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第3話 死士、誕生

組織とは、個々の弱さを補い合い、個々の力を増幅させるための精巧な機械である。だが、その機械自体が脆弱であっては、あるいは部品同士の連携が悪ければ、砂上の楼閣を築くのと同じ結果しか生まない。諸葛誕が目指したのは、単なる寄せ集めの兵士の集団ではない。一個の強靭な意志として機能し、あらゆる困難を突破しうる精鋭部隊の創設であった。その核となるのが、先の「寿春の盟約」で彼に忠誠を誓った者たちの中から、さらに選りすぐられた者たち、すなわち「死士」であった。それは、数千の志願者の中から、わずか数百名に絞り込まれた精鋭中の精鋭であった。この選抜は、数ヶ月に及ぶ厳しい審査と基礎訓練を経て行われた。

彼らは、その日から、常人の想像を絶する過酷な訓練に従事することになる。季節が夏から秋へと移り変わる頃には、寿春城外に設けられた秘密の訓練場は、昼夜を問わず、男たちの怒号と剣戟の音、そして時折漏れ聞こえる苦悶の声に包まれていた。

集った者たちの中には、かつて司馬氏の圧政で家族を無実の罪で失い、復讐の炎を胸に燻らせていた元農民の男がいた。名を李信というその男は、寡黙だが、一度狙った獲物は逃さぬ執念深さを持っていた。彼は、夜ごと家族の仇を討つ夢を見ていた。またある者は、諸葛誕の粥廠で飢え死に寸前を救われた恩義に報いようとする、まだ年の若い元孤児であった。名を小虎といい、身軽さと状況判断の速さが彼の取り柄だった。彼は、諸葛誕を父のように慕っていた。そして、かつて夏侯玄に仕え、その無念を晴らさんと機会を窺っていた元下級役人の男もいた。名を陳黙といい、冷静沈着で読み書きに長け、情報収集や分析に非凡な才能を示した。彼は、夏侯玄の理想を諸葛誕に託していた。彼らの動機は様々であったが、諸葛誕という一点において、彼らの魂は共鳴し、共に死線を越える覚悟を固めていた。

彼らは武芸百般を叩き込まれた。剣術、槍術、弓術といった基本的な戦闘技術はもとより、断崖絶壁を猿のように登攀する技術、音もなく敵陣に忍び込む潜入術、橋梁や兵糧庫を爆破する破壊工作、敵の情報を巧みに引き出す尋問術。そして何よりも、いかなる状況下でも生き延びるための生存術。飢餓と渇きに耐え、傷を負っても自ら治療し、暗闇の中でも方向を見失わない。それは、人間を極限まで鍛え上げる、文字通りの地獄の訓練であった。泥にまみれ、血を流し、仲間が脱落していくのを目の当たりにしながらも、彼らは歯を食いしばって耐え抜いた。

諸葛誕は、多忙な都督の職務の合間を縫って、自ら訓練場に頻繁に赴き、その進捗を厳しく監督した。彼の眼光は鋭く、僅かな怠慢も見逃さなかった。

ある日、模擬戦で精彩を欠いた若い死士、小虎に対し、彼は静かに、しかし厳しい口調で言った。

「小虎よ、貴様の命は、もはや貴様一人のものではない。貴様の背後には、同じ釜の飯を食う仲間がおり、そしてこの私がいる。そのことを忘れるな。ここで流す汗の一滴が、戦場で流す血の一滴を減らすのだ。お前が生き延びることで、救われる命があることを知れ」

その言葉は、鞭打つよりも効果的に、若い死士の心に深く刻まれた。彼は、その夜、一人涙を流し、翌日から人が変わったように訓練に打ち込んだという。

諸葛誕は人材登用において慎重な男であったが、それは死士の育成においても同様であった。死士の候補者については、推薦者の言葉を鵜呑みにすることなく、必ず自らの目で確かめ、複数の人物からの評価を聞き、時には密偵を用いてその過去や素行を徹底的に調べ上げた上で判断を下した。そして、一度死士として認められた者については、その推薦理由を公にし、後にその働きぶりを評価する際には、その推薦が適切であったかどうかを公に議論し、推薦者に対しても賞罰を定めた。この徹底したシステムが、死士たちの質の高さを担保していたと言えよう。それは、情だけに頼らない、冷徹な組織運営の側面でもあった。

