第8話 巫女と包丁女と、話が違う都市伝説
「なになに? みんな、どうしたの? え? 後ろ?」
ルーナが後ろを振り返る。
「私、メリーちゃん。今、あなたの後ろにいるの」
電話越しでもねーし、いきなり後ろかよ。
都市伝説と話が違う!
「ルーナ、逃げろ!」
「……ふっ!」
ルーナは余裕の笑みを浮かべた後――白目を剥いた。
「気絶すんなーー!」
メリーちゃんは手に持った包丁をゆっくりと振り上げる。
「友達になれーー!」
「うおおおお!」
俺はダッシュして、メリーちゃんの腰にタックルをする。
振り下ろされる前に、なんとかメリーちゃんを倒すことに成功した。
危ない。間一髪。
「……っ」
倒されたメリーちゃんが少し乱れた着物を整え、顔を赤らめて俯いた。
『メリーちゃんの方が危険だった件』『草』『事案』『お巡りさん、この人です』
さっきまでビビってか、全然コメントしてきてなかったくせに、視聴者が一気に盛り上がる。
え? なんで俺が押し倒した感じになってるの?
メリーちゃんも、まんざらでもないって顔するのやめて!
「……」
メリーちゃんが熱い視線を送ってくる。
いろいろな意味でヤバい。
『告れ!』『付き合っちゃえ!』『応援してます』『カメラマンに嫉妬』
他人事だと思って、好き勝手言いやがって。
幽霊に粘着されるのが、どんなにヤバいか、知らないからそんな気楽なことが言えるんだ。
俺はすぐに立ち上がり、立ったまま気絶しているルーナの手を引く。
「おい、起きろ! 逃げるぞ!」
立ったまま気絶しているルーナの手を掴みながら走る。
「はっ!? 何がどうなったの?」
ようやく目を覚ますルーナ。
ちらりとメリーちゃんの方を見ると、まだ倒れたままだ。
「お前、巫女なんだろ!? なにやってんだよ!」
「忍法死んだふり」
「忍法でもないし、今やクマにだって通用しない戦法だ!」
くそ。今はとにかく逃げるしかない。
「この後、どうするの?」
「こっちの台詞だ! どうするつもりだったんだよ!?」
「いや、ノリでいけるかなって……」
「ノリで命賭けるなっ! ホント、役に立たないな!」
「一体いつから――私が役に立つと錯覚していた?」
「っ!?」
そうだった。
こいつが役に立ったことなんて今までなかった。
「くそう! お前を頼った俺が馬鹿だった。完全に俺のミスだ!」
「まったくもう! こういうときは何て言うの?」
「……ごめんなさい」
「うむ。素直でよろしい」
そのとき、いきなり目の前にメリーちゃんが現れた。
「私、メリーちゃん。今、あなたの前にいるの」
なにーー!
瞬間移動だと!?
てか、都市伝説の最後でも「あなたの後ろにいるの」だっただろ。
メリーちゃんが追い抜くとかあるのかよ。
「ちょい待った! 俺、公衆電話で電話してないし。現れるのおかしくないか?」
「……公衆電話、誰も使わなくなった」
「……まあ、今時電話はスマホだよね」
待ってても来ないから、直接来たのか。
しかもこんな場所なら、そもそも人自体来ないもんなぁ。
「……友達になれー!」
メリーちゃんが包丁を振り上げた。
なぜか、ターゲットが俺になっている。
それに、それ、友達になって欲しいやつの行動じゃないぞ!
「うおっ! あぶね!」
なんとか包丁を避ける。
「どうして……誰も……友達になってくれないの?」
それは悲痛な声だった。
よく見ると、その目には涙が浮かんでいる。
そうか。
メリーちゃんは孤独だったのか。
誰も使わない公衆電話でずっとずっと待っていたんだ。
友達が欲しくて。
友達になって欲しくて。
独りで待ってた。
気持ちは痛いほどわかる。
俺もこの体質のせいで孤独だったからな。
いくら友達が欲しいと思っても、相手は霊感が強い俺を不気味がって避けていく。
だから俺は幽霊を恨んだ。
幽霊のせいで、こうなったと。
そんな幽霊に、実は俺と同じだったなんて気付くことになるなんて思いもしなかった。
けどな、メリーちゃん。
いくら友達が欲しいからって、殺して相手を幽霊にするのは間違ってると思うぞ。
友達の作り方が間違ってる。
俺よりも友達作るのが下手なんてな。
ちょっと同情しちまう。
そのときルーナが前に出た。
「友達なんて必要?」
「え?」
「気持ちはわかるよ。私も修行ばっかで、ずーーっと独りだったからさ」
「……」
「でもね。こっちに来て、わかったんだ。友達なんていなくたって、楽しいことはあるって」
ジッとルーナを見るメリーちゃん。
「それに、リアルの友達なんてダルいだけだよ!」
『それはわかる』『陰キャにリア友は不要』『ルーナちゃんもこっち側の人間だったんだ』
なんか視聴者も同調している。
え? そうなの?
友達いないと寂しくない?
悪いが、俺はメリーちゃんと同じリア友欲しい派だな。
「SNSならたくさん友達できるし、メンドクなったらブロックすればいいから楽だよ」
……お前、最低だよ。
「メリーちゃん、SNSやってる?」
やってるわけないだろ。
「……やってる」
やってるんだ!?
「じゃあ、フォローするね。……ほら! 友達増えたじゃん!」
『俺もフォローするよ』『俺も俺も』『私もー』
「……すごい。友達、増えた。こんなに簡単に……」
メリーちゃんはポロポロと涙を流す。
なんかすごい嬉しそうだ。
「今ならいける!」
ルーナが手をかざす。
「これが神気の力だ――! やーーー!」
メリーちゃんが光に包まれる。
そして、スーッと静かに消えていく。
こうしてメリーちゃんを成仏させることができたのだった。
しかし、それでよかったのか、メリーちゃん。
メリーちゃんに寝返られた感じがして、俺的には微妙な着地点なんだが……。