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 ちなみに、ウルがセシルの気持ちについて把握していたのは、先日の彼との会話を思い出せば明らかだ。

 当然のように初夜もなく、食事時に日に二回顔を合わせるだけで会話もゼロ、という状態に、これはもう完全に名前だけの妻で良いということよね? と勝手に納得しまくっていた私に、ウルは不思議そうな顔で尋ねてきた。


「ところで、セシルさんとはちゃんと夫婦してる?」

「夫婦してるってなに?」

 

 あれは、彼と一緒に孤児院に持って行くクッキーを作っていた時のこと。


「だから『夫婦』だよぉ。えーと、こっちの国の言葉ではなんて言えばいいかな? えーと……あっ、そうだ、跡継ぎ作り?」

「ぐふっ!」


 美少女にしか見えないあどけない顔から出る言葉とは思えず、私は思わずむせた。


「な、ななななにを言ってるの?!」

「そんなに変なこと言った? っていうか、え? してないの?」

「そういうことは、聞くものじゃありません!」


 なんで? と純真無垢な瞳で問われると更に言葉に詰まる。跡継ぎ作り、つまり子作りがなにを意味しているのかまったくわかっていないわけではないだろうけれど、行為自体をどこまで把握しているかも謎なのに変な反応をしては駄目な気がする、と平静を装うとする。いや、16ならばちゃんと理解しているような気はするんだけど。

 彼くらいの年からすれば、結婚すればそういう行為は当然のことで、赤ちゃんだって簡単に出来るものだと思っているのかもしれない。 世の中そう簡単なものではないのよ、と思いながら「なんで?」と重ねて無邪気に聞いてくるウルに渋い顔を向ける。


「なんでもかんでも! よ」


 しかしその態度から、私たちはいわゆる清らかな関係であるとウルは察したらしい。一気に顔色を悪くした彼は、私のエプロンを引っ張った。


「え、ミアさん、もしかしてセシルさんのこと嫌い? 本当は結婚なんてしたくなかった?」


 私が拒絶していると彼が思い込んだ理由も、今の私になら理解できる。

 セシルの拗らせ方について理解していなければ、当然彼は私のことが好きなわけで、彼自身がそれを拒むとは考えられない以上、行為を拒否するのは私としか考えられなかったのだろう。

 うるっと瞳を潤ませられるとどうすればいいかわからなくなる。でも、だからと言ってなにが出来るわけでもなかった。

 よほど本家筋の血が重視されるような家柄でもなければ、そういうものは誰に強要されてするものでもない。愛し合っている二人こそがするものだ、と私は思っている。しかしその時の私はセシルに対して特別な感情は抱いていなくて、むしろ嫌われているものだと思っていて。両親が私が結婚できたことに安心しているだろうことを思えばそれこそ拝むレベルで感謝はしていたが、それだけだった。だから、なにかしら積極的にこちらからアプローチをするという気も、さらさらなかったのだ。


「嫌い、っていうか、まだそんなに彼のこと知らないし」


 生地を捏ねながらぶつぶつと言えば「なんでぇ?! 結婚してもう2週間近く経ってるのにぃ?!」と大声で質問をぶつけられる。


「だって、セシルは食事の時以外部屋から出てこないじゃない」

「へ?! 夜はミアさんの部屋に行ってるんじゃなかったの? もうセシルさんってばなにやってるのー!?」


 私がここに来るまでは、夕食後に全員でお茶を飲んだりゲームをしたり、時にはウル以外の人たちはお酒を飲むこともあったそうだが、結婚してからセシルがそこに顔を出すことはなくなっていた。だからウルは、当然セシルは妻の元に通って、夫婦の時間を過ごしていると思っていたようだ。

 この屋敷の使用人である以上に、セシルの幼馴染なのだという彼らにとって、彼が私を好いていることを知っていた彼らにとっては、この結婚は喜ばしいものだったのだろう。あの日笑顔で歓迎してくれたのも、本心からだったのだと思う。

