第四話 武具屋にて
あの後しばらくして俺とヒルダは無事町に到着した。
だがヒルダは生贄に捧げられたとき着ていた穴あき衣装、俺はスーツだ。怪しさ満点である。
そういう訳なので今は町に入らずに、町の入り口の前に陣どってる露天商で服を物色してる。何でももうすぐこの町で小規模な闘技大会がもよおされるらしく、それを見に来る客目当てでこの町に来たものの、商店街の場所取りに失敗してしかたなくここで商売をしているらしい。
予算はヒルダが身につけていた宝石を換金して得た金貨2枚銀貨12枚銅貨32枚。ちなみに金貨が10000セル、銀貨100セル、銅貨1セルだ。適正な価格なのかどうかは俺もヒルダも市井に疎いので良く分からなかった。
だが少なくともそれを買い取った商人がなけなしの財産をはたいたことと、これが二人分の服を買うのに十分な額であることは分かったのでよしとする。
「マキアスはどんなのがいいと思いますか?」
「『通路』を探す以上すごい長旅になるだろうからな。荷物は少ないほうがいいし、動きやすいのは当然として、袖が取り外せるやつとか、簡単に羽織れるのがいいかな」
「あ、なるほど。そうですね」
そしてなにやら嬉しそうな顔で服を物色し始めるヒルダ。ゴモリー先輩もそうだったけど女の子って買い物好きだよなぁ特に服とか。
結局2時間ほどかけて買い物は終了した。
ヒルダは動きやすそうなゆったりとした灰色の長袖とズボン。それに砂漠越えや雪の時役立つ、砂除けの皮布が首周りをぐるりと覆うようになっている帽子とスカーフ。
そのいでたちは姫君というよりも砂漠に住む盗賊団の見習い少年のようだ。スカーフを口に巻けば顔はほとんど分からなくなる。
俺は綿のシャツと、袖が取り外せるようになった皮製の黒の上下。自然に顔を隠せるものが見つからなかったためそれについては保留。まあまだ大丈夫だろうし。あとスーツは邪魔だから売った。銀貨3枚になった。
まともな格好になった俺達は特に見咎められずに町に入り、とりあえず近くの食堂つき宿で飯を食べることにした。
適当におすすめを二人分注文して食べ始める。
「私はずっと王宮で暮らしていたけど、時々お忍びで城下町に行ったこともあるんです。でも色々行ってはいけない所とか制限が多かったから、こうやって護衛も無く町なかにいるのは新鮮です」
ヒルダはそう言ってミートスパゲッティーを口に運びながらも窓の外に視線を走らせている。ほっぺたが膨らんでリスのようだ。
今までにない体験に軽く興奮しているらしい。そういえば限られた予算の範囲内で服を買うというのも初めての体験だったのかもしれない。選んだ服も姫様っぽくなかったし外に憧れてたんだろうな。
「ふーん。俺ときたのはそういう目的もあったのか?」
「なっ、あくまで視察の一環です!市民の生活を知るのはその国の豊かさを知ることに繋がりますから!」
なんかムキになって怒られた。顔が真っ赤になってるぞ。
「そんなに否定すること無いだろうが・・・今は姫じゃなくてただの旅人なんだし。楽しんだって罰はあたらねーよ」
「悪魔と一緒に旅をするのに罰が当たらないって言うのもある意味問題のような気もするのですが・・・」
ひでえな。天界の神にばれたら俺には本当に罰が当たるんだぞ。
「それはそうと旅を始める前に一つ問題がある」
「何ですか」
「金が無い。正確に言えばこのままではたぶん半年以内に資金が底をつく」
ヒルダがなにやら呆れたような、けげんな顔をした。まあ今まで金の心配なんかした事無いだろうから、ピンとこないのかもしれない。
「悪魔って召喚者に富を授けたりして堕落させるって聞いたことがあるんですが、自分には出せないのですか?」
「あーそういう事出来る奴は多いな。貴金属の鉱脈を教えてくれる奴とか、卑金属を黄金に変える方法を教えてくれる奴とか、隠された財宝のありかを教えてくれる奴とかな。でも俺は金銀財宝にそんなに興味無いからそういうスキル身につけてないんだ」
ちなみに悪魔が使える最もポピュラーな能力は、男女の仲をどうにかするものだ。これだけはいつの時代、どんな種類の人間にも望まれているものらしい。
まあ俺は使えないけどね。それについての権威が身近にいるし・・・
「じゃあ他に何か役に立つ魔法とかは?」
「魔法・・・は一種類しか使えない。しかも魔法と言っていいのか良く分からん代物だし、少なくとも金にはならんよ」
ヒルダはスパゲッティーを食べる手を止めて、どういうことですかと言いたげな微妙な表情で俺を見てきた。説明し辛いんだよな。
「なんていうか、先輩に言わせると魔法と言うより戦略兵器らしい」
「・・・よくわからないけど、ろくでもない魔法だって事は分かりました」
こうやって考えてみると本当に俺って戦争バカだな。金になりそうな役立つスキルを何ももって無いわ。
「・・・で、結局マキアスは何ができるのですか」
「・・・剣は得意だ。あと兵法とか用兵とか」
・・・・・・
やめて!その『使えねぇ』って目で見るのはやめて!地味につらい!
