遺書日記
8月24日
死にたかった。
何もない日々、変わらない世間と変われない自分、そんな地球を照らしている太陽。全てが嫌いだった。
そんな日常に嫌気がさした俺は、部屋を片付け、カレンダーの今日の日付にバツを書き、街に出た。
特に理由なんてなかった。ただ、死にたかった。
陽の落ちる空を眺めながら歩く橋の上、ここが一番空に近い場所だと錯覚する。
そこであなたに出会ってしまった。
闇よりももっと深く、光よりももっと眩いその瞳に、気づけば見惚れていた。
日記を綴ることにした。これは僕が死ぬまでの記録だ。言ってみれば遺書のようなものだ。
死ぬのは明日にしようと思った。
8月25日
あの瞳が忘れられない。
今も鮮明に思い出せる。あの夜のような瞳を。
また会いたいと思った。
靴を履いて外に出た。
昨日と同じ時刻。夕陽がきれいに見える橋の上。
そこに彼女は居た。
話しかけてみた。ここからの夕陽綺麗ですよね。と。
話していく内に、自分の事も教えてくれた。
彼女も死のうとしてたらしい。この橋で。
だけど、怖くなって、夕陽が綺麗で、死にたいのに死ねないらしい。
生きたくない。だけど死ねない。
それはまさに生き地獄だ。命はまるで無期懲役。
彼女にまた明日と告げ帰宅した。
今日も死ねなかった。
8月26日
俺はふと疑問に思う。
もし俺が死んだらどうなるのだろうか。誰がどう思うのだろうか。両親はすでに他界している。
親戚も友達もいない。
ひとりぼっちの俺が死んだところで、誰も悲しまないのではないか。それはつまらない。
せめて、誰か一人の記憶にでも残してやりたい。
死ぬ理由はない。だが生きる理由もない。
夢がない。欲がない。金がない。
なら生きていたって辛いだけじゃないか。
それが俺の死ぬ理由なのかもしれない。
生きてみようとは思えない。だが死ぬのはめんどくさいな。
今日も昨日と同じ時間に橋へ向かった。
そこに彼女がいる。
しょうもない世間話をした。
そして俺も死にたいんだ、と伝えた。
告げた瞬間、驚いた表情をしていたが、数秒後、ニコッと笑って、「一緒だね」と言われた。
年齢を聞いてみた。26歳らしい。同い年とは思わなかった。「今日も死ねなかったね」と彼女に言われた。「そうだね」と返し、家に帰った。
8月27日
美しいものが好きだ。
陽の落ちる空が好きだ。早朝の太陽が好きだ。
コンクリートの隙間から生える花が好きだ。
夏が好きだ。
夜は嫌いだ。気分が暗くなる。
月が嫌いだ。一人では輝けない姿が自分と重なって吐き気がする。
だけど、朝に見える月は好きだ。
白みがかった月が、青い空にぽつんと浮かんでいる。
その情景を見ると、なんか、こう…胸が詰まるような感動を覚える。
この世の9割は嫌いなことだろう。
では、逆に好きとはなんなんだ?
嫌いなところがないことか?
