第10話 巫女と邪気と、出てきたのが可愛すぎた件
「きゃっほー! やったぁー!」
大学から帰ってきて、部屋に入るとルーナがクルクルと回っていた。
俺が大学に行くときもルーナはまだ寝ていた。
初の動画配信で大分疲れてたんだろうな。
正直、ルーナが静かなのが不気味というか、調子が狂うというか、変な感じだった。
大学で田中にもルーナの様子を聞かれたが、心配をかけたくなかったのでいつも通りと言っておいた。
ただ、大学に行っている間は、ちょっと心配だった。
けど、この様子ならすっかり回復したようだ。
まあ、回復したのはいいが、やっぱりこのハイテンションは、こっちが疲れるな。
俺が複雑な心境なのを気にせず、ルーナが駆け寄ってきた。
「見て見て! 巫女ちゃんねるの登録者数、すっごいことになってるよ!」
モニターをビッと指差す。
その指先を見てみると――登録者数100の表示。
「うおおおお! すげー! 100倍じゃねーか! 昨日まで1人だったのに、1日で三桁って!」
前回は田中のチャンネルにお邪魔させてもらった。
なので、実は『巫女ちゃんねる』はまだ動画を1つも出していない。
だからこれは100パーセントコラボのおかげだ。
さすが田中。お前、スゲーよ。
にしても、あっさりとキュン子超えか。
キュン子が100まで辿り着くまで1年半かかったんだけどな。
「あと、これを1万倍にするだけだね! パパッといっちゃうんじゃないかな?」
ルーナはかなりの浮かれ具合だ。
その姿を見て、俺のテンションは逆にダダ下がりしていく。
なんていうか夢から覚めた感じだ。
いきなり100倍になったから、簡単に思えるのもわからんでもない。
でも1を100にするのと、100を10000にするのとじゃ、難しさは全然違うと思う。
改めて考えてみると100万人という数字が遥か彼方に見える。
「……やっぱ、無理ゲーじゃね?」
「諦めたら、そこでマネージャー失格ですよ」
「マネージャーじゃねーし」
「じゃあ、カメラマンだね」
「……マネージャーがいいです」
どうせ同じこき使われるなら、こいつをコントロールできるマネージャーの方がいいな。
「これからもよろしくね、マネー」
「そこで切るなよ。お金みてーじゃねーか」
普通はマネとかだろ。
「話は戻るけど、次の動画配信どうする?」
「そうだなぁ。ここは2、3日かけて、しっかり練ろ……」
その瞬間――俺たちに戦慄が走る。
ポンッという軽い音とともに、登録者数が――100から99へと減ったのだ。
「なにぃーー!」
「えええ! なんで!?」
デジャブだ。
こんな場面、なんか見たことがあるぞ。
――そうだ。
「わかったぞ! これは復讐だ!」
「復讐!?」
「さては、お前、結婚して引退するって言ったな?」
「え?」
「くそ! 俺の3000円の投げ銭返せ、馬鹿野郎!」
「な、何の話?」
おっと。いかん。
つい、トラウマが蘇ってしまった。
なんてことをしている場合じゃない。
黙ってたら、また登録者が減りかねん。
とにかくここはすぐにでも動き出さないとコラボが無駄になっちまう。
「ルーナ、すぐに配信だ! 今夜やるぞ!」
「おーー!」
***
「イェーイ! 丑三つ時にこんばんは! 異世界巫女Vtuberルーナちゃんだよ!」
勢いで始めた配信だったが、視聴者はわずか2人しかいない。
『パチパチ』『コラボから来ました』
視界の端にパラパラとコメントが流れた。
あれ? おかしいな。
10人くらいは来てくれるものだと思ってたんだが……。
そういえば、キュン子のときも同じだった。
配信を見てたのは、俺と他に1人か2人くらいだったもんな。
「むむ! 強い邪気を感じる……そこの君!」
『え? 俺?』
視聴者のひとりから、戸惑った感じのコメントが書き込まれる。
「そう。君君。君だってば」
どうやら、2人のうち、1人に邪気――つまりは幽霊が憑いているみたいだ。
よかった。
初回の配信は超重要だからな。企画倒れにならなくて一安心だ。
『確かに最近、夢遊病みたいな感覚になる時がある』『マジで?』『うん。当たってる』
視聴者からそんなコメントが書き込まれた。
「神環の巫女の私が、君の邪気を祓ってあげる!」
『お願いします』
との書き込みに、ルーナは親指をグッと立てる。
「任せなさーい!」
ルーナは両手を胸の前で合わせて「はああー!」と叫ぶ。
するとルーナの体が光り輝く。
モニターの向こうに神気でルートを作って幽霊を引っ張ってくるのだ。
ルートを繋げられるなら、ルーナがあっちの世界に帰れるんじゃないかと思ったが、そう上手くいくわけじゃないらしい。
ルーナの話だと、まだまだ小さい道しか繋げなくて無理みたいだ。
「成功報酬はチャンネル登録でよ、ろ、し、く、ね★」
ルーナはアイドルのようなポーズを取った後、俺に向かってグッと手を突き出す。
そして、俺の体を貫いた――と思ったが、ルーナの腕の方が消えている。
どうやらルートに手を突っ込んだようだ。
「お!? 掴んだよ! よーし! いっくよー!」
ルーナが手を引き抜こうとする。
……あれ?
祓うには、幽霊の心残りを解消しないとならないんだよな?
その前にお菊ちゃんやメリーちゃんのときみたく襲われない?
無策で引き抜いたらマズくないか?
「それーー!」
「待て、ルー……」
制止する言葉も虚しく、ルーナは勢いよく邪気を引き抜く。
せめて大人しい幽霊で頼む!
それは、ある意味願い通りだった。
『メロい』
そう。
コメントで書かれた通り、現れたのは視聴者受けするような可愛らしい子供。
しかも――獣耳ロリっ子だ。
えーっと。
これ、大丈夫なの?
コンプラ的に。
祓ったりしたら炎上すんじゃね?