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 本当に私に関する噂を知らなかっただけならば、ここで思い直したところで不誠実だと批判されることもない。騎士の矜持で一度申し込んだものを引っ込められないというのなら、今現在の私にも明らかな非があるように振舞うことすら検討していた。なのに、その機会すら与えられなかった。これが、最後のチャンスだった。


「……あのぉ」

「はい」


 声を掛ければ、彼はこちらを見てくる。少なくとも、無視はされないことにホッとする。

 見た目の良い人は声も良いらしく、落ち着いた声が耳に優しい。


「改めまして、この度は、私などに結婚を申し込んでくださってありがとうございました。今まで直接感謝をお伝えする機会もございませんでした故、このような場にての無作法をどうぞお許しくださいませ」

「……私など……?」


 ぴくっとセシルの形の良い眉が上がる。その声にはわずかな不快感が含まれているようで、私は口を閉じた。

 ――違うわ。求められたのは私の家との繋がりなのだから、まるで自分が必要とされたかのような言い方をするべきではなかった。

 いきなりの失言に気付いて狼狽える私をじっと見つめた彼は


「私こそ、今日まで顔合わせにすら参れず、申し訳ありませんでした」


 その場で深く頭を下げた。

 とても落ち着いた声で告げられた誠実な謝罪の言葉。なのに、そこに含まれるわずかな声の強張りが、私の中に不安を生んだ。なにも言えないでいる私に、セシルは頭を下げ続ける。立派な騎士様にそのような姿勢を取らせることが心苦しくなり、私は慌てて手を差し出した。


「どうか頭をお上げくださいませ。セシル様は第四騎士団の副団長でいらっしゃるのですもの。私には想像も出来ないくらいお忙しいのだろうことは、理解しているつもりです」


 ゆっくりと顔を上げたセシルの瞳が、初めて真っ直ぐに私を捉えた。しかし、それは一瞬のことで、すぐに少し目を伏せた彼は、「セシル、と」と吐息混じりの声で小さく呟いた。

 

「どうぞ、私のことはセシルとお呼びください」


 初めて聞く声色に、年甲斐もなく胸が高鳴った。


「でしたら、私のこともミアとお呼びくださいませ」


 ――あ、これは拒否されていないのかも。

 親しげに呼ぶことを許可されたことで、必ずしも疎まれている妻ではないのかもしれない、なんて思ってしまったのが間違いだった。


「それはできません、レディ」


 期待も空しく、私の申し出は間髪入れずに拒否される。身分差を気にしているのか、それとも私と親しくなる気がないという意味なのか。どちらにしても、心臓がひやりとするほどの明確な拒絶を示される。


「それから、私に対してそのように丁寧な言葉遣いは不要です。どうか、楽にお話なさってください」


 続くセシルの言葉に、私は更に困惑する。親しくなる気がないのなら、どうして丁寧に喋ってはいけないのだろう。彼が、私とどのような関係を築きたいのかわからない。


「お話は、それだけですか?」


 ひたすら戸惑い、困っている私に彼はそう言ってくる。淡々とした声は、会話を続ける気がないということだろう。セシルはそう尋ねてくると、答えを待たずにまた視線を窓の外にやろうとする。


「いえ、まだあと1つ」

「……どうぞ」

「正式に結婚する前に、お伝えしなければいけないことがあるのですが」

「はい」


 勇気を振り絞って言葉を続ければ、彼の眉がぴくりと動く。無理矢理会話を続けようとする私の態度に気分を害したのかもしれない。しかし、これだけは確認しないわけにはいかない。


「セシルさ……セシルは、私が今日まで結婚していなかった理由をご存じですか? もし知らないのであれば、今からすべてお話しします。この結婚はなかったことにしたい、と言われても仕方のないような事情があるのです。もしこの話が今この瞬間になくなっても、誰もあなたを責めませ――」

「ご心配なく。すべて存じております」


 彼の返答は早かった。


「……本当に?」

「ええ。10代の頃、輿入れのためご家族よりも一足先に先方へ向かっていた貴方が人攫いに遭った――というお話でしょう? それが、なにか?」


 なにか? ではない。問題しかない話じゃないか。

 まるで天気かなにかの話をしているかのような調子で返してきたセシルは、私の困惑を気にする様子もない。あれは私の人生を大きく狂わせた出来事だったというのに、それを知っているという彼の声には同情も嫌悪もなかった。


「あの、私、助け出されるまでに5日ほどかかったのです。ですから」


 本当は詳細まで理解していないのではないか、と話を続ける。


「事件の日付や盗まれた物品一覧、それから、貴方の救出時の状況。全て記憶していますよ」


 騎士団の方でもあの件についての情報がまとめられていて、それを見たことがあるという話なのだろう。事務的に言った彼は、少しの後で納得したように頷く。


「ああ……だから貴方は、この結婚は誰からも祝福されないものである、と。そう思っていらっしゃったのですね?」

「はぁ。まあ……はい、そうですね」

「それは勘違いでしょう。少なくとも、貴方のご両親はお喜びだ。それで良いではないですか」


 笑みも浮かべずにそう言ったセシルは、これ以上話すことなどないとでもいうようにまた視線を外に向けた。その横顔に、あの件について理解していながら会ったこともない女に結婚を申し込んできた妙な男、という印象が加わる。


「私を妻とすることで、あなたに不利益があるかもしれませんけど。覚悟なさってのことなんですよね?」


 嫌味のようにぼそぼそ言った私にちらりと視線を投げてきたセシルは「誰がなんと言おうと関係ありません」と一言返してきた。

 ――やっぱり、訳ありの女には訳ありの結婚しか来ないわよねえ。

 一先ず、彼が私を『穢れた女』だと十分に認識していることがわかっただけでも立派な収穫だ。これで、今後彼からどんな対応を受けても、傷付くことを減らすための心構えは出来た。愛されないことを理解して、これからも鈍らせた心で生きていけばいいだけだ。そんなことを覚悟して、私もまた、揺れるカーテンの向こうに視線を向けた。

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