1
年に一度の騎士団の慰労会。本日のパーティはそう銘打たれた王家主催のもので、今年の主役は獰猛な黒龍討伐に成功した王立第四騎士団になるだろう、というのは社交界で今一番ホットな話題だった。
そして、その第四騎士団の副隊長というのが私の旦那さま、セシル・ベルトランだった。
なにを見るともなく馬車の窓を眺めていた私は、ゆっくりと彼に視線を向ける。
――狭い馬車の中、今日くらいは……なんて淡い期待をしていたわけでもないけれど、やっぱり目なんて合わないわよね。
結婚式当日からこっち、相変わらず私を見ようともしない我が旦那さまは、銀の髪にアイスブルーの切れ長な瞳、鼻筋は通り、真面目そうに引き結ばれた形の良い薄い唇、という非常に整った横顔をずっと私に見せていた。
――それにしても、作り物のように綺麗ね。
男であるのがもったいない、という人もいるかも知れないが、彼の場合性別は関係のない美しさのような気がする。
「……あの」
「はい、なんでしょうか」
完璧な曲線を描く唇が動いた。真っ直ぐに彼を見つめたまま返事をすれば、視線だけで私を見た彼はすぐに目を伏せる。
「そのようにずっと見つめられていると――少々落ち着かないのですが」
「それは失礼いたしました。馬車の中では、他に視線のやり場がないもので、つい」
にこりと微笑んで答えれば、彼の端正な顔が一瞬不快そうに歪む。
――相変わらずね。
彼のこの態度は、今に始まったことではない。初対面の時から、彼は私をまともに見ようとしない。言葉をかわすのも最低限。まるで私などいないかのように振る舞われるのにも慣れた。
いや、慣れたというのは少し違うだろう。元々私は周囲から煙たがられ、視線を背けられることには慣れていたのだ。夫である彼からそんな態度を取られても、当然のことと思えど今更傷つくことはなかった。
「あら。もうすぐ着くようですわね」
周囲の風景を見て、もうすぐ目的地だと伝える。彼は窓の外にそびえたつ真っ白な城を見て――心底不愉快そうに顔をしかめた。
「参りましょう、旦那さま」
「その呼び方は……ああ、なんでもありません」
馬車が止まり、ドアが開く。先に降りて行った彼に手を差し出すと、セシルはそっと手を添えてくれる。しかし、その手も実際に触れ合うことはない。私の手は少し浮かせた位置にあるし、彼の手もそこに触れようとはしなかった。
広間の外にまで楽団の奏でる音が響いてきている。会場は煌々としたら光で満ち、豪奢なシャンデリアの下、貴婦人や貴族令嬢たちの華やかなドレスや、騎士団の面々の凛々しい軍服姿が照らし出されている。そこに一歩踏み入ると、想像以上の視線が突き刺さってきた。
「セシル様よ!」
ひそひそと囁かれる黄色い声。噂では知っていたけれど、私の旦那さま、セシル・ベルトランはやはりかなりの人気があるようだ。
「隣の女性は……? お見かけしたことのない方のようだけれども」
「貴方ご存じないの? セシル様、先日ご結婚なさったのよ」
「えっ?! ではもしかしてあんな年増がセシル様の……っ?!」
――聞こえてる、聞こえてる。全部聞こえているわよ、お嬢さんたち。
確かにまだ若い22歳のセシルに対して、私はもう30歳になる。女性側が年上の8歳差は大きい。若い娘さんたちからしたら、憧れの君の連れ合いとして納得できるものではないだろう。しかし、そんなのを気にして背中を丸めていたら、余計にみっともなくなるではないか。私は澄ました顔で、彼にエスコートされながら会場内に足を進める。
それにしても、うん、視線が痛い。わかっていたけど、これは想像以上だ。
セシルに対する熱視線と、私に対する興味、関心、好奇心、嫉妬心、それから――
「あれだろう、ルノー子爵家の一人娘。もう10年は社交界に顔を出していなかったはずだが」
「ああ、あの賊に攫われたっていう……?」
「穢れた身でよく顔を出せたものだな」
「それよりも、あのセシル・ベルトランがアレを娶った理由がわからん。ルノー家は特に裕福でもないだろう? 彼にとってのメリットがない」
「一体、ルノー家はベルトランのどんな弱みを握ったのやら……うまくやったものだな」
侮蔑のこもった、嘲るような視線。
――この視線にさらされるのも久しぶりね。
これがあるから、パーティなどには顔を出したくなかったのだ。でも、国王様直々の招待となれば、妻として同行しないわけにもいかない。
ふぅ、と小さく息を吐けば、私の陰口を叩いていたグループの視線を遮るような位置に移動してきたセシルが「お疲れではないですか?」と尋ねてくる。
「あれくらいの移動で疲れてしまうほどに柔ではないわ」
「……そうですか」
せっかくの気遣いを無駄にしたつもりはなかったのだけど、少し素っ気なかったのかもしれない。セシルはまた視線を背けると、私から半歩距離を取った。