第三話 生贄の姫
「あの、俺に何か用でも?」
ビクッと震えてやや遠ざかる美少女幽霊。おとなしそうな顔立ちで、年齢は16歳くらいかな?あからさまに怯えて涙目になっている。
お、俺がいったい何をしたっていうんだ。ヘコむ・・・
『あの、あなた悪魔なんですよね』
そうだが、何で知ってるんだろう。そこらの幽霊に見破られるほど落ちちゃいないぞ俺は。
『私、あなたの生贄として殺されたんですが何でここにいるのでしょう』
・・・・・・・・・・
・・・あ、忘れてた
生贄に殺されたものは普通、体も魂も、何もかも悪魔に食い尽くされて消え去ってしまう。転生もしないし幽霊にもならない。
まれに悪魔がその生贄の人間を気に入った場合は、死んだ体に魂を戻して傍仕えや奴隷にすることもある。そうなると所有者である悪魔から逃げることは悪魔自身が許さない限り永久にできない。
だが今回俺は手違いで召喚されてしまった事に気がいって、生贄の存在なんかそれはもうきれいさっぱり忘れていたのだった。
「あーどうしようかな・・・」
『私はどうなったのか、説明して欲しいのですが』
美少女幽霊が俺をちょっと睨み付けてくる。涙目でそんなことされてもかわいいだけだぞ。
「うんとね、君はもう死んでる。オーケー?」
『わかり・・ます。だって心臓刺されたし・・』
「そう。その事実は覆せない。でも俺は手違いで召喚されたんだよね」
『それは・・つまりどういうことですか?』
うんごめん。手違いの召喚で悪魔のものにされるとか最悪だよね。
「俺は呼びかけに応えるつもりは無かったんだ。というか今は魔界の事情で召喚できないようになってるはずなんだよ。それが手違いで召喚されちゃったみたいな・・・」
『・・・ではあなたが召喚されなかったら私は生きていたんですか?』
「いやそれはないけどね」
俺が召喚拒否をしていたとしてもそれは儀式が失敗に終わり、生贄の魂は普通に人が死んだときと同じように天に昇り、また転生する時を待つことになるだけだ。生き返ったりしない。
『・・・じゃああなたは私をどうするつもりなんでしょうか』
ものすごくきつい視線で俺を睨み付けてくる美少女幽霊。まあ普通食われるか奴隷かだから、警戒するのも分かるけどね。
「まあ誤召喚だし。召喚者も死んじゃってるし、奴隷にする気も無いから。このまま成仏したら?」
彼女は拍子抜けしたように首を傾げた。
『・・・私を食べないの?』
「だって俺召喚者の望みなんて何も叶えてないし。仕事しないで報酬だけ貰うなんてフェアじゃないだろ」
彼女は報酬扱いしたのに腹が立ったらしく、ムスッとした顔でそっぽを向いた。そのまま沈黙が続く。
彼女がポツリとつぶやいた。
『私はもう私―――ヒルデリア・ヴォン・サークレアとしての記憶を持って生きることはできないのですか?」
「俺が君の死体に君の魂を入れて、生きていて欲しいと思えば可能だよ。ただしその場合、体も魂も俺に囚われたままだから、俺に逆らえないし俺から離れることはできないけど。
俺は知り合いみたいにネクロマンスに精通してる訳じゃないからそれ以外方法を知らない」
彼女は地面に視線を落として何事かじっと考えているようだ。空色の瞳がうっすらと涙に揺れている。
俺は急ぐことも無いので彼女の結論を座って待った。
しばらくして不意に彼女が顔を上げた。
『あの、あなたは私を奴隷にする気はないって言いましたよね』
「言ったね」
『できるだけ早く魔界に帰るつもりなのですよね』
「電話聞いてたのか?まあそうだよ」
『じゃああなたが魔界に帰るまであなたの傍にいて、その後で天に昇る。という風にしていいでしょうか?』
なんだそれ。俺といる意味はあるのか?途中で気が変わってパクリといくかもしれないとか思わないんだろうか。
「何でそんな面倒なまねをするんだ?」
『あなたが伝承にあるような残虐な悪魔ではないことはなんとなく分かりましたけど、私の国に害をなさないという保証はありません。
