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傷物と言われ、ずっと社交界から逃げていただけあって、私は男性とまともに接した経験がほとんどない。
子供の頃にどこかの素敵な方に初恋でもしていれば良かったのだけれど、そんなこともないままに15の頃婚約した。若さと家柄のバランスだけで決まった婚約中、処女性を重視されるこの国の慣例で他の男性と親しくすることなど許されていなかった。お相手は特に厳格な家風のお家だったから、誤解を招くことすらしてはいけない、と言われたら、それこそ夜会で異性と話すことにすら慎重になる。相手方に配慮した我が家では、婚約後に通う場所に教職員含めて全員女性といういわゆる女の園を選んだ。結果、輿入れの日まで、そしてその後の10年間でまともに会話した男性は、身内か、実家の使用人たちか、司祭様か、孤児院の子供たちだけという状況。そんな私にとっては、恋愛なんて遠い世界の話、本の中の物語と変わらなかった。
若い頃に家同士の付き合いで婚約した元婚約者には、恋をしていたわけではない。ただ、恋に憧れていた子供のような恋愛観のままあんな事件に巻き込まれ、噂に傷つけられ心を閉ざした私はそれ以来ずっと恋という感情から意図的に遠ざかっていた。
娘にとっては結婚が最大の幸せである、という信念の元、破談になってしまって両親も少し焦っていたのだろう。少し落ち着いてから再び社交界に顔をだすように促されたものの、私はそこで上手に振舞うことが出来なかった。決定的に男性に嫌悪を覚えるような経験はなかったとはいえ、男性に対しての苦手意識は生じた。高圧的な人や、許可もなく触ろうとしてくる男性が一時期は本当に苦手で、好奇に満ちた遠慮のない視線も、真偽のほどが確かではない噂も私の気を滅入らせた。結局、頑張ろうとしてみたものの社交界では頑張れず、でもなにもしないのも噂に負けたようで嫌だった。
――あの時、私を守ってくれた子がいたから、私は今もこうして笑えているのよね。
私が事件に巻き込まれた後もまともに生活できていたのは、あの時、同時期に攫われてきていた子たちのおかげだと思う。自分たちも怖かっただろうに、世間知らずのお嬢様だった私に、賊の怒りを買わないような振る舞い方をそっと教えてくれた。私にちょっかいを掛けようとしてきた男の前に立ち塞がって盾になってくれた子もいた。身を挺して、なんの縁もなかった私を守ろうとしてくれた。あの子の背中の温もりと震えを、私は今も忘れていない。
彼らがいなければ、私は完全に男性不信になっていたかもしれない。私を庇うように立ったあの小さくて華奢な背中が、どれだけ頼もしかったことか。もし、あの子たちがいなかったら、私は男性という存在そのもの、いや他人のすべてに心を閉ざし、恐怖を乗り越えることもできなかったかもしれない。今ここにいなかったかもしれない。
彼らがいてくれたから、私は人を信じるという希望を失わずに済んだ。周囲がゆっくりと回復を見守ってくれたおかげで、今では男性が隣に立っても拒否感を覚えることはない。現に、まだ子供のような見た目のウルだけでなく、ピッケともトレフとも……セシルとも普通に会話出来ている。
――あの子たちは、今、元気にしているのかしら。
私は、ぼんやりと彼らのことを思い出していた。
「なにはともあれ、セシルから愛されていることを自覚したなら、これから関係も変わっていくんじゃないですか?」
ドアに向かいながらピッケは明るい声を出す。
「いい方向に行くことを、皆楽しみにしてますよ」
「う……ん、そうね」
内緒話をするような調子の声に、曖昧に微笑んで返し、部屋のドアをそっと閉めた。木製のドアに背中を預けて、深く息を吐く。静かな部屋で、自分の心音が聞こえてくるような感覚に陥る。
これは、形だけの夫婦というつもりでの結婚ではなかった。セシルは、私自身を求めてくれていた。何故? という疑問は消えていないけれど、でも、こんな私でも本気で妻として求めてくれていたのなら、とても嬉しい。こんな私でも、傷を抱え、不器用で、まだ誰かを愛していると胸を張って言えない私でも、それでも妻にしたいと思ってくれたのなら――
セシルを拒む気持ちは、元々ない。ただ、私などが妻で申し訳ないと思っていただけで、そこに気持ちがあったというのなら、この関係はこれから良い方に代わっていくかもしれない。彼の言葉を思い出すと、心が柔らかくなっていく。これから彼をもっと知っていくうちに、もしかしたら恋という形であの人を好きになる日が待っているのかもしれない。それは、私にとって希望のように思えた。
拗らせている、とピッケはセシルのことを笑っていたけれど、でも私はそれを笑えない。ある意味、私だって拗らせているのだ。ついでに、私が普段接しているのは自分の感情に素直な孤児院の子供たちで、どうにも彼らを基準に考えてしまうところがあることにも気付いた。
――私こそ、改めてちゃんと、セシルとのことを考えなきゃ。……ね。
はぁ、と溜息を吐いた私は、グラスに残ったワインを一気にあおってベッドにもぐりこんだ。