もし、好きという感情がそれなら、俺はこの世界を少しは好きになれたかもしれない。
明後日だ。明後日死のう。
8月28日
明日は自殺の決行日だ。
死ぬ前に何をしようか。やりたいことが一つあるのを思い出した。花火だ。打ち上げ花火を見たい。
小さいころから夜祭りが好きだった。
人込みが空を見上げ、眩しい色と音の衝撃波が迫ってくるような感覚になる。
たちまち空は、花火のひとり舞台となる。
月だって、星だってあるのに、皆が花火を見つめることになる。俺は気づいた。
理想だ。この花火こそが俺の理想なんだ。
夏祭りがいつだか調べた。8月31日だそう。
それまで死ねないのか…
明日は暇つぶしに橋へ行こう。
8月29日
今日は昼過ぎから橋に行った。
やはり彼女はいた。
今日は聞きたいことがある。名前だ。
代名詞でしか彼女を表現できないのが嫌だ。
名前を聞こう。
「名前を聞いてもいいですか?」
俺はそう聞いた。すると、
「嫌だ」
意外な返事が返ってきた。
「え?なんで?」
彼女は笑みを浮かべながら答える。
「お互い死にたいんだから、相手のこと知っちゃったら死んだとき悲しくなっちゃうでしょ?」
たしかに。そうかも知れない。
そのまま他愛のない会話をして、その日が終わった。そんな生活がずっと続けばいいのにとも思える。
8月30日
俺はそもそもなぜ死にたいなんて思い始めたんだろう。1年前から、自殺をする計画は立てていた。
なにが辛いんだろう。なにが苦しいんだろう。
それがわからないことが一番苦しいのかもしれない。
そもそもこの世に死にたいやつなんていない。
人間が感じる恐怖の元を辿れば、必ず『死』に行き着くだろう。じゃあ、なぜ自ら命を立つ人間がいるのか。それは、死への欲望じゃない。生への拒絶だ。
死にたくない。でも生きたくない。
だから死ぬしか無いんだと思う。
俺の人生は悲劇じゃない。
なにか悲しい過去があったわけでもない。
今が辛いわけでもない。
ただただ、この世界が息苦しいのだ。
こんなこと考えても無駄だろうか。
明日はとうとう花火大会の日だ。そして俺の命日でもある。最期、彼女の笑顔を、泣き顔を見てから死のう。
8月31日
夏が終わる。
金は無い。この体一つを持って街へ出た。
昼下がりの商店街はやけに混み合っていた。
今日が祭り当日だ。
道を歩いていると、浴衣を着た人、走り回る子供。
充実した人生を送っているのだろう。
この妬みも今日で消える。
花火が打ち上がるのは7時からだ。
それまでにあの橋へ行こう。
そして彼女と花火を見る。その顔を見てから、死ぬ。
何日前だかに、誰かの記憶に残してから死んでやりたいと書いた気がする。その相手は彼女にしよう。
そうすれば心残りなく、俺は逝ける。
4時くらいに、一度家に帰り、この日記を書いている。そして、5分後家を出る。
この日記もこれで最後になるだろう。
誰かこの遺書を見つけてくれるだろうか。
遺言はこれにしよう。
「いい人生だった」
夏が終わっていく。
9月1日
結局死ねなかった。
花火に見惚れていた。
彼女に見惚れていた。
夏に、酔っていたようだ。
二日酔いのような感覚を覚える午後3時過ぎ、外からは帰宅する小学生の声がした。
俺は子供の頃、何がしたかったんだろう。
そんなことを思い返す。
何も思い出せないが、それもそれで美しい。
死ねなかった理由はいくつかある。
でも、その中に一つ、大きな物があった。
それは夢だ。幼少期、やりたかったことをやってから死にたい。
俺がしたかったこと…そんなの浮かぶはずがない。
じゃあ逆に今したいことはなんだろう。
ギターを始める。料理を勉強する。結婚する。死ぬ。
そんな欲だけが渦巻く。
9月2日
贋作師というものを知った。
人の絵を盗み、それを金にするという職業だ。
俺の人生はきっとこれだ。
人の幸せが欲しい。妬みが消えない。
したいことなんてない。
今度こそ本当に死のうと思う。
明日、あの橋で、彼女の前で飛び降りる。
きっとそれがあの人の何かを盗むことに繋がるだろうから。
9月3日
雨が降っていた。
雨が降っていた。
これが俺の人生で書く、最後の日記になる。
今の気持ちを全て綴る。
この数日間は本当に楽しかった。
それがなおさら苦しかった。
最後に書く言葉はこれがいい。
この日記を読んでいる君だ。
君にはどうか、生きてほしい。




