第19話 巫女と登録者数と、遠すぎる100万の壁
「マーさん。もう9時です。大学遅刻しますよ」
ユサユサと揺すられて目を開けると稲荷様が俺を覗き込んでいた。
「……おはよう」
「朝ごはんです」
ギュッと口の中に昨日のいなり寿司を詰め込まれる。
うん。助かるよ。その気持ちは嬉しい。
けどね、起きた瞬間にいなり寿司をねじ込まれるのはキツイ。
昨日もたくさん食ったし。
いや、美味しんだけどね。
俺がいなり寿司を飲み込んだのを見て、稲荷様は満足げにキッチンの方へ歩いていって洗い物を始めた。
台の上に乗って、手慣れた様子で皿を洗っている。
「そんなに働かなくていいんだぞ」
「お世話になっていますので」
うーん。健気。というか偉い。
それにくらべ……。
チラリとルーナを見ると、モニターにかじりついていた。
「ルーナも見習ってほしいな」
「ルーナさんも頑張ってますよー」
洗い物をしながらそんな健気なことを言う。
稲荷様。
そんなにルーナに気を使わんでもいいんだぞ。
カップ麺を食べた主犯にされたんだし。
なんて思っていたら、ルーナはどこか浮かない顔をしていた。
「……なんかあったのか?」
「うん。これ」
ややテンション低めな声で、『巫女ちゃんねる』のページの登録者数を指差す。
その指の先を見て、俺は思わずテンションが高くなる。
「んん? お! 130になってるじゃん。すげー!」
だが、それとは裏腹に、ルーナは眉をひそめている。
「なんだよ、嬉しくないのか? 30も増えたんだぞ? すげーじゃん」
「んー。そうなだけどさー。でもね。例えばさ、1年で300回くらい配信するとするでしょ?」
「ちと多い気がするけど、それくらいやらないとだよな」
「で、1回につき、30人ずつ増えたとしても1年で9万人でしょ?」
「そうなるな」
「そしたらさ、100万人になるのは10年後になっちゃうよ?」
うっ!
改めて数字で突き付けられると、絶望的だな。
「さすがに10年ニートしてたら飽きるし」
真剣な目のルーナ。
「……働けばいいだけでは?」
なんで、ニートなのが前提なんだよ。
「使命もあるし……」
確かに10年もプライベート皆無の、この部屋でルーナを養うのは勘弁だ。
もう刑務所の方が気楽なんじゃないだろうか。
とはいえ、すぐに手を打たないとな。
ルーナに10年も寄生させるなんて、考えただけで恐ろしい。
よし、いっちょ気合入れるか。
***
外からスズメの鳴く声が聞こえてくる。
「うおっと」
窓から朝日が差し込んできている。
企画を練っていて、寝落ちしてた。
だが、次の配信の企画が完成したぞ。
あの場所であの都市伝説を使うなら絶対いける。
驚け、ルーナ……って、あれ?
ベッドには稲荷様だけが寝ている。
……どこ行ったんだ?
家の中を見渡しても見当たらない。
そもそもあんま広くない部屋だから、見渡すまでもないけど。
出かけたのか?
外に出てみるとアパートの前にある共有広場でルーナが座禅を組んで目を瞑っていた。
気のせいか、ルーナの周りに風が渦巻いているように見える。
「……」
思わず見入ってしまった。
いつもと雰囲気が違う。
なんていうか……凛とした清楚なイメージ。
巫女っぽい。
普段のあいつとは真逆だ。
「ふっ!」
ルーナが目を開くと同時に、電球のようなガラスが弾けるような音。
「うわっ!」
いきなり怪奇現象のようなことが起こったことで、思わず声を上げてしまった。
いくら朝でもビビるって。
もし夜だったら失き……失神してたかも。
そして、その声でルーナがこっちに気付く。
「あ、マネー。おはよう」
「……今の、なんだ?」
「神気を高めて集中する修行」
「お前が修行するなんて、明日、肉でも降るんじゃないか?」
「なにそれ、最高!」
目を輝かせるルーナ。
いやいやいや。
本気にするなよ。
でも、確かに最高だよな。
降ってこないかな、肉。
「にしても、今更修行なんてどうしたんだ?」
「ぶぶー! 毎朝、やってましたー!」
ぷくぅと頬を膨らませ、口を尖らせるルーナ。
……そう言えば、稲荷様がルーナも頑張ってるって言ってたな。
「神環の巫女候補だからね」
「そういえば、それってなんだ?」
するとルーナはふっふっふ、と不敵な笑みを浮かべ、胸を張って腰に手を当てる。
物凄く偉そうだ。
「世界の循環を保つ存在。神の声を聞いて、運命を整える役目なのだー!」
「全然わからん」
「簡単に言うと、世界の平和はルーナちゃんの肩にかかってるってこと!」
「へー……」
「それでね、邪気を神気で福運に変えて循環させて……」
「そこまでにしとけ。中二病こじらせすぎだ」
「……体に教えた方が早いかな?」
「面白れぇ、きなっ!」
この後滅茶苦茶ボコボコにされた。




