第14話 巫女と怨霊と、戦力にならない味方たち
とりあえず、部屋から脱出だ!
俺は襲い掛かってくるお姉さんをヒラリと躱――せなかった。
足を引っかけられて、派手に転ぶ。
「ぐおっ! 痛ぇ!」
幽霊に足はないとは何だったのか?
昔から疑問だった。
普通に足ある幽霊多いよ。
てか、逆に足がない幽霊を見たことないんだが?
誰だよ、デマ流してるの。
お姉さんが馬乗りになって俺を押さえつけてくる。
『いいなぁ』『逆NTRじゃん!』『胸熱』
斜め上のコメントが流れる。
ふざけんな! どう見てもピンチだろうが!
少しは心配してくれても罰は当たらないと思うぞ。
「――代わって! 代わってよ!」
お姉さんが怖い形相で見下ろしている。
会ったときは明るく、陽気なお姉さんと言った感じだったのに。
今は患者衣で、地味で陰気なメンヘラお姉さんな雰囲気だ。
「えっと、なにをですか?」
「――楽しい大学生活、代わってよ」
「……そんなに楽しくないですよ、大学生活」
ピタリとお姉さんの動きが止まった。
が、すぐにまた凄んでくる。
「友達たくさんいるんでしょ?」
「一人しかいないです……」
「……」
だって、ほら。
大学って勉強するところでしょ?
みんな大学に夢見すぎだって。
お姉さんが可愛そうな子を見る目をした。
やめて。そんな目で俺を見ないで。
「次の人でいいや」
そう言って俺の首に手をかけてきた。
ちょっ! 俺はいらない子ってことですかっ!?
陰キャなボッチの何が悪いんだよ。
首を絞められ、意識が遠のいていく。
気持ち良くなってきた……。
ヤバい……。マジで……。
そのときだった――。
「丑三つ時にこんばんは! 異世界巫女Vtuberルーナちゃん、参上っ!」
現れたのは、獣耳と尻尾がついたままの状態でポーズをとるルーナだった。
俺は何とかルーナに向かって声を振り絞る。
「た……す……け……」
「おけおけ! 任せて!」
ルーナが両手で印を結ぶ。
「忍法、分身の術!」
ルーナから稲荷がポンっと出てきた。
「どう? 凄いでしょ!?」
「頑張りました!」
「遊んでんじゃねえ!!」
二人でなにやってんだよ!
一瞬だけ、「おお! すげー」って思ってしまったけども。
するとお姉さんが俺の首を絞める手を止めてルーナを見る。
「――代わって!」
今度はルーナに襲い掛かり始めた。
「ルーナ、逃げろ!」
「ひえええ! 稲荷ちゃん、助けて!」
ルーナが稲荷の後ろに隠れて、稲荷を盾にする。
お前……本当にダメなやつだな。
「任せてください!」
稲荷は大きく息を吸い込んだ。
そして――。
「ふーっ!」
なんと稲荷が炎を口から吹いた。
そうか。
お稲荷様は火を吐くって聞いたことがある。
ポッ、と炎が灯った。
ライターくらいの大きさの。
「……えっと、稲荷ちゃん。もっとボワーッと吐けないのかな?」
「はい! これが限界です!」
ルーナの問いに、にっこりと笑みを浮かべて元気よく言う稲荷。
……ああ。
稲荷もルーナと同様にあまり役に立たないタイプだな。
しょうがない。
ここは俺が何とかするしかないか。
「炎……?」
そう呟いて呆然としているお姉さんを、後ろから羽交い絞めにする。
「今のうちに稲荷を連れて逃げろ!」
「うん! 後は任せた! 頑張ってね、マネー! じゃあ、行こう、稲荷ちゃん!」
「はい!」
ルーナと稲荷が手を繋ぎ、部屋から出ようと走り出す。
ええ……。
そこはさ、「そんな! マネーを置いていけないよ!」くらい言ってくれよ。
お前は……本当に薄情なやつだよ。
まあ、いいんだけどさ。それが目的だったんだから。
ルーナが稲荷を連れて病室から出ようとしたときだった。
「待って!」
お姉さんが叫んだ。
悲痛で真剣で懇願するようなお姉さんの声に、俺はもちろんルーナも動きを止めた。
「……もう一回、吐いてくれない? 炎」
ルーナの手を放し、トコトコと稲荷がお姉さんのところへ近寄ってくる。
目の前の稲荷に、優しく語り掛けるお姉さん。
それは初めて遭遇したときのような優しい微笑みだった。
そんなお姉さんを見上げる稲荷。
「お姉さん、火が消えちゃったんですね?」
「うん。そうなの。だから……お願いしていいかな?」
「はい! もちろんです!」
稲荷が再び小さな炎を吐く。
それはまるで、夜道を照らす提灯のように温かい火だった。
お姉さんの身体に火が灯る。
その火は全身に燃え広がり、やがてお姉さんの体が小さくなっていく。
――そして、お姉さんは火の玉になった。
……そっか。お姉さんは、もともと『人魂』だったんだ。