12
無言のまま教会につけば、そこで待っていたのは私の両親と祖父母だけだった。
厳かに揺れる礼拝堂のステンドグラス越しに差し込んでくる光の中、むしろ両手で足るほどの人数が粛々と並んでいる姿は妙に心細く映る。私側の参列者が少ないのはある意味当然としても、セシル側の参列者は一人もいない。彼に呼べる身内がいないのだという話は、事前に聞いていたが、でも第四騎士団は危険な任務に就くことが多く仲間同士の結束が固いと聞いていたし、血縁以上の強い信頼で繋がっているという話も小耳に挟んだことがある。大切な仲間の1人、しかも副団長の新たな人生の門出に、誰も立ち会おうとしないだなんて……
――つまりは、うん、そういうことよね。
私と彼が結婚するということを、誰も喜んでいないのだ。
彼の結婚相手ということで、私については騎士団の中で詳細が回ったのだろう。平民によって構成されている部隊では、表面を取り繕うだけの社交辞令を苦手としている人が多いのかもしれない。だとしたら、この場に顔を出したところで、私に対する嫌悪感をあらわにする人物だっていないとは言えない。この場でうちの身内の気分を害さないような配慮をしてくれたのだとしたら、感謝しなければいけない。
淡々と式は進み、誓いの言葉と誓いの口付けが交わされる。
神父の朗々とした声に促されて交わした誓いの言葉――セシルの声は、まるで任務の報告でもするかのように事務的なもので、その宣言に淀みはなかったが、しかし喜びのようなものも一切なかった。
皆の目の前で彼の手がするりと動き、頬を支えるようにかざされる。上手くその手で隠れるようにしていたから、両親からはちゃんとキスしたように見えたとは思う。しかし、唇だけでなく、指先が触れることもなかった。
――ここまで嫌がる相手とでも結婚しないといけないなんて、この人も可哀想ね。……私などに憐れまれるのなんてごめんだろうけれど。
私と結ばれることで、輝かしかった人生にうっすらと影が差してしまう。
――なんでよりにもよって私なんかと。
憐れむな、と思われているだろうことはわかっていても、それでも私は彼を不憫に思うのをとめられなかった。
式を終えてもお披露目のパーティなどはなく、その代わりに彼の屋敷で小さなお茶会が開かれた。
屋敷を切り盛りしているのは、執事を含めてたったの四人の使用人たちだった。その四人が手作りで用意してくれたお茶会は、貴族の家で行われるもののような華やかさこそないが、どこか温かみを感じさせてくれるものだった。
お人好しな両親や祖父母は、彼らの明るい笑顔と、私を歓迎してくれる様子に心底安心したらしい。華美な装飾もなければ格式ばった礼儀もなく、目立って高級な食材が使われているわけでもない、でもほっとさせてくれるようなお味のお料理の数々。手の込んだそれらを口にして、ささくれていた心が少し穏やかになる。
お茶会はつつがなく終わり「みんな良い人たちのようで、本当に安心したわ。幸せになるのよミア」と私の身内たちは口を揃えて何度も繰り返しながら、満足そうに帰っていった。
「では、私は部屋に戻ります」
私の家族を玄関先で見送るとすぐ、セシルはそれだけを告げて踵を返した。躊躇いはもちろん、会の余韻を名残惜しむ様子すらなく去っていく背中を無言で見送っていると、うしろから声を掛けられた。
「奥様はこちらへどうぞ。お部屋にご案内いたします」
私に声をかけてきたのは、栗色の髪をお団子に結い上げた侍女だった。柔らかな笑みをたたえたその女性は「ヘルタと申します」と名乗り、今日から私専属のお世話係になるのだと言った。
「なんでも遠慮なくお申しつけくださいませ」
その物腰は優雅で、同時にどこか母親のような温かい雰囲気を漂わせている。私は彼女に「あとで使用人たちの紹介と、屋敷の案内をお願いしてもいいかしら」と頼んでみた。ヘルタはにこりと微笑みながら頷き
「もちろんでございます。では、まずはお部屋へ――」
