第7話 巫女と心霊スポットと、背後に立ってはいけない女
「みなさん、こんばんは。幽ヶ崎くららです」
田中のVtuberのガワは、幽霊がモチーフだ。
白い着物の死装束に、長い黒髪。
頭には三角の布――天冠を付けている。
(あれ、天冠っていうんだ。知らんかった)
雰囲気は大人っぽい色気がありつつも、清楚。
つまり、田中本人とは真逆のキャラというわけだ。
(それを本人に言ったら腹パンされた)
「いつもはホラーゲームの実況なんですが、今日は初心に戻って、心霊スポット探索回です」
当然、話し方もキャラに合わせて清楚風にしている。
いつもとは正反対なのに、ボロを出さないのはさすがだ。
『くららちゃん、心霊スポット探索なんてやってたんだ?』『凄い初期だよね』『懐かしい』
コメントがガンガン流れてきていて、賑わってる感がある。
やっぱすげえな。
「どうして今日はこんな配信スタイルかというと……お客さんをお招きしているからです!」
『えー、だれだれ?』『コラボなんて珍しい』『急だなー』
突然なのはしょうがない。
だって、今日決まったんだからな。
くららの今回の配信は、少し変則的なスタイルになっている。
俺とルーナが現地に赴き、現場の映像を配信。
田中は自宅からその映像を見ながら実況する、という形式だ。
個人運営だと、こうするしかない。
というより、田中をこんな心霊スポットに行かせるわけにはいかないので、この方式がベストだ。
昔は自分で心霊スポットに行って、撮影しながらしゃべって、後からガワを入れた編集をしていたらしい。
あのとき、田中は「これだとライブ感が出なくって、やりづらかったよ」なんて言ってた。
ただ、今回はリアルタイムで俺たちが撮影をするので、ちゃんとライブ感は出るはずだ。
町外れの、家も街灯も全くない、舗装されていない道。
その先に、ぽつんと存在する公衆電話。
――そこには、ある都市伝説があった。
その電話からかけると、『ある女』に繋がり、
彼女は電話越しにこう言う。
「いま、○○にいるの」
そして、どんどん言う場所が近づいてくる――。
最後には「あなたの後ろにいるの」と言われるやつだ。
……本当は、俺も来ちゃダメなんだけどな。
心霊スポットには。
けど、チャンネルを伸ばすには派手な画を撮るしかない。
リスクは承知だ。
「というわけで、新人Vtuberのルーナさんです!」
「イェーイ! 丑三つ時にこんばんはっ! お祓い系巫女Vtuberのルーナだよ★」
眼元でピースを作って、アイドルみたいなポーズを取っている。
『こんばんは』『こんばんは』『コンバンワ』『こんばんは』『こんばんはー』
『可愛い!』『おおおおお!』『巫女系かっ!』『いいね』『いいじゃん!』
怒涛に流れるコメントの嵐。
受けは良さそうだ。
よし、見た目的なハードルはクリアだな。
「うわー! すごいたくさんいる! 1157人も!? みんな~、見てる~!」
ルーナが目を見開いて驚く。
『え?』『?』『え』『???』『え』『見えてる?』『なんで?』
うわ! バカバカ!
俺は慌てて両手で×を作る。
「……え? ルーナちゃんって、カメラ以外の機材って持っていってましたっけ?」
そう。田中には、俺が持っている最低限のカメラだけだと伝えてある。
だから、視聴者数が見えるはずがない。
「あー……いや、勘だよ勘。これが神気のパワーってやつ! がははは!」
誤魔化し方が雑。
しかも本当のこと言ってるし。
……まあ、神気なんて信じる奴はいないだろうが。
「ルーナさんは巫女ですからね。きっと神のお告げか何かあったんでしょう」
田中、お前もフォロー雑だな。
『ルーナちゃん、俺のお告げも聞いて』『神様有能w』『いつも大吉引けてそう』
……どうやら誤魔化せたみたいだ。
「じゃあさっそく、あそこの公衆電話? で電話したらやってくる、メリーちゃんをお祓いしちゃうよ!」
風が強い。
なのに、公衆電話の受話器だけが――カタカタと震えているように見えた。
俺は錯覚だと自分に言い聞かせる。
『うわ…』『やめなって』『ヤバすぎてワロス』『これ、絶対出る奴じゃん』『今、受話器、揺れた?』
やっぱり、画面越しでもこの不気味な雰囲気は伝わるらしい。
てか、視聴者にも見えているってことは、やっぱり錯覚じゃないのか。
ヤバいな。
全身の毛が総毛立つ。
もう全力で逃げたいくらいだ。
幽霊。
その存在のせいで、俺や田中はつらい人生を送ってきたのだ。
そう思うと胃がキリキリと痛む。
「メリーちゃん、電話に出てくれるかなぁ~♪」
周りが沈黙する中、ルーナは無邪気に鼻歌交じりに電話ボックスに近づいていく。
「本当に、メリーちゃんと電話が繋がっちゃいそうですね。ルーナさん、気を付けてください」
「はいはーい!」
田中の忠告を軽く受け流すルーナ。
「……なんかあったらすぐ中止な」
ポツリと田中が素のトーンでつぶやく。
おそらく俺に向けての言葉だろう。
わかってる。幽霊の厄介さに関しては誰よりも。
もし、本当に電話に繋がったら、メリーちゃんを着信拒否するしかない。
出そうで出ないがベストだ。
怖そうな雰囲気だけ伝わればいい。
あ! そうだ!
かけたフリをすりゃいいんじゃね?
電話さえかけなけりゃ、そもそもメリーちゃんが近づいてくることもない。
名案を思い付いた俺はルーナにそれを伝えようとし――
……あっ!
いつの間にか――ルーナのすぐ背後に、白いワンピースの女が立っていた。
髪は濡れたように張りつき、視線は虚空を見ている。
その手には――光を反射する包丁。
そう。メリーちゃんだ。
「「後ろーーーっ!!」」
俺と田中が、同時に叫んだのだった。