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「わーい! じゃあすぐに持ってくるね!」


 ぱたぱたと厨房へ駆け戻っていくふたりの嬉しそうな背中を見送る。

 戻ってきた彼らの手にあったのは、ほぼ私と同じメニューのプレートが3つと、サンドウィッチの乗っているお皿が1つ、あとは飲み物の入ったカップが4つ。

 それぞれが慣れた様子で定位置らしい席につくと、トレフ以外の前にはそれぞれプレートが、サンドウィッチのお皿は全員が手を伸ばせる場所、テーブルの中央付近に据えられた。


「トレフの分は?」

「トレフさんは、朝食べないんだよ」

「……そうなの」


 朝からしっかり食べなければ動けないのでは? と思わなくもないけれど、起き抜けに食事が出来ないタイプの人がいるのも知っている。食事は無理強いされるものでもないから、あえてなにも言わない。

 いただきます、と声を揃えた彼らは、それぞれのペースで――と言っても、私よりはかなり早いスピードで食事を口に運んでいく。彼らのスプーンやフォークがカチャカチャと奏でる音に、実家の食事はこんなに賑やかではなかったわね、と懐かしい気持ちになる。


「んふふ」


 目玉焼きをフォークに突き刺したウルは満面の笑みを浮かべている。


「朝からご機嫌ね?」


 先ほどから嬉しそうに軽く身体を揺らしている彼に聞けば、弾んだ声が返ってくる。


「みんなでごはん、楽しいなぁって思って!」

「そうね。楽しいわね」


 私も同じ気持ちを口にする。普段はヘルタと二人きり、穏やかではあるけれど静かな朝食。こんな風に笑い声とともに囲む食卓は、ずいぶん久しぶりな気がする。

 私の視線が別の場所に向けられていたせいか、ふと見ればセシルの前のお皿は綺麗に空になっていた。食べ終えたらしい彼はと椅子を静かに引き、立ち上がる。


「それでは、私はそろそろ出ますので」


 丁寧に頭を下げてくる彼に対して、自然に「いってらっしゃい」と言えば、彼の動きがぴたりと止まった。続けて、驚いたような顔を向けてくる。

 ――そんなに驚くようなことかしら?

 出掛ける家族にこのような挨拶をするのは、当たり前のことではないだろうか。玄関先で主人を見送るために立ち上がるトレフとヘルタに合わせて、私も、と立ち上がろうとするが「貴方は、そのままで」と止められてしまった。浮かせかけた腰を下ろしたものの、なんだか私だけ除け者扱いされているみたいで少し寂しくなる。

 小さく溜息を吐きつつしっかり座り直したところで、フォークを口から外したウルが話しかけてきた。


「ボクとピッケさんもまだ食べ終わってないから、お見送りはしないよ」

「……そう?」

「奥様はどうぞ、お食事を続けてください」


 トレフからもそう促され、私は一旦置いたフォークを静かに持ち直す。ふとセシルに話さなければいけないことがあったのを思い出し、顔を扉の方へ向け、まだそこに姿があるのを確認して口を開く。


「あ、セシル。ちょっと待って」

「はい」


 食堂から出ていくところだった彼は、しっかり振り返ってくれる。


「今日、夕食の前でも後でも良いから、少しお話する時間取ってもらえるかしら?」

「お話、ですか?」

「そう、お話。多分、そんなに時間は取らせないわ」


 言い方が悪かったのか、彼にとって都合の悪い話をされるとでも思ったらしいセシルの表情が、ほんの一瞬曇る。


「……わかりました」

「悪い話じゃないわよ? 多分」


 付け加えれば、短く会釈をした彼は部屋を出ていった。足音が完全に聞こえなくなってから、大きな口を開けてサンドウィッチを頬張っているピッケとウルに尋ねる。


「ねえ、セシルについてちょっと聞きたいんだけど」

「本人に直接聞けば良いじゃないですか。会話、大事っすよ?」

「うん、わかってるんだけど、ちょっとだけ気になることがあるのよ。本人に直接聞くと、かえって気にしてしまうのではないかと思って」

「なぁに? ボクで答えられることなら、教えてあげられるよ」


 プチトマトを口に放り込みながらウルが言ってくれるから、私は昨晩気になったことを尋ねてみることにした。


「昨日、セシルが自分のこと『俺』って言ってたみたいなのよね。彼、いつもは『私』って言ってると思うんだけど……もしかして、素の一人称はあっちなのかしら」

「そだよ」


 あっさり答えたウルは「『私』っていうのは、お仕事のちゃんとしてる時とか、目上の人に話す時とかかなあ」と続ける。


「やっぱりそうなのね」


 なにやらもやっとして、両手で紅茶の入っているカップを包み込む。


「なんで気になったんすか?」


 ピッケは、無意識に俯いてしまっていた私の顔を覗くような姿勢で聞いてくる。


「うーん……やっぱり彼、私に対して気負って話してるってことよね。私と話す時は、さっきも言ってたみたいにいつも『私』なんだもの。昨日も余裕なくなったみたいな時だけ『俺』って言ってたから……いつも、私の前では無理してるんじゃないかしら」

「気にする必要ないですって」


 ピッケはまたサンドウィッチを一口で口の中に押し込む。もぐもぐ良く噛んで飲み込んでから、唇の端についたマヨネーズを指で拭う。


「好きな女の子の前なんだから、そりゃ格好も付けたくなるでしょうって」

「女の子って……私もう30だけど」

「いくつでも女の子で良いんですよ。いちいちそういうところに引っ掛からない引っ掛からない」


 私の言葉を、ピッケは軽く笑い飛ばしてくれる。そういうものなの? と釈然としない私に、彼はまた目を細めて、少し得意げなにんまりとした笑みを見せる。


「って言っても、ある程度の年齢になると自称女の子ってのも痛いっすけど――痛!!」


 静かに戻ってきたヘルタが持っていたお盆をピッケの頭にこつんと乗せた。


「奥様に対して、口の利き方がなっていませんよ」

「はあい、もうしわけありません」


 ぺこっと頭を下げはしたピッケだが、そこに反省している様子はない。私自身も気にしていないから構わないのだけど、やっぱりヘルタとトレフはあまり馴れ馴れしくするのを良しとしていないようにも見えた。

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