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お世辞にも広いとはいえない大きさのお屋敷なので、間取りは一度歩いただけですぐに頭に入りそうだった。階下に向かいながら、ヘルタは二階の他の部屋について教えてくれた。
「あちらがご主人様の私室と、そのお隣が書斎となっております。書斎では、持ち帰りのお仕事をなさっていることもあります」
私の部屋から見ると、階段を挟んだ反対側の一番手前がセシルの私室らしい。これだけ離れているのなら、お互いに生活音を気にする必要はない。息をひそめて生活しなくて良いのは助かる。
「家に帰ってきてまでお仕事なんて、大変なのね」
とは言え、父も家であれこれ商談に関することをやっているのを見ていたから、男の人とはそういうものなのかもしれない。あくまで教会でのお手伝い程度しか仕事をしたことのない私には、よくわからない世界だ。
私の部屋の手前、一番階段に近い位置には別の寝室――つまりは夫婦用の寝室があったが、今後使われることはおそらくないだろう。
「奥様のお部屋の隣、一番奥のお部屋は現在使われておりません」
セシル側の奥の部屋について尋ねると、危ないから立ち入らないように、と強く言われた。どうやら彼が任務で得た報酬や物資が、整理もされずに乱雑に山のように積まれているのだという。本人が興味がないものを勝手に弄るわけにもいかず、そのままにされているとのことだ。
――私は入ってはいけないの? なんてごねるつもりもないから良いんだけど。ちょっと見ることすら駄目なのね。
別に彼が今までどんな物をもらってきたのかを詮索するつもりも、ここの女主人になったのだと我を通すつもりもない。でも、「見てはいけない」とまで言われると、どうしたって疎外感を覚えてしまう。
だが、この状況では仕方がないだろう。人の良さそうな顔で歓迎してくれた使用人たちではあったけれど、本当はこの屋敷のどこにも私の居場所なんてないんじゃないかしら。そんな気持ちすら湧いてきたが、今さらそれを嘆いたところでどうにもならない。
一階には、大きな玄関ホールが広がり、入り口から見て右手に食事の為の部屋があって、その奥には厨房があるようだ。左手には応接間と、テラス付きの部屋があって、奥の方には使用人たちの私室が並んでいた。
庭はこじんまりとしているものの手入れが行き届き、色鮮やかな花々があちこちに咲いていた。玄関から外に出てふと目をやると、ちょうど1人の青年が手に花を抱えて歩いてくるところだった。
「ああ、奥様! さっきのドレスも素敵でしたけど、そのドレスもめっちゃ似合ってますね!」
ぱあっと花が咲いたような華やかな笑顔に目を奪われそうになる。
彼は、さっきの正装から一変、動きやすそうなダークカラーの作業服を身に着け、背中の中ほどまで伸ばされた茶色の髪をひとつに束ねて後ろに流していた。いかにもモテ男な雰囲気で、濃いピンク色の瞳が輝く明るい笑顔に圧倒されそうだった。
「あ、ありがとう」
お世辞からも縁遠かった私は、まっすぐな褒め言葉に思わず柄にもなく照れて頬が熱くなる。ほんのりと熱くなる頬を押さえて、誤魔化すように庭に目を向けた。
「どうです? うちの庭。気に入りました?」
「ええ。とても素敵ね」
明るく尋ねてきた彼に「あなたは庭師だったのね?」と返せば
「あー、どっちかっていうと雑用係っすね。庭の世話もしてますけど、基本なんでもやりますよ。困ったことがあったらいつでも呼んでくれて大丈夫っす。遠慮なくどうぞ!」
そう言いながら、彼は手元にあった花の中から一輪を選ぶと、すっと私の髪に挿した。それは薄ピンク色のガーベラで、気障な振る舞いにまたドキっとしてしまう。
「うん。やっぱりこういう花も似合うなあ!」
「ピッケ。奥様にその口の利き方は、適切とは言えません」
冷静な声と共に、ヘルタが一歩前に出る。眉をきりりと吊り上げ、隠しきれない憤りを浮かべている。びしっと注意されたピッケは肩をすくめる。
「はいはい、すみませんってば。以後気をつけまーす! じゃっ!」
ピッケは肩をすくめて笑い、ヘルタの小言から逃げるように軽やかな足取りで屋敷の裏手へと走っていった。その仕草はまるで子供のようで、思わず笑みがこぼれる。見た目は大人なのに心はまだどこか少年のようだ、と孤児院の子供たちを思い出して頬が緩んだ。
「申し訳ございません。彼はどうも、適切な振る舞いというものがまだ身についていないようで……」
溜息混じりにヘルタは言う。
「気にしないわ。私、いつも教会の孤児院のお手伝いで子どもたちの世話をしていたの。あんな感じの子、よくいるわよ」
そう答えると、ヘルタは少し困った顔をする。
「……そう……でございますか。でも……ピッケはもう22にもなるというのにあの落ち着きのなさ。少々困ります」
いい大人だというのに、いつまでもあれでは……と彼女は小さく呟く。
22歳ということは、セシルと変わらない年齢だ。成人しているとは言えまだまだ若いわよ、と笑いを堪える。明るいピッケのおかげで、少しだけ張っていた気持ちが楽になれたような気がした。




