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 結婚してから2週間、そんな感じだったのだ。セシルとはふれあいどころか会話もなかった。

 私のことを気にかけてくれているのは使用人の面々だけで、彼は私に興味など一切なさそうに見えていた。


 ――私、悪くないわよね? 鈍くもないわよね?


 あの生活の中で、どうやったら彼から好かれてるなんて想像できたというのだろう。

 顔を合わせれば目を逸らされ、会話といえば挨拶程度の必要最低限。結婚してから今日までの彼の態度を振り返れば振り返るほど、ただの仮面夫婦、契約上の婚姻関係としか思えなかった。

 あの対応をされて、それでも彼から愛されて求められたのだ、なんて考えられる人がいたら、それはもうただの妄想と言うしかないだろう。

 私は唸りながら眉間を揉む。自分の中でぐるぐると混乱が渦を巻き続けていた。


「……レディ・ミア」

「ん? あ、はいはい、なぁに?」

                   

 ついつい長いこと過去に思いを馳せてしまっていた。思考の迷路から抜け出せずにいた私を、低く柔らかな声が現実に引き戻す。気付けば、セシルはまた私の目の前に跪いていた。

 ――私のお願いは、ハグだったと思うのだけど?

 どうしてまたそのポーズになっているのか、と内心突っ込みを入れながら姿勢を正して彼を見つめる。セシルはシリアスな空気を纏いながら、はっきりと頭を垂れた。


「俺の気持ちが全く通じていないとは、まったく気付いていませんでした」


 ――いや、どうやったら今までの態度で気付けるって言うのよ。

 むしろあれで気付ける人がいるのなら、なにかしらの特殊能力の持ち主だろう。例えば、心が読めるとか、未来が見えるとか。残念ながら私は平々凡々な女なので、そんな都合良く言葉足らずの旦那さまの気持ちを悟ることなんて出来なかった。


「求婚の手紙に、全部したためたつもりだったのですが」

「求婚の手紙?」

「……レディは全文をご覧になっていませんか?」

「……いえ? 読んだわよ?」


 読んだ。確かに読んだ。けれど。

『たおやかで、聖母のごとく慈愛に溢れるレディ・ミアとの結婚を強く望む。』

 私に結婚を申し込む文面の前半は、いかにも礼儀正しく騎士らしい、格式ばった文章だったと記憶している。しかし、そんなのはこういう場合の常套句で定型文なのだと思っていたからあまり気にしてはいなかった。そして後半に添えられていた数々の文章の内容に、この人は私のことを知らないのでは? という疑いを強くした。


「もしかして――あそこに並んでいた賞賛の言葉、あれ本気で言ってたの?!」

「この私が、貴方に嘘などつくはずがありません」

「いや、そんなの知らなかったし」


『貴方のオレンジベージュの髪は、まるで天から降り注ぐ光です。その美しさに、太陽さえも嫉妬するでしょう。そのライラック色の瞳は星空に浮かぶ一番星のようです。柔らかく輝く光に、私の心は捕らわれるばかりです。

 どんな困難にも屈せず愛で周囲を包み込む貴方は、私にとって女神そのものです。その魂の輝きは、この世で最も尊い光といって過言ではありません。どんな闇の中でも貴方の存在があれば払われ、その輝きに触れる者は皆、永遠に救われます。

 貴方の優しさは無限の海のようにどこまでも広がり、触れる者すべてを癒し、その深さに私は永遠に溺れています。

 貴方の正しさは、まるで炎のように強く燃え続けています。その熱意と信念は、私を強くするのです。

 貴方が笑うだけで私の世界には花が咲き乱れ、鳥たちが囀りだします。その笑顔は、どんな奇跡にも勝る力を持っています。その笑顔に出会った瞬間、私の世界は貴方のためにあると悟り、貴方のために生きるという目的を得たのです。』


 今でも思い出せる、あの求婚の手紙に綴られていたあまりにも熱烈な文句。私自身にはほぼ当てはまらない内容に、これは誰のことを言っているのかと目が点になった。あれも、人違いされているのだと思い込むことになった原因のひとつではある。

 たしかに髪と目の色は私のものだ。でも、内面の描写となると、どう考えても別人だった。気高く、慈愛に溢れ、まるで聖母のような女性――そんな褒め言葉、私を心から愛してくれているだろう両親でさえ言ってくれたことはない。

 正直、恋文というものや恋愛小説にすら慣れていない私は、読んでいて身体中が痒くなった。てっきりそういう突拍子もない指南書をそのまま書き写したのか、もしくは、売れない詩人に印象的な文句を捻り出させたのだろうと思っていたのに。なのに。

 ――えぇぇ……あれ、本気で言ってたの? というか、この人が自分で考えたの? 真顔であれを書いていたの? 本当に、私に向けて?!

 その言葉を向けられた立場なのに、書き手の気持ちになって恥ずかしくなってくる。いやいやいや、嘘でしょ!? と心の中で突っ込みを入れながら、羞恥心に耐えかねて、堪らず傍らに置いてあったクッションを手に取り、顔に押し付けて呻く。

 もう、頭のてっぺんからつま先まで全身が熱い。穴があったら入りたいとは、まさに今のような状況を言うのだろう。


「マイレディ、どうかなさいましたか?」


 心配そうなセシルの声に、顔が燃えそうなくらいに熱を持つ。

 ――あなたはどうしてそんな冷静なの!

 ――落ち着きなさい、私。深呼吸よ、深呼吸。

 スーハ―スーハ―……よし。


「どうもこうもないわ!」


 はふっ、とクッションから顔を顔を引っぺがす。セシルは動揺のあまりの私の奇行に目を丸くしている。まっすぐな視線で、心底心配そうに私を見てくる、その純粋すぎる瞳がまた羞恥を煽る。

 ――駄目だわ。これ以上赤くなったら湯気が出る。全身茹で上がってしまいそうだわ。

 こんなの、みっともないったらありゃしない。こほん、と咳払いをして誤魔化し、姿勢を直した私は跪いたままのセシルを見下ろした。

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