第4話 巫女と神気と、配信で異世界帰還を目指す件
ルーナが俺の胸倉をつかんで、グイグイと揺らす。
「どうすんの? ねえ、どうすんの!?」
「俺のせいじゃねーだろ!」
「はあ? あんたが呼んだから来たのに、そういうこと言っちゃう?」
「いや、お前が勝手に来たんだろうが!」
「……ああ」
ピタリと動きを止めるルーナ。
どうやら、ここに来た経緯を思い出したらしい。
少し考えた後、ルーナはグッと拳を握りしめる。
「ふっ。こうなったら拳で語り合うのみよ」
「面白れぇ。男女平等主義者だぞ、俺は」
「くらえ! み~こ~み~こ~」
ふん。馬鹿が。
みこみこ破が出ないことは既に知っている。
「破っ!」
「ほげっ!」
ルーナの拳が俺の顎にクリティカルヒットする。
物理だと!
それに、それだとかめ〇め波というよりジャ〇ャン拳じゃねーか。
脳が揺らされ、意識が遠ざかっていく。
こうして俺はルーナと拳で語り合ったのだった。
……俺は語ってないけども。
***
「で? どうするんだよ、これから」
目を覚ませば全部夢だったと言うオチに期待したが無駄だった。
しっかりと俺の部屋に居座っている。
……追い出せるはずもなく、結局、なけなしの麦茶まで用意してやったのだ。
「うん。あんたが気絶している間、動画見て楽しんでたんだけどさー」
「……帰る方法考えろよ」
「すっごいことに気づいちゃった!」
ルーナはそう言って、動画サイトを開いてある動画を指差す。
「これ」
「……メカキンの動画がどうかしたのか?」
メカキン。
言わずと知れたYouTuberの王者にして神だ。
「動画から物凄い神気を感じて、何かなって思ったらメカキンの動画だったの」
「神気って、こっちに来るときに道を作るために必要な力だっけか?」
「思いの力って言うか、霊力って感じ? 思い込みが激しい人ほど強いってやつ」
「あれだな。宗教にハマって騙されやすいタイプのやつだな」
……ん?
俺も神気強いとか言われてなかったっけ?
騙されやすいのか、俺?
「で、気付いたんだけど、チャンネル登録者数と神気の量が同じだったの」
「……つまり、登録者数が増えるほど神気も増えるってことか?」
「そう。ちなみに私の神気は53万です」
「お前は1だよ。銃を持ったおっさん以下だ」
仮に53万だったとしても、メカキンの10分の1以下だぞ。
「神気は思いの力って言ったじゃん?」
「ああ」
「動画を見て、面白いって感じる。それって人を幸せと思わせてるんだよ。たとえば、落ち込んでた人が笑えるとかね」
「うーむ。幸せにしてくれる動画だから、チャンネル登録するってことか」
「そう! そういうこと! ルートを繋ぐときに神気を使い切っちゃったから、貯めればまたルートを繋げられると思う!」
「帰るためには配信して、登録者数を増やさないといけないってことか?」
「そうなるね」
「どのくらい増やさないとならないんだ?」
「100万人!」
「……」
無理だろ。絶対に。
「……そうか。頑張れ」
「頑張るぞー! おー!」
右拳を振り上げ、気合を入れているルーナ。
「じゃあ、了承を得たってことで」
今度は親指をグッと立ててどや顔をしている。
「ん? 了承?」
「私、好き嫌いないけど、お肉は必須だから! 絶対に! 破ったら私からの神罰(物理)ね♡」
「何の話だ?」
「ご飯の話」
「違くて、今の話だとここに住むって聞こえるんだが?」
「よかったねー。こんな美少女と一緒に住めるんだよ? 普通はお金払うくらいだよね」
「帰れ! すぐに!」
「だーかーら! 帰れないって言ってんじゃん」
「いや、そうだけどさ」
するとルーナがポツリと独り言を呟いた。
「……結局、こっちでも私の居場所はないのかな」
「っ!?」
不意に出た本音だろう。
同情を誘うというより、自虐的な声のトーンだった。
やめてくれ。
それは俺もずっとずっと思ってきたことだ。
これ以上、俺と重なるようなことを言うな。
放っておけなくなるだろ。
……だが、待て。流されるな。
人ひとりを極貧の俺が養えるわけがない。
下手したら共倒れだ。
こうなったら、最終奥義を使うしかないな。
「男と女が一つの部屋で寝るのはマズいだろ? 何かあったらどうするんだ?」
こう言えばさすがに我に返るだろう。
ふふ。さあ、悲鳴を上げて出ていきたまえ。
「ふふん。甘いね。そう言えば私がビビるとでも思ってるの? けど、残念でした! 私には作戦があるんだもんね」
「ほう? 作戦とな? どんなのだ?」
「あんたが外で寝ればいい」
「舐めとんのか!」
なんで家主の俺が野宿せにゃならんのだ。
「もういい。今、警察呼んでやるから、かつ丼食わせてもらってから、コンクリートの部屋で寝かせてもらえ」
「おやおや? いいの? 本当にいいの? 警察なんて呼んじゃって」
「な、なにがだ?」
急にルーナが涙目になって両手で自分の体を抱きしめる。
そして小さく、震えた声でこう言った。
「この男、迷惑防止条例違反者です……」
「なぜ、異世界の人間のお前が、そんな言葉を知っている……?」
ルーナがいつものどや顔に戻り、ポンと俺の肩に手を置く。
「かつ丼食わせてもらってから、コンクリートの部屋で寝かせてもらいなよ」
「ち、ちくしょーーーー!」
考えてみれば、『この世界』ではルーナは独りだ。
追い出してしまえば行くところがない。
そんなのは高校時代の俺よりも詰んでいる。
しゃーない。付き合ってやるしかないか。
こうして、俺はルーナと同居する羽目になったのだった。
チャンネル登録者数100万にするという無理ゲーに巻き込まれるおまけ付きで。