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 ――なにこの可愛い生き物。

 ソファーの肘掛けに身体を押し付け、ふるふると小さく震えている男は、あの荒くれ者揃いの第四騎士団で氷晶の閃光と言われて怖れられているセシル・ベルトランとも思えない。


「ねえ、それじゃ狭いでしょう? もっと近くに……」


 こっちにいらっしゃいよ、と彼の袖を引けば、バッと勢いよく払われた。過敏な反応に驚いた私に、彼はすぐに顔色を悪くして頭を下げる。いや、この場合は無許可で触れた私が一方的に悪い。反省してこちらもすぐに謝罪を示す。


「いきなり触ってごめんなさいね」

「おっ、俺こそ申し訳ありません。少し、驚いてしまっただけで、不愉快だったわけでは、決して……しかし、あの、あまり気軽に触れないでいただけると、その」

「あら」


 手を引けば、少し安心したような顔でセシルは身体を真っ直ぐ起こした。

 演技でこのような愛らしい顔が出来るものだろうか。まだ捨てきれていなかったらしいほんのり淡い希望が顔を出す。しかし、私はそれをすぐに受け入れることが出来なかった。

 問題は彼の今までの頑なな態度だけではない。私自身の消せない過去が、セシルを信じたいという気持ちを邪魔していた。傷物と言われ忌避されていた私を、むしろ神聖なもののように思っていると言われても、むしろどうしてそんな考えに至ったの? という新たな疑問が湧くばかりだ。


「まさか、私が貴方を嫌っていると思われていたとは……それどころか、真実とは真逆の認識でおられたとは思っていませんでした」

「でも、今まであなたからは避けるような態度を取られていたのよ? これまで私がどう扱われていたのかを考えれば、当然汚らわしいと思われていて、嫌われているって考えるのが自然だと思うの」

 

 そう告げればセシルは真剣な顔になる。卑怯だと自覚しながらも、このすれ違いに関して私に非はないはず、とアピールしてしまっていた。そんな臆病な私に、セシルは真摯な態度を見せた。

 

「私の行動がそのように受け止められる可能性があるとは想像していませんでした。貴方を傷つけるつもりはなかったのです。本当に、申し訳ありません」


 深く頭を垂れたセシルは、また祈るように胸に手を当てる。


「レディ・ミア。私は、心から貴方のことを心からお慕いしております」


 その言葉が本当なら、どんなに嬉しいだろう。

 もう誰からも求められることなどないと思い込んで生きてきた私を、愛してくれる人がいる。

 ――でも。

 頭の中で誰かが笑う。言うだけなら、いくらでも綺麗なことが言える、嘘は吐けるのだと毒を吐く。

 私は、同情するような顔と言葉の裏で、嘲っているような人たちを多く知っていた。清廉なる騎士である彼がそれらと同類と信じているわけではないが、でも、セシルの言葉を素直に受け入れられるくらいの強い心は、持ち合わせていなかったようだ。

 無言の私に対してセシルはなおも真剣に訴える。


「ならば、どうすれば信じていただけますか?」


 セシルの目は真剣そのもので、もうそれだけで彼の言葉は信用するに足るのでは? と気持ちが揺らぐ。しかし、これまで汚いものを見るような目で見られることの多かった私にとって、年頃の男性、しかも相手をしてくれそうなのが私しかないというわけでもない、むしろモテ男であろう人が、わざわざこんなのを相手にする? という思いを抱くのは私だけではないはずだ。


「そうね、例えば」


 本当に私が好きだというのなら。

 汚れた女だと思っていないというのなら。

 ――こんな私のことを、清らかな女だと言ってくれている人に対して、なんで意地悪なのかしらね。

 自分の底意地の悪さにげんなりしながらも、顔だけは笑顔を取り繕う。


「先ほどの言葉を言いながら、私のこと、抱きしめてくださる?」

 ――好きだと言って、抱き締めてくれたら。


 そうねだれば、彼は露骨に狼狽えた。

 

「それは……」

「出来るの? 出来ないの?」

「……っ、出来……」


 セシルはそのまま、私から視線を逸らして黙り込んでしまった。

 なおも赤いその横顔を、不思議な気持ちで眺める。

 ――不快で触れたくないのなら、もっと引き攣ったり青くなったりするもの、よね……

 じっと見られているのに耐えきれなくなったのか、セシルはぽつりと呟く。


「……この距離でも心臓に悪いというのに……抱き締める、というのは、その、少々難易度が、高く……」


 ――もしかして、馬車でのアレも今と同じような意味だったわけ?

 馬車の中で視線も合わせず、私から最大限距離を取るような位置で無表情に座っていたのは、嫌われているからだと思い込んでいた。しかし、あの態度がそういう意味ではなかったと言われると、妙な気持ちになってくる。目の前の旦那さまは、騎士団で鍛えられた筋肉質な体躯をしているはずなのに、なぜか今は小動物のような印象しかない。

 ――本当に、彼を信じて良いのかしら。

 また口を閉ざしてしまったセシルは、もう軽く5分は黙り込んでいる。

 ――じゃあ、あの時も……?

 私は、彼から結婚を申し込まれた日のことを思い出していた。

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