第15話 巫女と人魂と、伝えられなかった「ありがとう」
未練を残して亡くなった人の魂が人魂になることが多いと聞いたことがある。
お姉さんにも、なにか心残りというか、心にひっかかることがあるのだろう。
「小さい頃からずっと病気がちでね。入院ばっかりしてたんだ」
炎を揺らしながら、お姉さんは語る。
「だから、友達も全然できなかった」
わかる。
友達ができないって、つらいよなぁ。
まあ、俺はあえて作らないようにしてたんだけど。
あえてね。あ、え、て。
「……高校のとき、隣に同い年の女の子が入院してきたの。その子は骨折だから、大体1ヶ月で退院したんだけどさ。すごく楽しかったなぁ」
同級生と一緒にいられた時間が少なかったんだろう。
そんなときに、隣に来て、話ができるだけで嬉しかったはずだ。
「その子が退院して、寂しくなっちゃったなって思ってたらね。お友達と一緒にお見舞いに来てくれるようになったんだ」
声がとても嬉しそうだ。
お姉さんにとっては幸せな時間だったんだろう。
「みんな凄くいい人たちで、すぐに友達になれた。でね。言ってくれたの。みんなで一緒の大学に行こうって」
そうか。
最初に俺に大学生かと聞いたのも、代わってと言ってきたのも、そういうことだったんだ。
お姉さんにとって大学に行くことは、友達との約束を果たすということでもあったんだろう。
「そんなとき、ずーっと待ってたドナーが回ってきたの。私は思ったんだ。これで元気な体で大学に行けるって」
――でも、その手術は失敗した。
失敗して、お姉さんはそのまま、帰らぬ人となってしまった。
「あーあ。みんなと大学に行きたかったなぁ」
沈んだ声ではなかった。
けどそれは空元気だとわかる、無理して明るくした声だ。
もちろん、大学に行きたいという気持ちはあったはず。
でも、お姉さんが一番望んでいたことは、『友達と一緒』に日々を過ごすことだったのだろうと思う。
今までできなかったことを、友達と一緒にやる。
それに対して、どれだけ心を躍らせていたのかが、声だけでも伝わってきた。
そんなお姉さんに対し、「大学なんてそんなに楽しくない」だなんて、無神経なことを言ってしまった。
少しだけ反省。
ただ、実際、俺自身、そう思っているのだから仕方ないという部分もあるのだが。
「そういえば、お姉さん。なんで人魂じゃなくなってたんですか?」
「……あー、それ聞いちゃう?」
「言いたくないならいいですけど……」
「いやね。あんまりウジウジしてても意味ないなーって思って、成仏しようと思ったの」
「いいことじゃないですか」
「で、最後に夜空でも見ながらって思って、屋上に行ったんだ。そしたら――」
一瞬の沈黙。
そしてお姉さんがため息を吐く。
「雨降ってきちゃって」
「……」
「慌てたよ。この火って、雨で消えるんだって」
俺も、ビックリしてます。
あの炎って、物理的な火だとは思わなかった。
けど、確かに雨の日に人魂見たって話、聞いたことないな。
「で、とにかく火だ! ってなって、ライターをずっと探してたんだよね」
「……そう言えば言ってましたね」
「でも、火が消えたせいか、段々と記憶が薄れてきて、自分が幽霊って忘れちゃったんだろうね」
だろうねって……。
そんな他人事みたいに。
「人魂にとって、炎は存在そのものだからね。それが消えちゃったら、存在が薄くなっちゃうんだよ」
突然、ルーナが胸を張って、偉そうな顔で解説を挟んでくる。
その解説にはなるほど、と思うが、なんかその顔がムカつくな。
「とにかく、ありがと。これで成仏できるよ。じゃあね」
お姉さんはゆらゆらと炎を揺らす。
そして、そのまま1分が経過する。
「……あの、お姉さん? どうしたんですか?」
「ねえ、どうやって成仏するの?」
「俺に聞かれましても」
そのときだった。
「おやおや? 何かお困りなのかな?」
再び、ドヤ顔をしたルーナがジロジロと俺の顔を見てくる。
なんだろう?
確かに困ってるが、こいつに頼りたくない気持ちが湧き上がってくる。
10倍返しを無言の圧力で要望してくるバレンタインデーのチョコを渡されるような感じだ。
……あ、俺、バレンタインデーのチョコもらったことねーや。
「ルーナちゃんが神気で成仏させてあげるよ!」
俺の返答を聞く前に、話を進めるルーナ。
「はああああ!」
ルーナが叫びながらクルクルと大きく腕を回し始めた。
……技を使うときの構えが毎回違うな。
それ、意味ないだろ?
絶対、雰囲気でやってるな?
「今度こそ、成仏するね」
「元気でって言ったら変ですかね?」
「あはは。あの世で元気に暮らすよ」
「そうだ。あっちにメリーちゃんって子がいると思います。友達欲しがってました」
「わかった。会ってみる」
そのとき、俺はあることを思いついた。
「こうやって迷ってる幽霊がいて成仏させる時に、お姉さんのこと話しておきますよ」
「ホント? あの世で友達100人できるかな?」
「きっと」
「本当にありがとう」
「……あ、お姉さん」
「ん?」
「俺、もう少し大学生活を楽しめるように、頑張ってみます」
「……うん! 私の分も、いっぱい、いっぱい! 楽しんでほしいな」
「……はい」
そしてルーナがお姉さんに向かって手をかざす。
「逝ってらっしゃい!」
ダセえ。
いい決め台詞考えないとな。
そして、お姉さんは光に包まれ、消えていった。
「さて、帰るか」
「うん」
「はい」
……ん?
今回の払うべき邪気って、稲荷だったような?
……よし、気づかなかったことにしよう。