第3話 巫女と幽霊と、異世界からノリで来ちゃった女の子
「えーっと……」
さっきまで動画に映っていた少女が目の前にいる。
なんだこれ?
夢か? キュン子が引退したショックで気絶してるのか?
「さっきからなにブツブツ言ってんの? 不審者みたいだよ?」
俺から見たら、お前の方が不審者なんだが?
「それよりさー、結構、ヤバげじゃない?」
「なにがだ?」
「生気。吸われ続けてるよ」
「誰にだ?」
「たぶん、後ろにいる女の人」
「後ろ?」
言われて振り向く。
思いのほか、真後ろにいた。
……お菊ちゃんが。
「ぎゃああああああ! ななななんで? いつからいた?」
「最初から」
お菊ちゃんが弱弱しくピースをする。
「馬鹿な! 撒いたはずだ!」
お菊ちゃんがフルフルと首を横に振る。
「真後ろにいたから」
「なん……だと……?」
ピッタリ真後ろにいて、気づかせなかっただと!?
お菊ちゃんって中国拳法を使う海王なのか?
「ね? 邪気がついてたでしょ?」
ルーナがどや顔で控えめな胸を張っている。
「よ、よし! じゃあ、祓ってくれ、邪気を」
「合点承知の助!」
ルーナが構えをとる。
「それじゃーいくよー! み~こ~み~こ~!」
完全にかめ〇め波だ。
「破ーーーーー!」
往生際が悪い。
そこまでパクるなら『波』でいいだろ。
とにかくルーナがみこみこ破を放った。
そして――。
……何も起こらなかった。
それに撃った方向、全然違うし。
「おい……。出てないぞ、何も」
「やっぱダメか~。しゃーないね」
「なぜ撃った?」
「ノリで出るかなーって」
「……そういの、ノリで出ることないと思うぞ?」
「やっぱり?」
「とにかく、ちゃんとした方法で祓ってくれよ」
「あはは! やだなぁ。できるわけないじゃん。私、巫女だよ?」
「……」
巫女ってそういうのが仕事じゃなかったっか?
てかできないなら、なんで来たんだよ。
「あ……ああ……」
みこみこ破にビビッてしゃがんでいたお菊ちゃんがすくっと立ち上がった。
鬼の形相だ。
足元には割れた皿が散乱している。
「8枚、足りない!」
そう言って襲い掛かってきた。
いや、割ったのお前だよ!
人のせいにするなっ!
「アアアアーーーッ!」
お菊ちゃんが皿を振り上げて、目を血走らせながらこっちに向かって来る。
呪いじゃなく、物理で殺りにきた。
非常にヤバい。
「な、なんとかしてくれ!」
「任せて!」
ルーナは両手で印を結ぶ。
「忍法、変わり身の術!」
そう言って、お菊ちゃんの方へ俺の背中を全力で突き飛ばしてきた。
「ちょ、おまっ! それ、変わり身じゃなくて囮!」
てか、なんで忍術!?
「皿の仇!」
お菊ちゃんが皿で殴りつけてくる。
あ……死んだな、俺。
だが、皿は俺ではなく壁に当たって砕け散った。
「ア、アア……。きゅ、9枚足りない!」
憎しみがこもった恐ろしい表情で睨んでくる。
「頼む、ルーナ。マジで助けて!」
「むむ! こうなったら、暴力(物理)でいくしかないか」
巫女にあるまじきことを言い出した。
ルーナはファイティングポーズをとる。
が、明後日の方向を向いていた。
「やる気あんのかーー!?」
「だって、悪霊が視えないんだからしゃーないじゃん!」
「視えないのかよっ!」
お前、何ならできるんだよ!
「うおっ!」
なおもお菊ちゃんの攻撃のターンが続く。
必死に避けるしか手がない。
「部屋に皿ってないの?」
ルーナが叫ぶ。
「あ、あるにはあるけど……」
「渡して! 早く!」
お菊ちゃんの追撃を躱し、引き出しから皿の束を出す。
「これだぞ? ダメだろ!」
「気持ちが大事だから!」
ホントかよ?
南無三。
「はい、お皿!」
「ア? ああ……」
お菊ちゃんの動きがピタリと止まる。
ポロポロと涙をこぼしながら、皿を胸に抱きしめた。
「いまだ! やー!」
ルーナが部屋の端っこで手を広げている。
なにやってんだ、あいつ?
「これで……殿に怒られなくて済む……」
お菊ちゃんがスーッと、霞のように消えていった。
たぶん怒られると思うぞ。
……だって、それ、紙皿だもの。
まあ、満足そうにしてたからいいか。
「イエーイ! 邪気払い大成功!」
「イエーイ! やったな!」
ルーナとハイタッチする。
「全部解決だね!」
「ああー」
まだお前が残ってたね。
「見事、邪気が祓われたわけだけども! 私のおかげで! わ、た、しの!」
「そうだな。……そうかな?」
「感謝の印に、ポチッといっちゃって」
「なにを?」
「チャンネル登録」
ルーナがクイクイとチャンネル登録ボタンを指差す。
それで気が済むなら安いものだ。
巫女ちゃんねるを登録する。
「やたー! 登録者初ゲ~ット!」
ピョンピョンと飛び跳ねている。
「にしし! じゃあ、またね!」
ルーナがモニターに頭を突っ込もうとした瞬間。
ガン!
モニターが倒れた。
「……ルートが閉じてる」
「ああ、神気だかを使った道の話か?」
「ちょっと待って。マジで? え? 帰れなくない? そんな……」
ブツブツと独り言をつぶやき始める。
徐々に目のハイライトが消えて、虚ろになっていく。
そして――。
「……ハッピーハッピーハッッピーー! ハピハピハピー!」
どうやら精神だけ先にお帰りになれたみたいだ。
心配するな。体は着払いで送ってやる。
ふう、とため息をついた後、笑顔になるルーナ。
「ま、いっか。こっちの世界に興味あったし」
「それはなにより」
「……」
ルーナはプルプルと小さく震え、ジワリと目に涙を浮かべる。
「てめーのせいだ! 責任取れ、コラーー!」
いきなり襲い掛かってきた。
「どこがだーー!?」
……今日は襲われてばっかだな。