に、まだ死にたくないという未練が脳裏にこびりついていた。

 ︎︎その夜も、犠牲者が眠る墓を眺めながら、縁側の手すりに身をあずけて泣きよどんでいた。この涙は彼女たちのものであり、恐怖に縛られて逆らえなかった自分の不甲斐なさを嘆く涙でもあった。


 そうして胸がいやに高鳴っていると、ギィ、ギィ……と床板が軋む音が聞こえた。誰かが神社の中を歩いている音だ。足音は遠慮がちに近づいてくる。

「……なんだ……盗人か?」

 今の時間帯では参拝などできないことは周知の事実である。しかも許可なしに屋内に入ってくるのは、度の外れた無礼者か盗人しかいない。

 ︎︎ 私は寝室にある薙刀を手に取り、その物音の主を探った。ギィ、ギィ……だんだんこちらに近づいてくる。よし、扉のすぐそばまで来たら奇襲をかけよう。そう思った矢先、その盗人があっさりと目の前に来たので、薙刀をそいつの目と鼻の先まで振り下ろすふりを見せた。薙刀は床板に触れる寸前で空を切り、頬に風だけをかすめた。脅し──それが目的だった。


 ︎︎盗人の顔を見て私は驚いた。儀式の常連者である村人の一人だったのだ。いつも「悪魔の化身」とやらを運んでくる際に、後ろのほうでおどおどしていた内気な青年である。彼は目前に薙刀が飛んできたことに仰天したのか、声を出さずその場で尻もちをついた。痩せて骨と皮ばかりの体つきで、頬は蒼白に染まっている。私はそいつを睨みつけながら言った。

「ここで何をしている。今日の犠牲者の処罰はもう終わった。用がないならく失せろ」

 ︎︎怒りと疑念が交錯し、言葉がとげとげしくなる。彼は下を向きながら、ただ、震えていた。

「すいません、すいません……お許しください、お許しください……」


 その様子に私ははっとした。彼は恐怖で怯えているのではなく、私に対して謝っているのだ。背筋に嫌な予感が走る。何か後ろめたいことを強いられている人間の目をしていた。

「……なぜ謝る」声を落としてたずねる。

「俺は悪くない……俺は悪くない……ああ、そうだ。きっとそうだ。そうに違いない──」青年は涙を浮かべ、自分に言い聞かせるように同じ言葉を繰り返す。「俺は言われた通りにしただけだ……しただけ、しただけ……」

「おい、聞いておるのか──」


 言葉を続けようとした瞬間、後ろから気配を感じた。私は薙刀の柄を持って後ろに構えると、一本の刀がこちらめがけて振りかざされてきた。

 私はとっさに薙刀の柄でそれを受け止める。目の前には、もう一人の村人がいた。

「──おい、私に何の恨みがある?」


「恨みなどない。“あのお方”がお前を殺せと命じたのだ」


「ならば、そのお方は誰だ」


「言う義理はない。お前は黙って斬られれば良いのだ」


 ︎︎私が口を開きかけたそのとき、脇腹に鋭い痛みが走った。先ほどの青年が泣きじゃくりながら柳刃包丁やなぎばぼうちょうを突き立てたのだ。刺突には向かない薄刃が、無理やり肉を割って腹に潜り込む。その不器用な動きが、かえって本気であることを物語っていた。青年の頬を涙が伝い、歯を食いしばりながら、なおも刃を深くねじ込んでくる。裂かれた肉からは絶え間なく赤黒い血が溢れ出した。

「くッ……!」必死に彼を振り払う。しかし、青年は玉砕を覚悟に全体重を私の右足にかけていた。弱りきった私の膂力りょりょくでは、刀を持った男を抑えきれなかった。胸元を深々と切り裂かれ、床に崩れ落ちた。

「──どうやら、悪魔は、お前らのようだったな」吐き捨てるように呟いた。されど、声は震えていた。


 そのまま私はその場で倒れ込んだ。血を流しすぎたのか、目眩がする。辺りが暗くなったり明るくなったり、景色が右回転に回り始めたと思ったら左回転し始めるように、ただ、分からなかった。この状況がまるで理解できない。「なぜ」「どうして」「なぜ」「どうして」──そんな言葉が私の脳内を無秩序に埋めつくし、とても処理しきれない。呼吸も次第に浅くなっていく。


 ︎︎ぼんやりと見える景色の中で、ふと、あることに気がついた。刀を振りかざした巨漢の男が涙を流していた。

「すまない……。お前は、“あの方”に魅入られてしまったのだ。それと同時に俺達は、信じてしまったのだ……」


 ︎︎何を言っているのか、とうてい理解できなかった。こいつらは、なんだ、操られているのか?

「そして、お前は楽に死ぬことが出来ない。お前は利用されるのだ」そういうと、その巨漢は私の目をこじ開けると何かをし始めた。冷たい金属の縁が眼に食い込み、視界がどろりと歪んだ。駄目だ。脳に血が回らないせいで理解が追いつけない。やがて視界が闇に飲まれていく。闇に落ちていくその瞬間、誰かが遠くで嗚咽しているのが聞こえた。


 ︎︎人生とはこうもあっけないものかと感じた。今思えば、小さいころから恵まれない人生だった。母は私を出産した後に他界し、父がその数年後に戦死した。頼る後ろ盾がいないので、神社で巫女の雑用係として生きてきた。それでも、生き恥をかかないように毎日懸命に働いた。時折、生きるのが辛いと思い、死のうとも考えた。しかしそう思うたびに、亡き父の言葉が浮かび上がってしまう。

『いいか、あまね。いっぱい考えて、いっぱい思うことで見いだした答えは正しいんだ。たとえ、それが望まない道だったとしても、お前は進まなきゃいけないんだ』

 ︎︎まるで、父がそこにいるような気がした。その与太言葉は、日々の苦しい生活を忘れさせる言葉だった。

 拙劣な言葉遣いで、自己中心的な態度。私の忌み嫌う人間の鏡のような存在のはずなのに、その妙に説得力のある言霊が、絶望の因果を断ち切るように、彼の行動はすべて正しい方向へ進んでいた。今となっては顔を拝むことさえできないが、ようやく父と母のもとへ迎えられる。もう苦しまなくてもよいのだと、そう思った。


 ︎︎──だが、私は神様にも見放されていたらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