「私はセシルから好かれていないし、これは形式上の夫婦なだけだから、私たちの間に子供なんてできないわよ」などとあの時口走っていたら、もっと早い段階で彼の口から本当のことを聞けたのかもしれない。

 ――……仕草が幼く見えても、ウルは意外としっかり考えている子よね。セシル本人が話していないと察したのなら、余計なことをベラベラ喋ることはしなかったかも。

 どちらにしても今更だ。

 ピッケとヘルタの二人は、セシルの気持ちを知りつつ、そして私と彼の関係についても正しく把握していながらも、ずっと黙って見守ってくれていたようだ。

 ――セシルの気持ちを知っていながら私が勘違いしているのもわかっていたなら……彼らはとんでもなく気を揉んでいたんでしょうね。

 この二週間「どうせこれは形だけの結婚・契約だけの関係で、彼から愛されることはない。だから、彼から恋人を紹介されても、恋人の元から帰ってこなくなっても、傷つかないようにしなければ」なんて肩肘張っていたのが、ただの空回りだったというのはもう心底恥ずかしい。かといって『恋人のところに自由に通って良いのよ』なんて発言をして、いざ実行された時に傷つかない自信はなかった。結局、臆病なせいでセシルに自分の考えをぶつけることはなかったのだが、今日の発言でもショックを受けていた彼を思えば、そんな言葉を投げつた日にはどんなことになっていたことか。


「……だって、なにも知らなかったんだもの」


 言い訳のように呟く私に、ピッケは大袈裟なほどに驚いた顔をした。


「結婚の申し込みの手紙、熱烈なラブレターだったじゃないっすか! アレ読んで、どうして好かれてないだなんて思ってたんですか」

「あれを、セシル本人が書いたなんて思っていなかったのよ」


 私に対して非常に冷たかったセシルしか知らない状態で、どうして本人が書いたと思えるのか、と私はまた言い訳をする。


「どこかの指南書のものを、髪と瞳の色だけ私に合わせて書き直しただけなんじゃないかって思って」

「いや、あれはだから、冷たくしてたわけじゃなくて、緊張してただけなんですって」


 ピッケのフォローを、ヘルタは手でとめる。


「そういうことは、私たちから話すものではないわよ」

「でも奥様も鈍そうだし、こういうの慣れていなさそうだから。はっきり言ってやる人がいないと、この二人いつまでも擦れ違いっぱなしになるでしょ」

「…………」


 ピッケの言葉に納得してしまったのか、ヘルタは黙ってしまう。


「鈍いってなによ」


 確かに恋愛には慣れていませんが、それがなにか? とピッケに苦情を申し立てれば、彼はしれっととんでもないことを言い出す。


「だってセシル、家の中でもいつも奥様のことばっかり見てたじゃないですか」


 ――なにそれ。いつ? どこで? ……誰が?

 きょとんとすれば、やっぱりそれにも気付いていなかったんだ、というような反応をされる。


「知らないわ、そんなの」

「ほ~ら、やっぱり鈍いっすねー」


 けらけらと笑うピッケに、いい年をしながら少しむくれてしまう。ムッとした私に気付いたのか、ヘルタはまだ笑っているピッケの脇腹をつついた。


「ピッケ、旦那様は普段から気配を消して行動することに慣れていらっしゃるのよ。ごく普通の生活をなさっている奥様に気付かれないように動くのは簡単だわ。そうやって奥様を揶揄っては駄目」

「あー。確かにそれはそう」

「そもそも、奥様に対してのあなたの態度は――」


 彼らの話を総合すると、セシルは私を全く気にしていなかったわけではなく、彼の視線に私が気付けていなかっただけのようだ。しかし敵に近付くため普段から気配を消すことにも慣れているセシルのそんな行動に私が気付かなかったのは無理もない、とヘルタはフォローしてくれた。

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