「じゃあやれるのは傭兵ぐらいしか無いんじゃないでしょうか。私も精霊魔法ならいくつか使えるので。仕官すると自由に動けなくなるから軍隊は駄目でしょう」
「うん・・そだね。後で残った金で剣とか防具揃えてからギルドに登録しに行こうか」
そういうわけで刀剣・防具専門店に来たよ!
いろんな剣や鎧があって多少テンション上がり気味。人型で戦うってここ最近あんまり無かったから鎧合わせるの久しぶりなんだよね。
「俺は普通の人間と比べて力も速度もあるから全身鎧でいいかな。ちょうど良く顔が隠せるし、重さでちょっとは遅くなったほうが人間ぽくなるだろう」
「そうかもしれませんね」
(全身鎧の男の人が軽装の兵と変わらないようなスピードで走ったら変のような気がしますけど)
俺はいくつか試着した結果、一番間接が動きやすくて重い黒鉄色の鎧を買った。重いせいで長いこと買い手がつかなかったのか店主はかなり安く売ってくれた。
剣もいくつも手に取って振ってみたがどうにもしっくり来るものが無い。昔俺が使っていた物よりもはるかに細くて軽いのだ。こんなものを俺が本気で叩きつけたら一撃で折れてしまうだろう。
どうにも困って店内をぐるりと見回してみると、資材などを置いてある目立たない一角に一振りの巨大な 大剣が放置されているのが見つかった。
俺はそれを手にとって良く観察する。
「兄ちゃん、実はそれさる高名な剣士殿が注文したって言う大剣でね。なんでも二十メートル以上もある中型竜種を殺すために作ったらしいんだ。
だが傑作な事にできた大剣をその剣士がまともに振れなかったらしくてな!それで使われないままこんな所で埃被ってるんだわ。馬鹿だよな~」
暇そうな店主が解説をくれた。なるほどこれは竜種の硬い鱗に叩きつけても折れるような厚みをしていない。とにかく頑丈さを追求し、切ることは二の次。圧倒的な重量で潰す様に切断することを目的としたものだ。
大きすぎて店内で振るわけにはいかないが、その重さと頑丈さだけでこれを選ぶ条件はそろっていた。そのまま店主のところまで持って行く。
するとおっちゃんは話し聞いてたのかよと言わんばかりに止めてきた。
「ちょっと兄ちゃん!あんたがどれだけ力自慢か知らないがそんな細っこい体でそれが扱えるわきゃねーだろうが!悪いこと言わねえからやめとけ。女の前で見栄張りたい気持ちは分かるけどよ」
いや俺が昔使ってた剣よりかは軽いよ。
何度もこれでいい、扱えると言ったが店のおっちゃんは売ってくれなかった。なんでも俺の無茶を見過ごして、後で死なれたら目覚めが悪いらしい。
どうしたもんかな、と思っていると店の壁に露天のおっちゃんが話していた剣術大会の知らせが張ってあるのを見つけた。
・・・これは使えるかもしれない。
「なあおっちゃん。たしか4日後にこの町でコーゼス闘技大会って言う、傭兵でも騎士でもパン屋の親父でも腕に覚えがあったら誰でも参加できる大会があったよな」
「あ?そうだな。王都や軍事至上主義のザムレット帝国で行われるようなもんとは比べ物になんねえほど小規模だけどな。
もっともここは悪名高きグレスヴォルグ山脈に一番近い町だ。他に比べりゃ衛兵の質もいいし、実力は傭兵でいうところのAランクに近いような騎士だって参加するって噂だぜ」
「だったら俺がこの剣を使ってその大会に優勝したら、俺がこれを扱えるって認めて売ってくれるか?大会で殺しは禁止だからおっちゃんも安心だろ」
店のおっちゃんは開いた口がふさがらないといった感じで、ものすごく呆れた顔をしたが、少しは痛い目を見たほうがいいと思ったのか、なんだかかわいそうなものを見る目になりながらも了承してくれた。
なんだか釈然としないが、4日後が楽しみだ。