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 翌朝、いつもより少し早く目を覚ました私は、軽く身支度を整え、食堂へ向かった。食堂の扉をそっと開けると、ちょうどセシルが席についているところだった。今日はまだ出掛けていなかったらしい。


「おはよう、セシル」


 笑顔で声を掛ければ、彼は少し肩を揺らしてぎこちなく「……おはようございます」と返してきた。

 やっぱり、視線は合わない。私は、まだ不慣れ、もしくは反抗期の子供たちにやるように、彼の真横に立って「おはようございます」ともう一度声を出す。


「おっ、はようございます」


 今度は、ほんの一瞬だけど、彼の目が私を捉える。動揺したように彼の声は裏返る。


「ん、目が合ったわね」


 それだけで満足して、彼の向かいの席に座る。


「あれ、ミアさんおはようー。今日は早いね。オムレツ食べる?」

「おはよう、ウル。そうね、チーズ入ってるのをいただくわ」

「ちょっと待っててね。すぐ作ってくるから!」


 セシルの朝食用らしいサンドウィッチを持ってきたウルが、もう私が座っているのを見て目を丸くした。いつも通りの朝食をお願いすると、お皿をテーブルに置いた彼はぱたぱたと早足で厨房に戻っていった。

 正面のセシルはというと、落ち着かない手つきでナイフとフォークを持ったり置いたりしていて、その様子がなんだか微笑ましい。

 ――それ、一応置かれているだけで、サンドウィッチだけなら本来必要ないわよね?

 もしかして、セシルは私の朝食が運ばれてくるのを待ってくれているのだろうか。食べて良い、と口を開きかけたところに


「あら奥様、今日はお早いですね」


 食堂に入ってきたヘルタが、軽く膝を折って挨拶してきた。


「おはよう、ヘルタ」

「おはようございます」


 私よりも遅く食堂に顔を出したヘルタの手には、綺麗な花が活けられた花瓶がある。もう一仕事終わらせ、朝に摘んだ花を活けてきたようだ。色とりどりの花々が、食堂の空気をぱっと明るくする。

 穏やかな笑みを浮かべているヘルタはテーブル中央に花瓶を飾ると、すぐ厨房に向かい、お願いするよりも前にお気に入りの紅茶を淹れてきてくれた。湯気の立つカップを私の前に置いたあと、今度はセシルに向き直る。


「旦那さまも、奥様と同じものを召し上がります?」

「ん、ああ、うん」


 セシルは一瞬だけ私をちらりと見て、目が合うと慌てて自分の前の皿に視線を落とす。しどろもどろになっているセシルを眺めたヘルタは、私を見て「なにかやったんですか?」という顔をしてくる。

 ――なにもしてないわよ?

 そんな気持ちで小さく肩をすくめれば、きゅっと眉を寄せられた。あまり急激に距離を縮めようとするな、という意味かもしれない。


「ウル、おれも朝ごは――あれぇ奥様、おはようございます。今日は早いっすね」


 おなかすいた、と言いながら食堂に飛び込んできたピッケが、ぱっと表情を明るくして言った。朝から庭の手入れをしてきたようで、手がまだ濡れている。ヘルタに渡された布で手を拭っている彼に笑いかける。


「たまには私も早起きできるのよ。おはよう、ピッケ」

「おや……おはようございます、奥様」


 続いて入ってきたトレフにも意外そうな顔をされる。

 ――私、普段そんなに遅いのかしら。

 彼らの反応を見ると、そんなことを思ってしまう。


「トレフも、おはよう。良い朝ね」


 全員に挨拶を終えてからセシルを見れば、彼は目の前のサンドウィッチにはほとんど手を付けていなかった。


「セシル、食べないの?」

「いえ、いただきます」

 

 そう口では言うものの、セシルの手元の動きは鈍く、サンドウィッチを口に運んでは、小さく齧ってもそもそと咀嚼している。彼の食は遅々として進まない。こちら側で繰り広げられている会話に加わるでもなく、どこか落ち着かない様子だ。


「奥様」

「なに?」


 横から、ヘルタがひそひそと囁いてきた。


「少々見すぎかと思います」

「……え?」

「そんなにじっと見られたら、旦那様も召し上がりにくいかと思いますよ」


 小声の指摘に、私はようやく自分の視線がセシルばかりを追っていたことを自覚する。露骨に顔を背けてみると、視界の端でセシルの肩がわずかに下がり、安堵するように小さく息を吐いたのが見えた。無意識とはいえ、食事風景をずっと見られるなんて不躾な態度を取られたら……落ち着かないのは当然よね、と反省する。


「お待たせ―!」


 タイミングよくウルが私の朝食を載せたトレイを手に戻ってきた。いつも通り、ワンプレートでバランスの良い朝食。お皿の上には色鮮やかなサラダ、ふんわりとしたチーズ入りのオムレツ、香ばしい香りを漂わせる焼きたての小ぶりなパン、それからスープの入った小さなカップが添えられている。

 これくらいの量がちょうどいい。私の実家もそこまで贅沢ではなかったものの、朝からしっかりと肉やらなにかが並んでいることが多かった。貴族の朝食、あれはどう考えても食べすぎだと思うのだ。


「ピッケさんたちは今日は厨房で食べる?」


 すぐに用意するから待って、と言って厨房に戻ろうとするウルを止める。


「みんなでここで食べれば良いじゃない」

「え?」

「奥様それは――」


 いくらなんでも、と抵抗を示したトレフとヘルタに、私は笑顔を向ける。

 私の朝食の時間が遅いから、これまで彼らと食事の時間が被ることはなかった。ピッケの先ほどの様子からすれば、いつもはここでセシルと共に朝食を食べて、またそれぞれの仕事に戻るのだろう。


「あら。だってセシルの家族も同然ということは、私にとっても家族ということでしょ? だったら、食事を共にすることになんの問題もないわ」

「……旦那様」


 トレフが代表してセシルの答えを求める。私をじっと見ていたセシルは、視線が合うとまたしても慌てた様子で目を逸らした。


「レディ・ミアがそれを望まれるのなら」

「楽しくみんなで食べるの、好きよ」

「好っ……」


 私の言葉に、セシルがびくりと肩を揺らす。


「ああ、はい、みんなでの食事……そうですね。1人よりも、誰かと食べた方が……うん、みんなもここで一緒に食べていいんじゃないかな」


 彼のしどろもどろな許可が出るやいなや、ウルとピッケはぱっと顔を輝かせた。


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