第六話 コーゼス闘技大会(中編)
弓使いとの試合が終わった後、特にやることも無いので次の試合をヒルダと一緒に見ることにした。俺は今有名人状態なので一番前のいい席を譲ってもらった。役得だ。
「さて、第三試合はランクBの傭兵『岩石砕き』グレッド・ボッキントン対、生まれながらの剣士にしてこの町出身の聖騎士殿、天才アレフ・ケインツハイルだー!」
闘技場で二人の男が審判を挟んで向かい合っている。一人は俺が最初に戦ったのと似たような、典型的なパワーファイターだ。もちろんあんな木こりとは違ってがっちりとした厚い鎧をまとい、筋肉のつき方も気迫も、戦いを生業にしているものだと一目で分かる。得物は殺さないことを考慮しているのか、大きな棍棒だ。
もう一人は隙間の無い高級そうな鎧を着た、剣を携えているのが実に様になる騎士だ。短い金髪と整った顔はまるで物語から抜け出て来たようにも思える。
この町出身だからか、それともその実力と容姿からか、観客席から彼を応援する黄色い声が高く響く。
・・・・まあ後者だよなどう考えても。
試合ははっきり言って一方的な展開だった。傭兵の棍棒はことごとく空を切り、騎士の剣は確実に相手を追い詰める。
傭兵の動きが遅すぎて騎士についていけてないのだ。騎士は鎧を着ていながらまるでそんなもの無いかのように動き、傭兵が疲労した隙をついて首に剣を突きつける。
「勝者アレフ・ケインツハイル!」
会場が歓声に沸く。特に試合開始の時黄色い声を上げていた女性の集団は狂喜乱舞していて、ちょっと引くほどだった。そこらへんの川にでも飛び込みそうだ。
「やってくれました!さすが最大手の優勝候補と言われるだけのことはあります!
ですが優勝までには後二回!二回勝たなければなりません!そこにはあの無名の怪物・マキアスも含まれています!これからの活躍にも期待です!がんばれー!」
おい、なんでそこで俺の名前を出すんだ!そんな言い方したら俺が悪役みたいじゃねーか!悪魔だけど!
しかもなんかファンクラブ?の女性達がめっちゃこっち睨んでるし・・・試合前に毒でも盛られたらどうしてくれんだよ・・・
するとそのアレフとやらが俺に気がついたらしく、こっちを見た。そしてそのまま剣を抜く。
なんか嫌な予感がする。
「せっ、宣戦布告だー!アレフが観客席のマキアスに向けて剣を突きつけています!これは間違えようも無く宣戦布告!俺が倒してやるという意思表示です!これにマキアスはどう応じるのかっ!」
こ、この野郎。
俺をストレスで弱らせる作戦か?
やってくれるじゃねえか・・・そんなに悪役をやって欲しいのなら乗ってやるよ。
他の観客全てに注視される中俺は観客席から立ち上がり、親指を突き出した握りこぶしを天に掲げて、眼下のアレフに向けてつき降ろすしぐさをした。
いわゆる『地獄に落ちろ』のジェスチャー。今の俺の心境を最も正しく表現していると言えよう。
とたん湧き上がるブーイング。襲い掛かってくるような事は無かったが、はっきり言ってアレフが勝った時の歓声よりうるさい。例の女性陣なんか親の敵を前にした復讐者の形相で何事か叫んでいる。
そんなに叫ばれてもな。これで何もしなかったら俺がびびったみたいに見えるだろうが。
「ちょ、挑発です!アレフの宣戦布告にマキアスは悪質な挑発で返しました!まるで相手を愚弄するかのような行為!これは明後日の決勝が楽しみです!」
いや先に喧嘩売ってきたのはあの爽やかイケメンだろ。あの状況で何すりゃ悪役にならねーんだよ。
俺とヒルダはその後すぐ宿に帰ったが、帰る途中道ですれ違う人の半数以上に侮蔑の視線で睨まれた。何でもう町中に伝わってるんだよ・・・
