第五話 コーゼス闘技大会(前編)
俺たちは店を出た後、ギルド登録は大会終わるまで保留ということにして近くに宿を取り、4日間そこを拠点に色々旅の用意を整えてすごした。
俺は闘技大会が終わるまであの大剣をおっちゃんから借りるということになったので、代金は既に払っておいた。おっちゃんはいいって言ってくれたんだけど、やっぱりこういうことはきっちりさせとかないとダメだと思うんだ。もし大会で負けたら剣は返すって証書も書いた。
あとヒルダも短剣とナイフを何本か、それに三段ロッドみたいな無骨な鉄の杖を買ったから俺たちの金はほとんど無くなってしまった。そのためにも俺は大会で優勝しなければならない。
ちなみに優勝商品は駿馬と評判の馬一頭、それに30000セラだ。庶民からすれば目もくらむような大金と言っても過言じゃない。
大会はトーナメント式で8日にわたって行われ、勝ち抜いていけば一日に一回ずつ戦うことになる。他の選手の試合を見るのは自由のようだ。戦略立てるのも実力のうちって事だろう。
「それで、マキアスは何か勝算でもあるんですか?お店ではすごく自信満々で、勝つのが当たり前みたいに言ってましたけど」
今は大会前の待機の時間だ。俺は番号を呼ばれるまで待ってる。ヒルダは付き添いで、試合はちゃんと見ていてくれるみたいだ。
そのせいか周りの選手の視線が痛い。時々「いいご身分の野郎だ・・・」とか「ぶち殺したい」とか「死ねばいいのに」とか「リア充爆発しろ!」とか聞こえてくる。幻聴だと思いたい。
「いや、勝算って言うか、普通に戦って勝って優勝するだけなんだがな」
「じ、自信満々ですね」
そう言うともはや周りの視線は嫉妬というより純粋な殺意に変わった。聞こえてくるの幻聴も「なめやがって・・・」とか「ぶち殺す」とか「死なす」とか「爆☆殺!」に変わってたりした。うるさいな。
ヒルダもちょっと呆れたような苦笑いになって、「油断したちゃダメですよ」と、言い残して観客席に行った。
そんなに見ごたえあるもんにならないと思うがね。
2時間ぐらいたってようやく呼ばれたので行ってみる。最初の相手はとりあえず鍛えたって感じの筋肉だるまだった。筋肉を強調したいのか上半身に鎧どころか服すら着てない。全身鎧の俺とはある意味対照的だ。力に自信があるってとこは同じだが。
相手の得物は刃を潰した大きい鉈のようなものだ。おそらくは傭兵といった類の者ではなく、本職は木こりか何かなのだろう。
「では128番(俺)と54番、はじめっ!」
木こり(暫定)は気合の入った雄叫びを上げながら鉈を振り上げて俺に向かって突っ込んでくる。技巧も何も無いただの力押し。避けるのは容易い。
が、俺はあえてそれを更なる力押しで返すことにした。こんな奴に剣士の戦い方をする必要性はどこにも無い。
俺は体をさらすように剣を持った右手を横に引いた。避けるのでも鉈を受けるでもない俺の構えに、観客の何人かがどよめく。
そして木こり(暫定)が俺の間合いに入った瞬間、奴は空を飛んだ。
そしてそのまま観客席に落ちる。どうやらろっ骨が軒並み折れたらしく、苦悶の声を上げている。起き上がってくる気配は無い。
「しょ、勝者128番!」
審判は宣言しながらも、信じられないものを見たと言わんばかりに目を見開いて俺と筋肉だるまを交互に見つめた。
俺は別に特別なことをしたわけではない。ただ単に奴が俺の間合いに入った瞬間に、剣の腹で横薙ぎに殴りつけただけだ。まあ、あそこまで飛んでいったのは予想外だったが。
これからはもうちょっと加減しよう。
宿に帰ったらヒルダがすごく興奮してはしゃいでた。
「すごいですね!私、人が飛んでいくのなんかはじめて見ました!
