第16話 巫女と決意と、食い尽くされた今月分の命綱
昨日の配信の影響で、午前中の講義は疲れすぎて内容がまるで頭に入ってこなかった。
マジしんどい。
このあとバイトとか、嘘だと思いたい。
「お疲れだねぇ」
田中が横に座ってくる。
次の経済学は田中も履修しているのだ。
「昨日の配信、アーカイブで観たよ」
「おー。ありがと」
「感心しないな。あれは危険すぎ」
「次は気を付ける……」
下手したら死んでたかもしれないからな。
マジで。
正直、運に助けれたとしか言えない。
「配信の方向性を変えたら? まだ間に合うだろ」
田中がカバンから教科書やノートを出しながら言ってくる。
昨日の配信――いや、お姉さんのことが頭を過る。
結果的にお姉さんは成仏した。
してくれた。
だが、あれが本当に救いだったのかといえば、自信はない。
お姉さんは幸せになれたんだろうか。
「俺はさ、幸せなんだと思う。――田中がいてくれるから」
田中が動きをピタリと止めて、目を見開いて俺を見ている。
「っ!? ちょ、お前、それ、付き合うってこと……」
「一人とはいえさ、友達がいるんだから」
「……あー、そっち。はいはい。友達ね」
「ありがとな、田中」
「ばーか。こっちのセリフだっての」
ため息をついたかと思うと、口を尖らせてプイッと顔を逸らしてしまう田中。
……なぜ怒る?
褒めたつもりなんだが?
「俺さ、思ってたんだよ。幽霊なんて、害でしかないって」
「うん……。わかるよ」
「けどさ、好きで幽霊になったわけじゃないやつもいるって、わかった」
「……」
「だったら、そういう霊を成仏させてけば、俺たちみたいに巻き込まれるやつも減るんじゃないか?」
「まあ……そうだけど」
「正直、『巫女ちゃんねる』は嫌々始めたけど――それで誰かを救えるならやる価値はあると思う」
視聴者の邪気を払ったり、心霊スポットの幽霊を成仏させたり、色々できるはずだ。
「上手くいけばさ、幽霊を救うことだってできるかもしれない」
「お前が幽霊に向き合うって決めたのはすげーと思う。思うけど……」
ジッと俺を見てくる田中。
「お前に危険なことはしてほしくねーんだよ」
「……田中」
「ほ、ほら。唯一の友達がいなくなったら寂しいだろ?」
「そう……だな」
気を付けよう。
俺にとって田中は唯一の友達だが、田中にとっても俺が唯一の友達なのだ。
俺と出会う前、田中はずっと一人だと言っていた。
田中をまた一人にしたくはない。
だって、俺も一人は辛かったから。
一人だった頃の辛さは、痛いほどわかる。
けど、だからこそ、そういうやつを減らしたいから、『巫女ちゃんねる』を続けようと思うんだ。
***
大学が終わって家へと向かう。
今日は配信はないが、バイトがある。
昨日の今日で、疲労もある。
だが何よりも空腹感がヤバい。
「よし! 今日は奮発して禁断のカップ麺2個食いだ! それでバイトを切り抜けるぜ!」
頭の中で、どの組み合わせにしようかワクワクしながらドアノブを捻り、ドアを開ける。
「ただいまー!」
「おかえりー」
「なさいです」
部屋に入ると、ルーナがカップうどんを食べ、稲荷が上に乗っていた油揚げを食べていた。
「えーと……」
「ぷはーぁ! うん! 美味しい!」
ルーナはそう言って、汁を飲み干し、空になった容器を机の上に置く。
いいよ。別に。
俺もさ、お前らの飯のこと考えないで大学に行ったのが悪いと思うよ。
まだ寝ていたお前らを、昨日は疲れただろうと思って、敢えて起こさなかった俺が。
けどな!
限度ってもんがあるだろ!?
テーブルには空のカップ麺が詰み上がっている。
「食い過ぎだーー!」
段ボール箱の中を見ると、ストックしてあったカップ麺が全滅している。
「……おまっ。何してくれてんの? これ、今月分の食糧だぞ?」
「だって、そこにカップ麺があったから」
お前はあれか?
登山家か何かか?
「どーしてくれるんだよ!」
「マネーが肉を出してくれないのが悪い! マネーを肉塊にして謎肉にしないだけ感謝してほしいくらいだよ」
「え!? 謎肉って人間の肉だったのか!?」
知らなかった!
うーん、トリビア。
って、いや、さすがに嘘だってわかるよ!
「って、まあ、冗談だけども」
「……もう少し可愛い冗談にしろよ。ドン引きだっつーの」
「でもさ、昨日は色々と術を使って神気を使ったから、お腹減ったんだよ。だからしょうがないよね。ドンマイ!」
ぬ? 今度は同情を誘う作戦か?
確かに、昨日は頑張ったと思う。
ただ、ここで引き下がるわけにはいかない。
余計、図に乗る。
それとこれとは話が別だ。
黙って、家の食料を食い荒らしたのはギルティだ。
「今日からお前の飯、青汁だけな」
「拷問っ!? いや、その……違うの。私が食べたのは2個でそれ以外は稲荷ちゃんが……」
目を逸らすルーナ。
こいつ、サラッと稲荷に罪を押しつけやがった……!
「美味しかったです」
稲荷の無邪気な笑顔が心に刺さる。
ルーナに罪を被せられてるんだぞ。
「終わった。登録者数を100万にするより絶望的だ」
そんなときだった。
「私がなんとかします!」
胸を張った稲荷がそう言ったのだった。