だが、諸葛誕が重視したのは、単なる戦闘技術や体力だけではなかった。彼は、死士たちに、なぜ戦うのか、誰のために戦うのかを繰り返し説いた。それは、滅びゆく曹魏への忠誠であり、天下を私せんとする簒奪者・司馬氏への正当な抵抗であり、そして何よりも、諸葛誕という指導者個人への絶対的な信頼であった。

荀顗は、その知性と弁舌をもって、死士たちに歴史の教訓や、大義とは何かを説いた。陳黙のような読み書きのできる者は、他の死士たちにそれを分かりやすく伝えた。訓練は、単なる肉体の鍛錬に留まらなかった。毎夜、彼らは諸葛誕の言葉を反芻し、仲間と語り合い、己の死の意味を問い続けた。脱落者は肉体的限界よりも、この精神的重圧に耐えかねた者が多かったという。

「諸君らは、単なる兵器ではない。諸君らは、私の手足であり、私の目であり、私の心だ。我々は、同じ船に乗った運命共同体なのだ。諸君らの痛みは私の痛みであり、諸君らの喜びは私の喜びだ」

彼は、死士たちとの食事の席で、そう語ったという。その言葉には、彼らを道具としてではなく、かけがえのない仲間として見ているという温情が滲んでいた。彼は、死士たちの名前と、できる限り彼らの身の上を覚えようと努めた。時には、訓練で傷ついた死士の手を自ら取り、薬を塗ってやることもあったという。

彼は死士たちの生活を保障し、その家族にまで細やかな配慮を欠かさなかった。給与は他の兵士よりも高く設定され、負傷した者には手厚い治療が施され、戦死した者の家族には十分な見舞金が支払われた。金品だけでは人は動かぬ、説得だけでも人は動かぬ。その両輪があってこそ、人は自らの命を賭ける覚悟を固めるのだと、諸葛誕は深く理解していた。彼は、死士たちにとって、厳格な指揮官であると同時に、慈悲深い父親のような存在でもあった。

やがて、過酷な訓練と実戦形式の演習(時には、揚州内に潜む小規模な盗賊団の討伐などが、彼らの最初の「実戦」となった。そこで李信は、その執念深さで盗賊の頭目を追い詰め、手柄を立てた)を経て、死士の中から、特に優れた者が頭角を現し始めた。

その一人が、名を樊建はんけんという元盗賊の頭目であった。彼は粗野な言動が目立ったが、人心掌握術に長け、少数の部隊を率いてのゲリラ戦術においては、右に出る者がいなかった。彼は、かつての仲間数名と共に諸葛誕の軍門に下り、その腕っ節と度胸で死士の地位を勝ち取った。諸葛誕は彼の過去を問わず、その実戦的な能力を高く評価した。

また、もう一人は、名を荀顗じゅんきといい、かつて名門士大夫の家の出であったが、司馬氏の台頭と共に家運が傾き、諸葛誕を頼ってきた男であった。彼は武勇には優れなかったが、その冷静な分析力と緻密な戦略眼、そして巧みな弁舌は、諸葛誕の深い信頼を得た。彼は、死士たちの思想教育や情報戦略を担当し、組織の頭脳として機能した。

この樊建と荀顗は、性格も出自も対照的であったが、諸葛誕への忠誠心においては共通しており、やがて死士たちの中核を担う二大リーダーとして、互いに競い合い、また協力し合うことになる。彼らの存在は、死士たちの多様性と、その結束力を象徴するかのようであった。

ある夜、訓練を終えた樊建が、汗だくのまま諸葛誕の前に進み出た。

「殿、我々は何時までこのような訓練を続けるので? 一刻も早く、司馬の奴らに一泡吹かせたいのですがね。俺の仲間たちも、うずうずしてやすぜ」

その言葉には、彼の焦燥と、戦への渇望が滲んでいた。

諸葛誕は静かに答えた。

「樊建、焦るな。虎は、狩りの前に爪を研ぐ。そして、風を読み、獲物の油断を待つ。我々もまた、その時が来るまで、力を蓄え、機を窺わねばならぬ。その時は、必ず来る。お前たちのその滾る力を、無駄死にさせるわけにはいかぬのだ」

その言葉には、絶対的な自信と、部下への深い配慮が込められていた。樊建はその言葉に、不承不承ながらも頷き、静かに退がった。彼の胸には、主君の言葉への信頼と、来るべき戦いへの高揚感が、より一層燃え上がっていた。彼は、諸葛誕が自分たちを単なる駒ではなく、大切な戦力として考えてくれていることを感じ取っていた。

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