第13話 巫女と幽霊と、思い出しちゃいけない写真
廃病院の中はひんやりしているのに、汗が吹き出してくる。
まあ、冷汗なんだけどね。
「どうかしたの?」
俺が足を止めたのを見て、幽霊のお姉さんがにこっと微笑んだ。
素敵な笑顔なんだけど、この場合は逆に怖い。
だって幽霊に微笑みかけられるって、完全に死亡フラグじゃね?
なんとか流れを変えなくては。
「あー、えっと、手分けして探しません? 2人で効率的に、こう……早く終わらせたいなーって」
「確かにね。でも一人で大丈夫? 一緒じゃないと怖くない?」
悪戯っぽい顔で聞いてくる。
はい。すっごく怖いです。お姉さんと一緒だと。
「平気です。こういうの、結構、慣れてるんで」
「そ。ならいいんだけど」
俺は1階からで、幽霊のお姉さんは3階から探すことにした。
勝負はお姉さんと合流するまで。
それまでにルーナを見つけて、速攻でここを脱出する。
ルーナに憑りついた稲荷が、病院に入ってからそこまで時間が経っていない。
だからきっと1階にいるはずだ。
そう思って俺の方から1階を探すと言ったのだ。
「稲荷ー! ルーナ! 出てきて―! お願い! マジで危険だから!」
大声で呼び続けながら病室を回っていくが、見つからない。
青い髪で、しかも今は狐耳と尻尾があって目立つから、見逃さないと思うんだが。
それにしても、部屋を覗くたびにドキドキする。
もう幽霊に会ってるから、出ないはずなのに、なんか怖い。
これはきっとあれだな。
お化け屋敷で、出てくるのは本物の幽霊じゃないってわかっているのに怖いっていうのと同じ感覚なんだろう。
もう……。
頼むから出てきてくれって。
泣くぞ?
大声で泣いちゃうぞ?
恥ずかしいだろ? それでもいいのか?
嫌なら出てきてくれ。
祈りながら病室のドアを開ける。
パッと見、この部屋にもいない。
ダメか……。
諦めて出ようとしたとき、病室の床に一枚の写真が落ちているのを見つける。
写っていたのは、幽霊のお姉さん――いや、生きていた頃の彼女だった。
友達と一緒に、患者衣を着てベッドの上で笑顔でピースしている。
入院していたときに撮られたんだろう。
それを見て、ゾッと背中に冷たいものが奔る。
ここがお姉さんの入院していた病室だ。
他の病室もそうだが、部屋の中には結構、色々な物が残っている。
きっと急に取り壊しというか廃業が決まったのかもしれない。
確か、お姉さんは「自分が幽霊だって気付いてない」って言っていた。
絶対にこの部屋に入れちゃダメだ。
自分が幽霊だって、思い出されてしまう。
もし思い出されたときに、どんな行動を取って来るかわからない。
いや……。経験上、こういうときはほぼ襲われるパターンだ。
断固阻止だな。
が、そんな願いも虚しく――。
「……」
気付いたときには、部屋の中にお姉さんが立っていた。
いつの間に?
お姉さんは無表情で、ジッとこっちを見ている。
「どうか……しました?」
すると、お姉さんがガタガタと震え始める。
そして、俺の方に迫ってきた。
「で、で、で……でたあああああああっ!」
突如、涙目になって抱き着いてくるお姉さん。
「な、なにがですか?」
「幽霊!」
「……ええ、まあ、出てますね」
今、俺の目の前にいます。
「なんか、青い髪の子で、獣の耳と尻尾が生えてた」
「……」
「しかも、なんか映像っぽいっていうか、あれ、絶対、人間じゃない!」
……あー、それ、探してるうちの子です。
Vtuberの状態のルーナに稲荷が憑りついているやつです。
「どこにいました?」
「お、屋上」
……真っ先に上に向かったのか。
どうりで見つからないわけだ。
ああもう……馬鹿と天才は高いところが好きっていうのは本当だな……。
あいつがどっちかっていうのは、言わずもがなだが。
「ここで待っててください。俺、見てきます」
「う、うん……。気を付けてね」
お姉さんに見送られ、部屋を出ようとしたときだった。
「……あれ?」
「どうかしましたか――」
しまったぁああああああ!
振り向くと、お姉さんが写真を手に取り凝視している。
「あ、あの……」
「……あー、そうだ」
手の中の写真から目を離さず、お姉さんが低く呟いた。
「私、ここに入院してたんだ……ずっと、忘れてた」
さっきまで健康的で活発そうな感じだったのに、一気に肌が土気色になる。
冷たい空気が広がっていくのと同時に、気配がドンドンと強くなっていく。
幽霊化。いや、怨霊化という感じだろうか?
「手術、絶対、成功するって……。また大学に行けるって言ってたのに」
『なんか写ってない?』『これ、あれでしょ! 女の幽霊じゃない?』『すげー! これ神回じゃん!』
興奮した視聴者が、次々とコメントを書き込んでいく。
幽霊と自覚したことで、霊体がはっきり形づいたのかもしれない。
俺の目にかけられていた、ルーナの術が弱くなったことで、今まで映っていなかったお姉さん。
それが、怨念が強くなることで、霊感がない人でも見えるようになったということだろう。
視聴者は大盛り上がりで、止めどなくコメントが書き込まれていく。
だが、それとは反対にお姉さんは写真を見たまま動かない。
部屋の中は静寂に包まれている。
「……みんなね、待っててくれてたんだ」
ぽつりとつぶやいた声は寂しそうだった。
絶望と孤独が混じり合った、暗い声。
入院していたお姉さんは病室でずっと独りだったんだろう。
病室で独りで過ごす。
そんな孤独が辛いのは痛いほどわかる。
俺も――。
「なんで私だけ!」
なんて考えてたら、お姉さんが襲い掛かってきた。
「ぎゃあああああああああ!」
……やっぱり。
結局こうなるんだよね。
わかってた。