お店のおじさんも見てたんですけど口あけて固まってましたよ!」
「あー、やっぱりやりすぎたかな」
「かも知れませんけどすごかったです!」
「・・うんありがと」
「私も出ればよかったかなぁ・・・」
あれを見て恐怖を感じないとは、ヒルダは思ったよりも豪胆な娘だな。
俺たちはその日俺の初勝利を祝ってちょっと豪華な夕食を食べた。
闘技大会が始まってから6日が過ぎた。俺は当然勝ち残っている。
毎日参加者が一回戦うから生き残りが毎日半分になる仕組みで、今残っているのは俺も含めて8人だ。ここまでくると町中の観客が俺の戦いを見てるわけで、今やちょっとした町の有名人状態になってしまった。
おまけにヒルダの話によると、俺が無名の剣士なのをいいことに、町の観客や司会者が勝手に二つ名をつけているらしい。
いわく「強打者」だの「巨人族」だの「黒鉄の魔人」だの「一撃必殺」だの・・・
どこの厨二病患者だよ。
まあこの恥ずかしい二つ名からも分かるように、俺は今までの試合は全て最初と同じ方法で勝った。
何でかというと、剣技そのものの実力を隠しておきたいという理由もあるが、相手にとってこれが一番安全な方法だからだ。
この大剣は別に刃引きしてないし、普通に剣として扱ったらまず間違いなく死人が出る。しかも上半身と下半身が泣き別れって感じの死人だ。
腕や足の一本くらい飛んでも事故扱いで罪にはならないとはいえ、わざわざ別の方法を考える必要も無い。そう思っていける所までこの方法で行くことにした。
そういう事で今回の試合でもそうするつもりだっんだが・・・
『さあ!この大会も6日目になって盛り上がってまいりました!今日の第二試合は『疾風連弾の射手』ことランクCの傭兵リーゲン・ハーレン対、無名の風来坊ながら、巨人族のごとき豪腕を有する黒鉄の男!マキアスだー!』
司会者が風の魔法で響き渡らせた声に応えて、観客席から空を割らんばかりの歓声が響く。
昨日、つまり5日目の時から司会者という名の実況がつくようになってた。人数が減って、試合を同じ時間に割り振る必要が無くなったからだろう。最初の日のように何十人かが限られたスペースで戦ってるのとは違い、見やすい上に残っているのは勝ち残った猛者ばかりだから、昨日から観客が一気に増えた。
相手の男は弓矢使いだ。短弓を持っていることから遠くから隠れて狙い打ちするタイプではなく、ある程度距離を取りつつ正面から連射して獲物を仕留めるタイプのようだ。まあそうじゃないとこんな大会には出ないだろうけど。
「では、はじめっ!」
その合図が出されたとたん、弓使いはダッシュで俺から離れた。そして離れ切ったら、雨のように矢を降らせてくる。
『でたー!リーゲンの得意な戦法!全てを吹き飛ばす豪腕も当たらなければ意味は無い!このまま触れることもできずリーゲンの勝利となるかー!?』
まあ弓使いなら普通そう来るだろう。でも俺には当たらない。
いや、当たってはいるのだが効いてない。弓使いの矢は全て甲冑にはじかれているからだ。
『おおっとー!リーゲンの矢は全てマキアスの甲冑にはじかれているー!やはり全身鎧相手に矢は分が悪いかー!?』
弓使いは焦っているようだ。なぜなら矢が刺さる間接部を狙っているのに一本たりとも当たらないから。
俺からかなりの距離を取っているせいで、奴は自分が緊張して的を外していると思っているようだがそれは違う。まあ実際に半分以上は外してるが。当たる瞬間少しだけ位置をずらして間接部に当たらないようにしている。大げさに動かないので避けているように見えないだけだ。
避けている様に見えないからさらに射かけてくる。俺は試合開始位置から一歩も動いていないので足元には何本もの矢が転がり重なり合うようになった。
『雨のように矢を射掛けられてもマキアスは動揺一つしていないようだー!そうこうしている内にリーゲンの矢が残りわずかになっているっ!』
そこでようやく弓使いも矢切れの可能性に気がついたようだ。俺が動かないのをいいことに、弓を限界まで引き絞り、慎重に狙いをつけてくる。
おとなしく的になってやる気はさらさら無いが。
『おっと?マキアス選手が足元の矢を拾って・・?
投げたー!投げました!常識をくつがえす攻撃!しかも速いです!ただ投げてるだけなのに場外の壁に突き刺さっているー!いったい彼は何者なのかー!』
いやぁ、割と好きなんだよな。ダーツ。投げナイフの練習がてらよくやったもんだ。
結局リーゲンとやらはあの後すぐ降参した。残りの矢より俺の足元にある矢のほうが多かったしね。俺が投げた矢は場外まで飛んでいくし、当たったらこれからの生活に支障をきたす。実に賢明な判断だ。