「春がきますよ」
春夏秋冬。
季節はめぐりますが、その間、他の季節はどうしているのでしょうか。
どこかにかくれてねむっているのでしょうか。
いいえ、ちがいます。
あの子たちはそれぞれの季節のお家にいるのです。
おやおや、信じていないようですね。
では、少しだけ春のお家をのぞいてみましょうか。
大きな桜のツリーハウス。
それがあの子たちのお家なのです。
まだつぼみ姿の桜の木をらせん階段がぐるぐると。
ひとつふたつみっつ。
てっぺんに向かって3つのお家があります。
桜色のふんわりとしたくせ毛をゆらしながら、ちんまりとした春の精たちがその周りをとんであそんでいます。
え? とべるなら階段は必要ないだろうって?
そんなことはありません。だって、ハルおばさんはとべませんもの。
ああ、話をしていたら、ほら、ハルおばさんです。
「~~♪」
鼻歌を歌いながら、きれいな漆の重箱を持って、らせん階段をくるくると上ってきます。
まっ白なおだんごにした髪にまっ白なエプロン。その下には若草色のロングワンピースが見えます。
彼女はハルおばさん。
ここで春の精のお世話をしてくれている人です。
ほかほかのおいしいごはんを作ってくれたり、ふわふわの髪をクシでといてもっとふわふわにしてくれたり。
春の精はみんな、ハルおばさんのことが大好きです。
だから、姿をみつけるとよろこんで近寄っていくのです。
「ハルおばさん、なにしてるの?」
「ん? 桜の葉をはこんでいるんですよ」
「さくらのは?」
「塩づけしたツリーハウスの桜の葉です。春がきますからね」
「ハルおばさんったら、まだ春きてないよ」
ベテランの春の精がおかしそうに笑います。
「どういうこと?」
新人の春の精がふしぎそうに首をかしげます。
春の精の姿はみんなおんなじです。
でも、なんども春を体験している子もいれば、今年がはじめての子もいます。
見た目は同じでも、みんな、ちがうのです。
ハルおばさんはひとつ、ただほほえみます。
すると、桜のてっぺんからふわ~っととんでくる子がいました。
「ハルおばさん、てっぺんの桜がさいたよ」
キラキラのおめめでそう言いました。
ベテランの子はビックリした顔をしました。
見上げると確かにてっぺんの桜がひとつ咲いていました。
ハルおばさんはニッコリしました。
「お知らせしないとね」
ハルおばさんは大きく息を吸い込みます。
「みなさ~ん、春がきますよ~!」
ツリーハウスにひびきわたる声。
『は~い!!!』
春の精が「わあっ」とお家からとびだしてきました。
桜吹雪が舞いました。
いいえ、ちがいます。
それは春の精のふわふわの髪の毛でした。
「桜がさいたよ」
「桜がさいたよ」
キャッキャッ。あははは。わあいわあい。
くるくる回ったり。手を取り合ってニコニコ笑い合ったり。
春がくるよろこびでいっぱいです。
ハルおばさんはほほえましく見守りながら腕まくりをします。
「さ~て、じゃあ、用意をしなくっちゃ」
「桜もち!」
「さくらもち?」
ある子はうれしそうに、ある子はふしぎそうに言いました。
ハルおばさんはニッコリします。
「そうです、桜もちです」
ツリーハウスのてっぺんの桜が咲く。
それは春がくる合図なのです。
春の精はそれぞれの自分の春へと向かいます。
2つめのお家には台所があります。
みんなでごはんを食べる場所です。
ハルおばさんはそこで旅のおともに桜もちをわたします。
重箱にていねいにつめられたもちもちふわふわのできたての桜色のおもち。
そこにさっき持っていた塩づけした桜の葉をまいて春の精にわたして行きます。
ふしぎなのです。
それはいつだってぴったりなのです。
まるで春がくる日をわかっているようにハルおばさんはぴったり、いちばんおいしく、この桜もちを作るのです。
春の精は一列にちゃんとならぶと、うれしそうにそれを両手で受け取って、自分の春へと向かって行きます。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
重箱の中の桜もちはどんどんへっていきます。
そして、それはさいごのひとつになりました。
でも、あれれ、おかしいですね。
そこにはだれもいません。
ハルおばさんが数をまちがえてしまったのでしょうか。
いいえ、そんなはずはありません。だって、ちゃんとみんなの顔を思いうかべながら作ったんですもの。
「あらあら、あの子ったら、どこに行っちゃったのかしら」
ハルおばさんはだれがいないのか、ちゃんとわかっているようです。
ハルおばさんはさがしに行くことにしました。
ハルおばさんは1つめのお家のドアを開けました。
そこは春の精のねむるところでした。
小さなベッドがいくつもならんでいます。
オレンジや水色、黄色。ずらりとならんだカラフルなベッドはどれもぺったんこ。でも、一個だけこんもりしているベッドがありました。
「春がきましたよ」
ハルおばさんはそっと近づいて行くと、やさしくポンポンとしました。
こんもりはもぞもぞとうごきました。
中から顔を出したのは今にもなきだしそうな春の精でした。
「あたし、行かない」
ハルおばさんは春の精にしっかりと目をあわせてたずねます。
「どうして?」
「どうしても」
「あなたの春が待っていますよ」
「あたしの春はこないの」
「あなたの春がこない?」
「だって、あたし、春っぽくないもの。あたし、かなしいこととか、さびしいこととか、そんなことばっかりかんがえちゃうの。こんなの春っぽくないもの。春ってもっとあかるくてあったかいものなんでしょ」
ハルおばさんは考えました。
この子は今年がはじめての春でした。
はじめてだからこわくて、はじめてだから知らないのです。
「そうかしら。私はそうは思わないけれど」
「どうして?」
「あったかくてやさしいだけが春じゃないわ。春はね、お別れの季節でもあるのよ。あなたの春はきっと誰かのさびしい心をつつみこんでくれるでしょうね」
「春だけどいいの?」
「春だけどいいんです。あなたがいなくてさびしいです。あなたがいなくてかなしいです。これも春ですよ」
春の精のふわふわとした髪をなでます。
「大丈夫、あなたの春もとてもすてきですよ」
心からの言葉を贈ります。
春の精の目がじんわりとします。
「ありがとう、ハルおばさん……」
なみだをかくすようにハルおばさんにぎゅっとだきつきます。
ハルおばさんはそのからだをやさしく抱きしめてくれました。
春の精は桜もちを受け取ると元気に自分の春へと向かって行きました。
「行ってらっしゃい。また季節がめぐったら帰ってらっしゃいね」
目を細めながら見送って、姿が見えなくなるとハルおばさんはひとつ大きなあくびをしました。
らせん階段をのぼって行きます。
3つめのお家がハルおばさんのお家。
ドアを開けると白いエプロンをとって、おだんごをほどきます。
そして、ベッドの中に入りました。
「あら、あったかい……」
春の精たちがあたためてくれたのでしょうか。
ハルおばさんのベッドはぬくぬくで春のにおいがしました。
「ふふふ、ありがとう。おやすみなさい」
ハルおばさんはすやすやと眠りにつきます。
夏と秋と冬の間、たくさんがんばりましたからね。
次に目がさめるのは春が帰ってきた時でしょうか。
それまでは少しの間、おやすみなさい。