まあ仮にそうなったとして止められないでしょうけど・・・滅ぶにせよ栄えるにせよ、国の行く末を、私が生きるはずだった分の何分の一でも知ってから逝きたいのです』
彼女の目はさっきまでとは違い、生きる希望を持ったものだった。その誇り高い生気に満ちた目はとても幽霊とは思えない。
なるほどね。そういえば姫君なんだっけか。
「理由は分かったけど、俺と来るならいくつか『従って』貰わないといけないことがあるんだ。所有者の権利において命じるから拒否はできないよ」
『・・・・何ですか?』
「そんなに構えないで欲しいね。俺達二人にとってお互いのためになる『命令』さ」
うっかりやられたら食い殺しちゃうかもしれないからね。
「一つ目は俺の正体をばらす様なあらゆる行為の禁止。二つ目は君の素性をばらす様なあらゆる行為の禁止。君は本当は死んでるんだからね。ばれたら不味い。三つ目はお互いに嘘はつかないこと。あ、黙秘は認めるよ」
彼女はなんだか珍獣を見るかのような目で俺を見た。なんだよ。俺は必要なことしか言ってないぞ。
『悪魔は嘘しか吐かないものだと神官様に聞いたことがあるのですけど・・・お互い嘘はつかないって、どうしてあなたもそうする必要があるのですか?』
あ、やっぱり神の教えってそんな感じに書かれてるんだな。悪魔にもいい奴はいるんだぞ。ゴモリー先輩とか。
「まあ悪魔に嘘吐きが多いのは事実だけどね。だけど俺は違うというか・・・嘘をつかれるのがはらわたが煮えくり返るほど嫌いなんだ。ついた奴をほぼ確実に殺すくらい。だから俺も嘘はつかないようにしてる」
俺のこれはただ嫌いというよりも悪魔としての特性に近いものがあるね。嘘だって分かった瞬間に理性飛ぶから。
『わかりました。約束します・・・で、どうやったら私は体に戻れるのですか。それ以前に私の体はどこに消えたのでしょう?あの祭壇には無かったと思いますが』
「召喚の契約書にサインしたら自動的に俺の所に送られるようになってるから、たぶん魔界の俺の執務室じゃないかな。
あ、そんな絶望的な顔しなくても呼び出せるから!悪魔に生贄として捧げられたものは存在ごとその悪魔の所有物になるから、欲しい時に呼び出せるんだよ」
その後俺は魔界から遺体を呼び出して彼女を復活させた。いやまあ『生きろ』って命じるだけなんだけどね。
命じていくらも経たないうちに彼女の衣類にしみこんだ血が傷口に戻って行き、醜く抉れていた刺し傷は逆再生のビデオを見るように消えていった。心臓が動き出し、息を吹き返す。
先ほどまで俺の隣にいた美少女幽霊は消えて、生身の肉体を持った彼女が起き上がった。
生贄である彼女は血の一滴にいたるまで俺の命令には逆らえないため、俺に支配されて望まれている限り世界の法則を無視して生き返ることができる。
その後彼女は体の動きを確かめるように軽い体操を始めた。
「さっきまで死体だったなんて思えないほど動けるのですね。生きてた頃と何も変わらないです」
「俺がそうなるように望んだからね。ちなみに君は俺が望む限り、何回死んでも復活できるし怪我も治せるよ。
もし途中で俺との旅が嫌になったら言ってくれ。そしたら俺は君の所有権を破棄するから。
そうすれば君は天に昇れる」
「わかりました。これからしばらくお世話になります。さっきも言いましたけど私は神聖王国サークレアの第二姫、ヒルデリア・ヴォン・サークレアです。ヒルダと呼んでください」
「ご丁寧にどうも。俺の名前はソロモン72柱序列35位魔界の侯爵マルコキアスだ。呼び名は・・・マキアスとでも呼んでくれ」
俺達は立ち上がって軽く握手をした。礼儀は人付き合いの中で最も大切なものの一つだよな。
「ここにいても仕方ないし、とりあえず町に行こうか。幸い向こうの方に見えてるし」
「そうですね。服に穴開いたままだし買い換えたいです。騎士団があなたの顔と私の死を確認している以上、顔を隠す物も必要です」
そういうことで、俺達は町に向かうことにした。
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