第4話 潜龍の牙
潜龍は、淵に潜み、爪を研ぎ、昇天の時を待つ。その動きは静かであるが故に、敵に察知されにくい。だが、その牙は既に研ぎ澄まされ、ひとたび機が至れば、瞬く間に敵の喉笛を食い破るであろう。諸葛誕の揚州における活動は、まさにこの潜龍の如く、静かで、しかし着実なものであった。
揚州都督としての諸葛誕は、公の場においては、司馬昭への恭順の意をあくまでも示し続けていた。毎年欠かさず洛陽へ送られる上奏文には、大将軍司馬昭の武威と徳を称賛する言葉が、これみよがしに並び、揚州で採れた名産品や珍しい禽獣が貢物として献上された。その態度は、中央の司馬昭をして、「諸葛公休も、ようやく時勢というものを悟ったか。あるいは、揚州の安逸な生活に骨抜きにされたか」と一時的に安堵させるに足るものであった。司馬昭の側近の一人、鍾会などは、「諸葛誕はもはや牙を抜かれた老犬に等しい。警戒するに値しません。むしろ、彼を懐柔し、その名声を利用する方が得策でしょう」と進言したという。
しかし、その忠臣の仮面の下で、諸葛誕は着々と、しかし静かに、来るべき嵐に備えて牙を研いでいた。彼の目は、決して老犬のそれではなく、獲物を狙う虎の眼光を宿していた。
寿春城の城壁は、老朽化した箇所の修繕という名目で、密かに分厚く高く増強され、城内には新たな兵糧庫や武器庫が、目立たぬように、しかし戦略的に重要な位置に建設されていった。兵糧や武器は、淮水や長江の水運を利用して、少しずつ、しかし確実に集積されていった。その買い付けは、揚州各地の豪商たちを通じて行われたが、彼らの多くは諸葛誕に恩義を感じているか、あるいは彼の将来性に投資する者たちであった。諸葛誕は、彼らとの間に単なる取引関係以上の、信頼に基づいた協力体制を築き上げていた。
死士たちは、その活動範囲を徐々に広げていた。ある者は行商人として各地の市場に紛れ込み、物価の動向や民衆の噂話を集めた。ある者は旅芸人として宴席に潜り込み、役人たちの本音や不満を巧みに聞き出した。またある者は、役人の下働きとして官庁に入り込み、公文書の写しを密かに入手した。彼らは、揚州各地の都市や村々に散らばり、緻密な情報網を構築していった。その中核を担ったのは、陳黙のような読み書きに長け、分析力に優れた者たちであった。彼らは、司馬氏に通じる不穏分子の動向を監視し、その情報を定期的に寿春へ報告した。時には、司馬氏の間諜と思われる人物を密かに捕縛し、荀顗の指揮の下で尋問することもあった。その結果、司馬昭が揚州に対して抱いている不信感が、未だ根強いものであることも明らかになった。
民政においては、諸葛誕は公正無私を心がけ、不正を働く役人を厳しく処断した。彼は自ら揚州各地を巡察し、民の声に耳を傾け、水害や旱魃といった自然災害が発生した際には、迅速に救援隊を派遣し、自ら陣頭に立って民を救済した。その際、彼は粥廠で民に粥を施すだけでなく、自らも民と同じ粗末な食事を摂り、彼らの苦しみを分かち合ったという。その結果、彼の名は揚州の民にとって、単なる為政者ではなく、慈父の如き存在となりつつあった。
「諸葛公のためならば、我らは何でもする」
そのような声が、民衆の間から自然と上がるようになっていた。
「民衆の支持なき蜂起は、砂上の楼閣に過ぎぬ。いかに精強な軍隊を擁していても、民心が離れてしまえば、それは根のない大木と同じだ。すぐに倒れてしまうだろう」
諸葛誕は、その言葉の意味を骨の髄まで理解していた。彼が死士に求める絶対的な忠誠は、民衆からの広範な信頼という肥沃な土壌があってこそ、より強固なものとなり、そして持続可能となる。この思想は、かつて諸葛亮孔明が蜀で示した民政重視の姿勢とも通じるものであった。
死士たちもまた、民衆との良好な関係を築くことを厳命されていた。民衆の中に溶け込み、彼らの信頼を得ることこそが、最良の諜報活動であり、また来るべき決起の際の最大の力となるからだ。彼らは、決して民衆に威圧的な態度を取らず、むしろ積極的に彼らの手助けをした。
そして、諸葛誕の視線は、揚州の東方、長江の向こう岸にも向けられていた。死士の中には、呉との国境地帯である巣湖周辺や長江沿岸で活動し、かの地の商人や漁民、さらには下級役人と巧みに接触を持つ者もいた。来るべき時に備え、強大な隣国、孫呉との連携も、諸葛誕は密かに視野に入れ始めていたのである。無論、それは危険極まりない賭けであった。呉は長年魏の宿敵であり、その力を借りることは、魏の臣として許されざる背信行為と見なされる可能性が高い。もし失敗すれば、彼は裏切り者の汚名を着せられ、歴史に名を残すことすら許されないだろう。しかし、司馬氏という巨象に単独で立ち向かうことの困難さを、彼は誰よりもよく理解していた。大義のためには、時に泥水をすする覚悟も必要だと、彼は自らに言い聞かせていた。
ある日、死士のリーダーの一人である荀顗が、諸葛誕に密かに報告した。その表情は、常の冷静さを保ちつつも、わずかに興奮の色を帯びていた。
「殿、呉の国境守備隊の将校の一人と接触することに成功いたしました。名は施績といい、陸遜将軍のかつての部下で、なかなかの切れ者と見受けられます。彼は、現状の魏と呉の関係に疑問を抱いており、我が方の意図によっては、さらなる対話の用意があるとのことです。ただし、これは極めて慎重に進める必要がございます。呉の宮廷も一枚岩ではございませぬ故」
諸葛誕は、地図上の呉との国境線に指を置きながら、深く考え込んだ。その指先は微かに震えていた。
「荀顗よ、呉は信用できる相手か? 彼らは、我々を利用するだけ利用して、最後には裏切るのではないか? かつて、赤壁の後、劉備殿が呉と結んだ同盟も、結局は荊州を巡る争いに発展した。歴史は繰り返すものだ」
「その可能性は否定できません。しかし、殿。現状を打破するためには、多少の危険は冒さねばなりますまい。それに、呉の内部にも、司馬氏の台頭を快く思わぬ者は少なくないと聞きます。例えば、丞相の孫峻亡き後、権力を握った孫綝なども、野心家ではありますが、魏の内乱を北伐の好機と捉える可能性は十分にございます。重要なのは、我々が彼らにとって、単なる駒ではなく、共に利を得られる対等な相手であると認識させることでございます」
荀顗の言葉には、状況を冷静に分析し、最善の道を探ろうとする知性が光っていた。
「うむ…」
諸葛誕はしばし沈黙した後、決然と言った。
「よし、その線で、さらに情報を集めてみよ。施績との接触は継続し、可能であれば、より高位の者とのパイプを探れ。だが、決して焦るな。我々の動きが呉に察知され、それが司馬昭の耳に入るようなことがあってはならぬ。それは、我々の破滅を意味する」
静かな揚州の地で、巨大な嵐がその胎動を始めていた。それを明確に察知する者は、魏の中央にも、そしておそらく呉の宮廷にも、まだごく少数であった。潜龍は、まだ淵に潜んだままであったが、その鋭い爪は、既に研ぎ澄まされつつあり、ひとたび天命が下れば、昇天し、中原にその威を示す準備を整えつつあったのである。