精神攻撃を受けながらも無事宿に着いて夕食を頼むと、頼んだ料理が大盛りで出てきた。
何でか不思議に思って料理を運んできた兄ちゃんに訳を聞くと、なんでもいけ好かない爽やかイケメン騎士をへこませて欲しいとの事。
彼は同じ時期に奴と剣を習ったことがあったようで、何度も訓練で打ちのめされた上に、彼が好きになった女の子はことごとく爽やかイケメンが好きだったらしい。
・・・まあ気持ちは分かる。
どうやら町中が敵ということは無さそうだ。なんだか情けない気もするが。
「ねえマキアス。私あのアレフって人知ってるかもしれないです」
部屋に戻って寝る準備をしていると、ヒルダが俺の部屋にやってきてそんなことを言った。
「ちょっと前に、いくつかの聖騎士団をまとめてる団長さんが有望な若者が入ってきたって話してたんです。嬉しそうだったからよく覚えてます。たしかサークレア王国のすごい端っこの辺境の出だって言ってたから、たぶんそうだと・・・」
「げ。挑発に乗ったのは不味かったかな。顔見られた?」
「いえ、スカーフで隠してたから見られて無いと思います。それにマキアス以外眼中に入ってない感じでしたから」
うーん。こんな所でのんきに闘技大会に出てるって事はまず間違いなく俺が召喚された時に襲い掛かってきた連中の中にはいなかったと思うが、聖騎士と深く関わるのはよくないな。
聞いた限りじゃ聖騎士になったばかりの新米みたいだし団内での発言力は無さそうだけど、一応顔は見られないように気をつけよう。
次の日。準決勝の相手はかなり長い鉄槍を使う奴だったが、はっきり言って弓使いのほうが強かった。
どうやら俺の間合いの外から攻撃するために剣から槍に持ち替えたらしいが、にわか仕込みの槍術の突きなどたかが知れてる。最初の突きをかわして懐に入り、いつもの様に大剣で殴りつけて終わった。 試合時間は10秒にも満たない。
ブーイングがすごかったがそんなこと知るか。
爽やかイケメンも順調に勝ったらしく、お望みどおり俺と奴は決勝で戦うことになった。
大会最終日。この日は町全体が異様な盛り上がりを見せていた。
大会を見に集まった客目当てに集まった商人は聖騎士関連の絵や本を目玉商品として売り出し、吟遊詩人は悪の風来坊を叩きのめす聖騎士の歌を歌う。まさしくお祭り騒ぎだ。この町のほとんどの住人があの聖騎士が俺を倒すことを望んでいる。
俺にとってこの町は完全な敵地になったようだ。泣ける。奴をボコボコにしたらギルドに登録してすぐ町を出よう。
宿屋の兄ちゃんを筆頭としてこっそり応援してくれる若者もいたけどね。あと武具店のおっちゃんとか。
『ついに!ついにやってまいりましたこの日が!コーゼス闘技大会最終日!決勝の時です!
勝つのは豪腕の怪物・マキアスか!?それとも天才騎士・アレフ・ケインツハイルか!?
因縁の対決の火蓋が今切られるー!!』
因縁って・・・俺とこいつが会ったのは一昨日だぞ・・・
審判を挟んで俺とアレフが向き合う形になる。
後は開始の合図を待つだけだ。
「たしか、マキアスさんでしたよね」
いきなりアレフが俺に話しかけてきた。できれば声も覚えられたくないので無言で首肯する。
近くで見ると思った以上に若いことが分かる。ヒルダと大して変わらないんじゃないか?
「あなたの剣は乱暴に過ぎる。騎士以前に剣士として言いますけど、剣は棍棒ではないんです。
――――――それを僕が教えてあげます」
・・・・・・・・・
・・・ハハハ。
言ってくれるぜヒヨッコ。
実力を隠した俺も悪いが、ちょーーーーっと調子に乗りすぎかな?
――――――世の中は広いって事を、俺が教えてやるよ。
もうすぐ春休みが終わって忙しくなるので、更新が週一程度になると思います。申し訳ありません。