と階段の方を示した。案内されたのは、階段を上って右側に伸びている廊下の奥にある小ぶりな部屋だった。
「こちらが奥様のお部屋でございます」
「わぁ……!」
思わず感嘆の声が漏れた。私の好みど真ん中の調度品と、実家の色でもあったエメラルドグリーンのカーテン。その部屋の様子は、まるで長年住み慣れた自宅の部屋のようだった。
カーテンの色は気遣ってくれたのだろうけれど、それにしても初めて足を踏み入れるとは思えないほどに馴染む雰囲気だった。
もっと裕福な貴族の娘だったら、手狭だと文句が出るような広さかもしれない。しかし、私にとってはこれくらいがちょうどいい。 必要なものはすべて揃っている。不便は感じずに過ごせそうだった。
「お気に召されましたか?」
「ええ、とても素敵だわ。どれもこれも、私の好みにぴったりよ」
先程までの緊張が混ざった取り繕うような表情ではなく、満面の笑みが広がっていくのを感じる。
「奥様に気に入っていただけますよう、皆で心を込めて整えました。そうおっしゃっていただけて、安心いたしました」
微笑むヘルタの仕草は、所作の一つ一つが優雅で無理をしている様子がない。それなりの立ち居振る舞いを叩きこまれているように見えた。穏やかで、包容力すら感じさせる雰囲気も相まって、つい妙な考えが頭をよぎる。
――もしかして、彼女がセシルの本命?
なんと言ってもあの浮いた話一つないセシルが身近に置いている女性だ。一緒にいて落ち着く雰囲気の外見と気遣いの行き届いた態度は彼を癒しているのだろう、と想像させる。
でも、もしも私の想像通りなのだとしたら、大事な恋人に――形式上ではあっても――妻の世話をさせるだなんて、どちらに対してもあまりに酷い話ではないだろうか。
――さすがに穿った見方すぎるかしら。
実際にどうなのかは現段階ではわからないし「もしかしてあなたセシルの恋人なの?」と突っ込んで彼女と揉めるつもりもない。第一、ヘルタからは私に対する勘繰りや警戒心のようなものは感じない。今は、彼女とセシルの関係について考えないようにするのが得策だろう。
そんなことを考えていると、ヘルタが衣装部屋に案内してくれた。
「お着替えをなさいますか?」
「ありがとう。そうね、さすがにこの格好のままでは落ち着かないわ」
いつまでも結婚式用の純白のドレスを着ているわけにもいかない。ぎちぎちに絞めているコルセットも外したい。
「奥様が持ってこられたドレスはこちらに、こちら側は我々でご用意したものとなります」
セシルが、と言わなかったあたり、非常に正直で良い。基本はヘルタと、執事の彼で選んでくれたということだろう。流行は抑えつつも、私の年齢に合わせて落ち着いたデザインのものが多い。華美すぎず、かといって地味すぎない絶妙なラインで揃えられていた。
「では、お着換えのお手伝いを――」
背中のリボンに手を伸ばしてこようとするヘルタをとめる。
「そうだわ。最初に言っておかなければいけないのだけれど」
「はい」
「私、身の回りの準備はずっと自分でやっていたの。1人でも着替えられるから、後ろの編み上げ部分だけ外してくれたら、あとは会場の片付けをしてきてくれる?」
「かしこまりました、奥様」
ヘルタに別の仕事をお願いして、柔らかな若草色のワンピースに着替える。締め付けから解放された身体は非常に楽だった。丁度着替え終わったタイミングでまた戻ってきたヘルタは、ウェディングドレスを抱えてもう一度部屋を出て行った。
少し肩の力が抜けた私は、ソファに腰掛けて大きく息を吐く。
――取り合えず、やるべきことはやったわよ。
セシルと肌が触れることも、会話すらほとんどなかったけど、でも結婚はした。教会で、宣言書にサインして、受理された。両親、特に母の見たがっていた花嫁姿も見せられた。
――これで、みんなにも安心してもらえたわね。
一仕事終えた気になって満足していると、再び戻ってきたヘルタはさっそく屋敷の案内を提案してくれる。その誘いに乗ることにして、私は彼女と一緒にあちこち見て回ることにした。




