第11話 巫女と狐耳と、つまみ食いの代償
「コンコンこんばんは……。い、稲荷って言います」
女の子は、目を潤ませて今にも泣きそうな声で、弱弱しく自己紹介してきた。
獣耳に太くて黄色い尻尾。
名前からして狐の化身だということがわかる。
にしても小さい。
見た目は完全に5歳の女の子。
まあ、実年齢はたぶん違うんだろうけど。
下手したら余裕で俺の10倍は生きていてもおかしくない。
見た目に騙されてはいけない。
俺は何度も痛い目を見てきたからわかる。
「わー! 可愛い!」
「ひゃあぁああ!」
ルーナが稲荷を抱きしめて、頬ずりし始めた。
稲荷はびっくりしたのかアワアワと慌てている。
『可愛いなー』『やっぱ、その子返して』
視聴者も騙されている。
というか、憑かれていたのに、返してくれと言う始末。
「おい、ルーナ。情が移るようなことはやめろ」
「ん? なんで?」
「……なんでって、そりゃ、これから祓うからだろ」
「祓う? 誰を?」
「この子」
俺は稲荷を指差す。
すると、稲荷は「ひっ!」と言ってルーナに抱き着いてしまう。
「はああ!? 何言ってんの!? こんな可愛い子を祓う? できるわけないじゃん!」
「いや、お前……。このチャンネルの存在意義を否定すんなよ」
「マネーは、稲荷ちゃんを祓いたいってこと!?」
「お前、それを言うのは卑怯じゃね?」
なんか俺が悪いみたいじゃん。
『鬼畜野郎!』『お前が祓われろ!』『稲荷ちゃん飼いたい』『可愛いは正義だろ』
ガンガンコメントが目の端に浮かび上がってくる。
完全に俺が責められる流れだ。
罵詈雑言の嵐。
まあ、2人で書き込んでるんだろうけど。
視聴者2人しかいないし。
確かに俺だって好きで祓いたいわけじゃない。
けど、そもそも『巫女ちゃんねる』は邪気を払うって企画で……って、ん?
「そういえば、お前、強い邪気って言ってよな? その子」
「え? あー、そう言えば……」
「てことは、悪い霊ってことだよな?」
「んー?」
ルーナがジッと稲荷を見る。
すると稲荷はモジモジしながら、恥ずかしそうに目を伏せた。
「ぼ、ぼくは……その、外道だから……」
「外道?」
見た目的にはそうは見えない。
というより、逆に対極に位置する存在とさえ思えてしまう。
「えっと、悪いことをしちゃって、神様から落ちちゃったの」
「ということは元々は神様だったのか?」
「うん……」
「悪いことって、何したの?」
ルーナがよしよしと頭を撫でながら稲荷に聞く。
「……油揚げを……つまみ食いしちゃったの」
「マジか……」
そんな程度で神様から外道に落とされるのか?
神様って結構、厳しいんだな。
というか、こんな小さい子がつまみ食いしただけで落とすなんて、神様の方が外道な気がする。
「稲荷ちゃんが外道なら、マネーは腐れ外道だよね」
「……なんで、急に罵倒したんだ?」
本当に失敬な奴だ。
勝手にやってきて、押し掛けてきて、ベッドを占有しているお前の方がよっぽど外道だぞ!
「神様に謝ってみたのか? 1回くらいのつまみ食いなら許してくれるだろ」
「それが、その……美味しくて……。もっと食べたいと思って……」
ん? つまみ食いは1回だけじゃないのか?
雲行きが怪しくなって来たぞ。
「でも、お供えは1日3回しかしてくれないし……」
「……十分なのでは?」
「だから……人間に憑りついたの」
「で、油揚げを食い漁ったと?」
「うん……」
コクリと頷く。
と同時に、口から涎が垂れる。
思い出しちゃったのかな?
「それ、何回くらいやっちゃったんだ?」
「……108回」
おう……。煩悩の数と同じか。
それはアウトだ。
神様なのに煩悩まみれだな。
そりゃ、外道に落とされるよ。
「じゃあ、ルーナが邪気を感じたのも……」
「視聴者の人に憑りついていたからだね」
腕を組んでうんうんと頷いているルーナ。
「ダメじゃん!」
「うわーん! ぼくは、ただ、至高の油揚げが食べたかっただけなんですー!」
泣き始める稲荷。
地味に煩悩が強まってる。
至高の油揚げって……。
もし、食べたとしても、次は究極の油揚げを食べたいとか言い出しそうだな。
それにしても、どうするかな?
この程度で祓うのもなあ……。
けど、108回ってもう常習犯だもんな。
ただ、注意したとしても辞めるとは思えない。
ここで逃がしてしまえば、被害が拡大するのは間違いなしだ。
「さすがにこのまま放置ってわけにもいかんよな?」
「うーん。そうだよね。困ったなぁ」
ルーナが顎に指をあてて、首を傾げる。
「私の油揚げが取られちゃうかもしれないんだもんね」
「困る理由、そこなのか?」
そのくらいなら、大したことないだろ。
「祓うんじゃなくて、封印するみたいな術はないのか?」
「あー、それは……」
――そのときだった。
いきなり稲荷が、スッとルーナの中に入って行く。
「ひゃうっ!」
動きが止まり、目が虚ろになるルーナ。
そして、ルーナの髪の中から、ぴょこんと狐耳が生えた。
その直後、スカートの隙間からふわふわの尻尾まで伸びてきて――。
「うわーん! ごめんなさーい!」
そう言って狐化したルーナ……いや、稲荷が走り出してしまった。
なんてこった。
お稲荷様じゃなくて、狐憑きになっちまった。