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結局、夜会の場でもセシルはいつもと変わらなかった。
そう思っていたのだけども、その夜突然、かつ初めて私の部屋を尋ねてきた彼を前に、どうしたらいいのわからなくなった私は、ひたすら困惑していた。
「貴方は、私を誤解しておられるようです」
「ええと、誤解って、なにを?」
もう夜着に着替えているような時間帯に突然男性に来訪されたことに動揺はしたが、夫だと考えれば問題はない。そして、この家の主である彼を廊下に立たせたままというわけにもいかない。
私はセシルを部屋に通し、ソファーへ腰を下ろした。だが彼は入室したきり戸口近くで立ち尽くし、何度促しても頑なに座ろうとしなかった。彼を座らせることを諦めた私は腕を組む。
――にしても、誤解ってなんのことよ。
功績によって爵位を得た平民出身の第四騎士団の若き副団長。
そして、傷物と言われて行き遅れ、かつ結婚なんて諦めていた年増に求婚してきた人。
冷たく見える外見と対応ではあるが、古くからの仲間たちを今も使用人として雇っている、実は情に厚い人。
彼について私が知っていることはそれくらいだ。あとの彼に関する情報と言えば、噂の域を出ないものばかり。なにせ彼は、結婚して以降私に対して口を開こうともしなかったのだから、本人について話を聞く機会なんてなかった。
「安心して? 変な誤解なんてしてないと思うわ。セシルが私を好いてないことは理解しているもの」
せっかく話す気になってくれたのなら、この機会に思っていたことを全部言ってしまいましょうか。
私は勢い込んで話し出す。
「好いていない……?」
「あら、ごめんなさい。嫌味に聞こえた? 私、それを責めるつもりはないのよ」
私の言葉を、彼は少し呆然としたように繰り返した。
ソファーに腰掛けている私に対して、セシルは未だずっと立ったままだ。この位置関係からして、どう見たって好かれてはいない。私の近くになど座りたくないという意思表示だろう。彼の私に対する態度は、無関心ではなくて拒絶に近い。結婚してからずっとそうだ。今この瞬間も、まるでこちらに近付くことを拒むように距離を保ったままだ。どう見たって、好かれているとは思えなかった。
「あなたが私と結婚という契約をしてくれただけで、両親は安心してくれたわ。ずっとそういう形での恩返しなんて出来ないと思っていたから、もう十分なの。ここでの生活も快適で満足しているしね。なにも文句なんてないわ。だからあなたは、無理しないで良いのよ? なにか必要があって私に婚姻を申し込んでくれたんでしょう? それについて詮索するつもりもないし、もしも本当は愛する人がいるって言うのなら、その人と好きなように過ごしてくれて構わないとも本気で思ってるんだから。もし希望があるのなら、彼女をこのお屋敷にお招きしても良いわよ。お邪魔なら私は別の所で生活するし。セシルと愛する人との間に子供が出来た時には身を引けというのなら、それも受け入れられる。両親だって、私と一時でも結婚してくれたあなたを責めはしないわ。2人が望むのなら、その子を養子にしても良――」
「……貴方は、私を誤解しています」
低い声に遮られて、私はぴたりと口を閉じた。
――なにか間違ったことを言ったかしら。
どこか怒っているようにも見えるセシルを見て、私は首を傾げる。しばらく真剣に悩んだ結果、
――ああ! なるほど。彼の恋愛対象は女性ではなくて――
「なるほど……そういうことだったのね?」
ポン、と手を打てば、彼は額を押さえて深い溜息を吐く。
「貴方の考えたことはだいたい想像がつきます。言っておきますが、私の恋愛対象は女性ですよ」
「あ、そうなの?」
「ええ」
がっかりしたように肩を落としたセシルは、また大きな溜息を吐いた。そんな彼に、私は小さく首をすくめる。
「……ごめんなさい。あなたが言っていた誤解って、いったい何のこと? まったく想像できないんだけど」
座っている私を冷たい表情で見下ろした彼は、しばらくそのままじっと見つめてきた。
――なにか、叱責されるのかしら。
静かに怒りを燃やしているような顔を黙って見返すと、ゆっくりと歩み寄ってきたセシルは目の前に膝をついてきた。